大人同士の話し合いのようです その2
「面白いというよりは、かなりヤバい話なんだがな」
「何だよ? 別に構わねえぜ、聞かせてくれよ」
カティが催促すると、シュリヒテは少しだけ声を潜めて話し始める。
「……どうも南の方の村の辺りで、ゴブリンの群生化の兆候が確認されているらしい」
それを聞いたカティも一気に真顔になった。念のため自分も声を潜めて確認する。
「群生化って、あの群生化か?」
「あの群生化だよ」
「ゴブリンの?」
「ゴブリンの、だ」
「……マジかよ」
念入りに確認した後で、カティは呆然とそう呟いてしまう。信じ難いといった声で。
「マジだよ。だからヤバい話だって言ったんだ」
シュリヒテはふぅと息を吐き、
「冒険者ギルドが今バケツをひっくり返したように騒然となっているのは、この報告のせいでもある。バルトファングの討伐報告をしてきた誰かさんのことよりもな。まあ、そりゃそうか。ゴブリンの群生化っていったらそれほどの一大事だ」
まるで他人事のような調子でそう言った。冷静なのか、諦観しているだけなのか。
「言ってる場合かよ。対策は? ギルドの動きはどうなってんだ?」
「近々ギルド直々の指令が出されて、主立った冒険者達に召集がかけられるらしい。それで討伐隊を組んでから対処にあたるつもりだろう。今はその準備で大忙しってところなのか……まあ、まだその兆候が報告されただけではあるから仕方ないんだろうが。並行して調査を進める必要もあるしな」
対照的に少しばかり焦った様子で尋ねるカティ。
だが、シュリヒテはあくまで平然としたままで話し続ける。
「そして、その討伐隊はもちろん、今このテイサハのトップであるあの冒険者パーティーを中心として組まれることになるそうだ。それで事にあたればどうにか掃討できるだろうとギルドは踏んでる。まあ多少の犠牲は出るだろうがな、それは仕方ない」
それどころか、どうもシュリヒテは少々この事態を面白がっているようであった。
「その試算もある程度は信頼できるだろう。何せ、この街のトップである冒険者パーティー――剣士アレクの率いるそれの実力は折り紙付きだ。メンバーの入れ換えはあったが……。それをものともせず、ここ半年で順調に実績を積み、これまで以上に勢いを増している。これほど凄腕の冒険者パーティーは国内でも指折りだろう。今はこの辺境地域で活動しているとはいえ、な。それを中心として対策にあたるわけだから、多少の難局でも乗り越えられるはず。そう考えるのも無理はないな」
そう言ってから、試すような目と共にシュリヒテはカティへ問いかけてくる。
「ま、今のところ面白い話はそれくらいだな。それで? この話は何かお前さんの次の指針を決める参考になったかね?」
その問いかけに、
「――ああ、もちろんなったぜ……!」
俯き、目を伏せてくっくと笑いながらカティはそう答える。
「最高に面白え話だったぜ、ありがとよ。やっぱ持つべきものは友ってやつか、それも情報通の」
「そこまで気に入ってもらえたなら光栄の至りだな……そんじゃ、その見返りに一つ教えちゃくれないか? お前さんがこれからどうするつもりなのか」
問いかけてくるシュリヒテ。
それを聞いたカティは俯いていた顔を上げ、真っ直ぐにシュリヒテを見た。
「そんなの、決まってんだろ」
不敵な笑みを浮かべながら言う。
「オレ達だけでゴブリンを狩り尽くして、群生化を鎮めてやる。ギルドの討伐隊に先んじてな」
「…………!?」
それを聞いたシュリヒテはといえば、驚愕に息を呑んだような表情となっていた。
「……正気か、お前」
その後で、真顔になってそう尋ねてくる。
自分で聞いておきながら、カティのそれは予想外の答えに過ぎたらしい。
「なんだよ、それ以外にどうして欲しかったってんだ」
「……俺は、これを話せばお前さんがギルドからの指令を受けて討伐隊に加わるものだろうと踏んでたんだ。アレクのパーティーに対抗意識を燃やしてな」
意外そうな顔で問い返すカティに、シュリヒテは溜息を吐きながらそう言ってくる。
「大体、お前さんのパーティーはまだ三人しか集まってないだろ、自分も含めて。それで群生化ゴブリンに挑もうだなんて馬鹿げているにも程がある。正気を疑う方が当然だろうが」
それから窘めるというよりは若干呆れている様子でそう言ってきた。
だが、カティの方はそれを特に気にかけようともしない。
「安心しな。正気も正気だし、本気も本気だとも。確かにパーティーはまだ三人だ。もう一人くらい、出来れば後衛を探したいところでもある。だけど、まあ、この三人でならやれるんじゃないかとオレは考えてる。この件に関してなら」
それどころか、まったく気楽そうな調子でそう言った。
