真実を告げるようです
いつものように戸を叩くと、シュリヒテはあらかじめ視線を下げたままで扉を開けてきた。ちょうどカティの顔辺りに来るように。
もはやお前の突然の来訪には慣れたとでも言わんばかりの応対である。
だが、流石にそれより小さな女の子がもう一人と、見慣れぬ異国の服に身を包んだ若い男がそこにくっついていることは予想外だったらしい。
そんな一行を見て、まさしく鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
それどころか、カティの要求するがまますんなりとその珍妙な三人組を工房へと招き入れてくれた。
意表を突かれたせいで頭が上手く働いていないところを強引に押し切られたようなものであったが。
「……そりゃ、お前さんが訪ねてくるのは構わんよ。数少ない友人だからな」
シュリヒテは片手で顔を覆い、溜息を吐きながら言う。
「だが、何で新しく出来たらしい仲間まで引き連れてくる」
「いいだろ、別に。それに、お前も一度は見ておきたいんじゃないかと思ってな」
シュリヒテの文句に対してカティはそう切り返す。
そのついでに、親指である方向を指した。
その先にあるのは、物珍しそうに不気味な工房の中をキョロキョロと見回しているスタルカの姿。
「『災厄』の魔術師の正体」
「――あれがか……!?」
これには流石にシュリヒテもシンプルに驚いたらしい。
眼鏡をかけ直しつつ、目を細めてスタルカを凝視し始めた。
真偽を見極めようとしているかのように。
「冗談……って、わけじゃなさそうだな」
「当たり前だろ。じゃなきゃ、あんな子供を仲間になんて引き入れねえよ。正直『災厄』本人であっても二の足踏むぐらいだが、あの子自身がそれを望んできたからな……見捨てるわけにもいかねえ」
シュリヒテはなおもどこか疑るような目でスタルカを眺めていた。
なので、カティは軽く嘆息しながらそう補足する。
「まあ、色々複雑な事情を抱えている子なんでな。本人の前でそのことにはあまり触れないようにしてやってくれ」
「一体どういう事情なのか、興味は尽きんが……まあ、了解した。いくら噂の『災厄』といっても、あんな子供を解析して調べてみたいと思うほど人でなしになった覚えはないさ。こんな人生送っちゃいるがな」
シュリヒテも嘆息しつつ、そう返してきた。
声色がいくらか穏やかであることを思うと、どうやら本心らしい。カティも少し安堵する。
「それと、その横のはただのおまけだ。気にしないでいい」
ついでとばかりにカティはそう付け加えた。スタルカの隣で仲良く同じように物珍しそうな様子でキョロキョロしているクロウシを指して。
「ああ、あっちは知ってる。どこぞの異国から流れてきて、最近この街に居着いた奴だろ。あの格好だから目立つしな。何よりしょうもない博打にのめり込んでのとんでもない大負けぶり。その負債で方々から借金して逃げ回ってるってもっぱらの噂だ」
「自分でそうしといて何だが、どうしてあんなヤロウを仲間に引き入れちまったのかわからなくなってきたよ……」
ちょっとした頭痛を覚えながら、カティは苦い顔で溜息を吐いた。
ちょうどその時――。
「……あの~……ここに一体何しに来たのかは知らないし、別に興味はないけども、それでも一つだけ質問いッスか……?」
何やら自分に関してよからぬ会話がされていることに鋭く勘づいたのか。
あるいは不気味な工房を見学するのに飽きたのか。
クロウシがカティ達の方へ近寄ってきながらそう口を開く。
「あんだよ」
「いや、その……あんたらって一体どういう関係なのか、メチャクチャ気になるっつーか……」
怪訝そうに問い返すカティ。
それに対してクロウシはもごもごとそう言いながら、目を細めてカティとシュリヒテを見比べてくる。
「……いや、恐らくこれだとは思うんだけど、一応聞いときます。……〝親子〟ッスか?」
「なんでだよ」
それから、ずばりといった感じでそう言ってきた。
それを聞いたカティはジトっとした目で睨みつけながらそう返す。
「えぇ~……? いや、でも、だって……この年齢差って……」
「はい! 私、わかった! お姉ちゃんの〝親戚のおじさん〟だよね?」
自分の予測が外れたことにますます困惑の色を深めているクロウシ。
それを押し退けて、次はスタルカが手を挙げながらそう言った。
いつの間にかこちらへやってきていたらしい。しかも、何故か自信満々な様子である。
「いや、血縁から離れろ! コイツとは一滴も血は繋がってねえわ!」
次々と明後日の方を向いた答えが飛んでくるのに呆れつつ、カティは思わずそうツッコむ。
だが、それを聞いた二人は余計に混乱した顔になっていた。
「じゃあ、あんたらマジでどういう関係なのさ……?」
その顔のままそう尋ねてくるクロウシ。スタルカも同意するように首を縦に振っている。
その質問に、カティの方までその困惑が伝染ったような気分になる。
同じくといった表情のシュリヒテと目を合わせてから、再びクロウシ達に視線を戻し、
「どういう関係って……〝友人〟だよ、普通に」
正直にそう言った。それ以上でも以下でもない関係、そうでしかない。
それが何故向こうに伝わらないのか。
それどころか――。
「あんたと、あんたが……!?」
クロウシはカッと目を見開いてそう言ってきた。カティとシュリヒテを交互に指さしながら。
さらに、そのまま二歩ほど後ろに引く。隣に立っているスタルカと仲良く同時に。
「……おい。何か知らんが、俺の人間性について著しい誤解があの二人の中に生じている予感がするんだが……」
お前、ちゃんとあの二人に自分のことを説明してるんだろうな。
珍しく冷や汗を流しながらそうひそひそと問いかけてくるシュリヒテ。
しかし、問われたカティはといえばポンと手を叩き、
「そういえば、何も言ってなかったわ」
「だったらあんな反応されるのも当たり前だろうが!? 何やってんだお前!! 俺を社会的に抹殺する気かオイ!?」
「あー……その……うっかり?」
「こういう時だけその容姿を的確に活用してくるんじゃねえ!!」
舌をペロリと出して片目をつぶり、その美少女の顔に相応しすぎるお茶目な仕草をしてみせるカティ。
だが、シュリヒテの方は当然そんなことでは誤魔化されてくれなかった。どうやら本気で怒っているらしい。
「とにかく話せ!! 今すぐあの二人に一から十まで説明してこい!! 俺への致命的な誤解を解け!!」
「わーった、わーった。はぁ~……しかし、そういうことか……」
怒鳴ってくるシュリヒテを諫めながら、カティはようやく合点がいったという風に嘆息する。
確かに、何も知らない人間から見ると、カティとシュリヒテは十代半ばの少女と壮年のおっさんの組み合わせである。容姿だけを切り取るならば。
そんな二人が一体どういう関係なのか、不思議に思われても仕方ない。
ましてや〝友人〟と言われたら、そんな風に多少、いや結構引いてしまうのも当然だろう。一体どんな友人関係なのか、怪しさといかがわしさしかない。
「ちょっと聞いてくれ。考えてみれば、まだお前らに何の説明もしてなかったな。それは素直に謝るよ、すまねえな。だから、まずはこれだけ言っておく」
なので、カティは二人に向かってそう語りかける。
二人はまだ困惑の色を残しつつも、それで多少は落ち着いたらしい。
無言で素直に耳を傾ける体勢になってくれた。だから、カティは言う。
最初に言っておくべきだったことを。
「いいか、オレは〝男〟だ」
その言葉で、世界が一瞬止まった。
正確には、そう錯覚するほど完全にクロウシとスタルカが固まっていた。
「……あーあー、んー、その……つまり……。そんなナリしてるけど、あんたには、あの……男なら誰もが一本持って生まれてくる愛刀がついておられるってコト……?」
しかし、その言葉をどうにか噛み砕いて飲み込めたらしいクロウシがそう問い返してきた。
クロウシなりにかなり表現に気を使ったのだろうが、隣に立つスタルカからは吹雪よりも冷たく突き刺すような視線を送られていた。
「いや、残念ながらついてねえ。この体は正真正銘〝女〟のそれだよ」
対して、あっさりとそう返すカティ。しかし、それだけでは余計に混乱させることになる。
そう気づいて、カティはさらにこう付け加える。
「あー……つまりだ。オレは今、体は女だが、精神はこのシュリヒテと同じくらいの歳の男なんだよ。とにかく、女の子の体をしたおっさんなんだ、オレは」
それを聞いた二人は仲良くお揃いで、宇宙の果てを見つめる猫のような表情になっていたが。