「それに、討伐隊に加わるだと? 馬鹿言ってんじゃねえや、それだと手柄を分け合うことになっちまう。アイツらを実績の上で追い抜いてぎゃふんと言わせてやるには、この手柄は独り占めする必要がある。その千載一遇のチャンスじゃねえか、今回は」
ふっふっふと、あくどい笑みを浮かべながらカティは言葉を続ける。
「幸い、ギルドはまだ本格的に動き出せていねえ。先んじるなら今だ」
「……確かに、状況的にはお前さんの言うとおりなのかもしれんが……」
だが、それを聞いたシュリヒテはといえば難しい顔を向けてくるばかりであった。
「やはり、どう考えても無謀だぞ。群生化状態のゴブリンの規模がどれほどのものかはわからんが……いや、たとえどれほどのものであっても、三人だけで挑んで勝てるとは到底思えん。お前さんが山籠もりを経てどれだけ強くなったのかは知らんが――」
「――それだよ」
カティの態度をあまりにも楽観的過ぎるとしか思えないのだろう。シュリヒテは割合本気のトーンでそう語りかけてくる。思いとどまらせるように。
だが、カティはそれを敢えて遮った。
「お前はオレがどれだけ強くなったのか正確には知らないだろ。実は、オレ自身もまだわからねえんだよ、それが……。ただ、一つだけ言えるのは、わからねえぐらい強くなり過ぎたってことだ。もう並の相手じゃ量れねえ。足りねえんだよ、バルトファングですら」
カティはへらへらするのをやめて、真剣な声でそうこぼす。
「だから、その〝底〟を見極めるためには、もうこれくらいの無茶じゃねえと追いつかねえ……。自分が一体どれだけのことをやれるのか、どこがオレの限界なのかを把握するためにはな。ぬるいことやってられねえんだよ……」
カティは虚空を睨みつけながらブツブツとそう呟く。
その横顔はどこか焦燥に駆られているような、何かに取り憑かれているような様相であった。
シュリヒテもそう感じたのだろう。それを見て一瞬静かに驚く顔をした後で、こちらも真剣な声で指摘してくる。
「お前さん、どうやら本当にその人間離れした肉体に精神まで引きずられ始めているみたいだな……」
「……だとしても、止められねえよ今更。こんな体になっちまった時点で何もかも歪んじまってんだ、突っ走るしかねえだろうさ」
「……かもしれんな。わかったよ、お前さんはそれでいい。どうせその体質じゃ滅多に死ぬことも出来ないだろうから、心配するだけ無駄ってやつかもしれん」
頑ななカティの言葉に、シュリヒテの方が折れた。
降参したとでも言うように小さく手を上げながらそう言った。
だが――。
「……しかし、お前さんは良くても仲間にしたあいつらはどうするつもりだ? お前の都合に巻き込んで、一方的に利用するだけか? そのためだけに仲間にしたのか?」
また真剣な表情で、シュリヒテは問いかけてくる。
どうなんだ、と。睨みつけてきながら。
「……安心しろ。そこまで歪みきったつもりはねえよ」
カティもその視線に真っ向から睨み返していたが、不意に表情を柔らかく崩すとそう言った。
「クロウシの方はともかく、スタルカのことは今は可愛い妹みてえに思ってる。オレを慕って、自分からついてきてくれてるしな。オレみてえになりたい、強くなりたいんだ……って。それを尊重はしても、利用はしねえつもりだ」
照れ隠しなのか頭をかきつつ、スタルカは頬を染めてそう語る。
「スタルカは大事だ。本人が望む以上パーティーの一員として冒険についてきてもらうが、無茶や無謀に付き合わせたいわけじゃねえ。だから、それを基準にした上で、もしもヤバそうだと感じたら、そん時は大人しくケツまくって逃げてくるさ」
からからと笑いながらカティはそう言った。その顔にはもう先ほどまでの張り詰めた何かは微塵もない。
それを確認したシュリヒテもまた自分の緊張を緩めたようだった。
深い溜息を吐くと、こう言ってくる。
「……それならいい。俺自身もあのクソガキどもに一抹の責任なんてものを感じなくて済むからな。というか、どうもお前にはあいつらを背負わせておいた方が良さそうだ。重石代わりに」
その後で、再びカティへ真っ直ぐ視線を向けてきた。
それに向き合うカティへ、シュリヒテは真面目な声で告げてくる。
「友人としても、この街の住人としても、お前の群生化討伐の成功を祈ってはおくが……決して無茶はするなよ。あのガキどものためにも」
「……ああ、任せとけよ。スタルカにだけは無茶はさせねえ、約束する。……クロウシは確約できんけど」
「……いや、よく考えたらあいつは別にどうでもいいな」
「違えねえ」
二人はそう言って笑い合った。
ちょうどその頃、階上の中庭で暇を持て余していたクロウシが突然悪寒と共にくしゃみを連発し、スタルカに嫌な顔をされているとも知らずに。
 




