原因を思い返すようです その1
「しかし、今まで誰にも踏破されたことのない難攻不落の古代迷宮っつっても、案外大したこたぁなかったな!」
飲み干して空になった木製のジョッキ。それを卓に叩きつけながら、サークは大声でそう言い放つ。
「オイ、親父ぃ! 酒、おかわりだ! ああ、いい、いい。もう注がずに瓶で寄越せ、そのまま飲むから」
サークは店のカウンターに向けて叫ぶようにそう注文する。
「なんだっけ、あの迷宮の名前? たしか、らく……いや、わく……?」
「『落胤の迷宮』。もう攻略した迷宮の名前も忘れてしまったんですか?」
「そうそう、それそれ。落胤だ」
ほどほどに酔いが回ったせいか、普段より頭の回転が鈍くなっているらしいサーク。
その様子に苦笑しながら、サンタが落ち着いた声でそう教える。
「落胤ねぇ……変わった名前だよな。一体どういう意味なんだか」
「噂によると、その最深部に眠る『秘宝』を手にすれば神に並ぶほどの存在になれるのだとか。だから、『神の〝落〟とし〝胤〟が眠る遺跡』という意味で『落胤』と呼ばれているらしいですよ」
まあ、完全に真偽の怪しい眉唾な話ですけどもね。
サンタはサークにそう説明する。
「言われてみれば、迷宮ってよりは何かの遺跡っぽかったよな、あそこ」
「ええ、確かに。中身はしっかり迷宮でしたけども、内部の雰囲気はそんな感じでしたね。我々よりも古い文明が遺したものなのか……。そう考えると、『秘宝』の話もあながち出鱈目というわけでもないのやも」
「まあ、そんな御大層なものが眠ってる割にゃ本当に大したことなかったな。俺らにとっちゃあ」
サークは上機嫌にそう言って笑うと、運ばれてきた酒瓶に直接口をつけて飲む。
「ちょっと、サーク。アンタ、迷宮の名前どころかアタシ達があの迷宮を攻略するのにどれほどの危険を冒して、修羅場を潜り抜けたのかも完全に忘れちゃったみたいね」
眉をひそめながらカルアがそうこぼす。
それは瓶から酒を飲むサークの行儀の悪さに呆れているせいか。
それとも、今回の過去一番ハードだったと言い切れる冒険――それをそんな風に言ってのける増長ぶりに呆れているのか。
「特に、迷宮の守護者との戦い。ありゃ今までで一番ヤバかったでしょうが。アレと戦ってる間、何度死を覚悟したことか。結果的に勝てたとはいえ、今でも思い出すだけで身体が震えるわよ」
「だらしねえなぁ、カルア。あん時ゃ、オレがちゃんと守ってやってただろ? 敵の目の前で体ぁ張って攻撃を受け止めて、特にヤバいもんは絶対お前ら後衛までは通さなかった」
サークは鼻で笑うと、その発達した大胸筋を自慢げに張ってみせる。
「身ぃ一つで敵の攻撃を引きつけて、耐え抜いて、仲間を守りきる。それこそが戦士の役割だからな。オレのおかげでお前らも戦いやすくなってたはずじゃねえのか?」
「ええ、ええ。おかげさまで後衛組は遠距離攻撃と後方支援に徹することが出来ましたよ。ありがたい話です」
「ハッハッハッハ! そうだろ、そうだろ! つまり、このパーティーの要はオレ! オレがほとんどの攻撃を引きつけて守ってやってるからこそ勝てたってわけだ! 誰も命を落とすこともなくな!」
やれやれと呆れながらもサンタがそう同意するものだから、サークはますます上機嫌で調子に乗る。
「だが裏を返せば、一番危険な目に合ってるのもオレってわけだ。敵の攻撃を、相手の正面に立って受け続けてんだからな。けど、オレは今回まったく死ぬ気はしなかったぜぇ?」
まったく不敵な様子でサークはそう言い切る。
「まあ、いつも、どんな奴と戦おうがそんなもの少しも感じたこたぁねえけどな! つまり、あの迷宮の守護者とかいう怪物との戦いだって、オレからしてみりゃ楽勝だったってことだ!」
そう言って、ガッハッハと大きく笑ってみせるサーク。
それに対してカルアはジト目を向け、サンタは肩を竦めるばかりである。
「確かに、お前が敵の攻撃を一手に引き受けてくれているおかげで、同じく前衛に立つ俺の方もずいぶん動きやすくなっている。こちらに飛んでくる攻撃も格段に減っているだろう。防御や回避に割く意識が少なくて済む分、攻撃にも集中できている」
しかし、今まで黙って話を聞くだけだったアレクが不意にそう口を開いた。
「サーク、お前がこのパーティーで果たしている役割はとても大きなものであることは素直に認めよう。だが、お前一人の力だけで勝利しているわけでもないだろう? たとえばお前が一人だけで挑んで、あの迷宮の守護者に勝てるのか?」
アレクはぎろりとサークに鋭い視線を向けながら言う。
「カルアの攻撃魔術と俺の剣技。それがなかったら、防御に徹するだけのお前ではダメージを与えることは難しいんじゃないのか? サンタの支援や回復なしに、敵の攻撃に耐え抜く自信はあるのか?」
「それは……」
アレクの指摘に、サークは口ごもる。
「サーク、俺は何もお前を責めてるわけじゃない。お前の頑丈さや怪力、戦士としての力量は素直に認めるし、頼りにもしている。ただ、だからこそ、お前にも俺達を認めてもらいたいだけだ。たとえ酒に酔っての冗談や軽口だとしても、仲間を軽んじるような発言はやめろ」
アレクは厳しくそう言い切る。
「いいか、俺達は互いを支え合うパーティーなんだ。誰か一人が突出しているわけでもないし、誰か一人が欠けても立ち行かない。全員が自分の役割を果たすことで、一つの強大な力として敵に立ち向かえる。これほど上手くそれぞれの歯車が噛み合ったパーティーもそういないだろう。俺はそう確信している。だからこそ、常に互いを信頼しあっていなければならない。それを――」
「――あー、もう! わかったわかった! オレが調子に乗りすぎた! 悪かったよ!」
くどくどと説教じみた話を続けるアレク。
それに耐えかねたようにサークがそう叫んだ。
「まったく、酒が入るとすーぐ固い話を始めたがるんだからいけねえよ、ウチのリーダーは」
「酒で口も態度も軽くなるよりマシだと思うけどぉ?」
「まあ、これはこれでバランスが取れていますよね」
苦笑しながらそう言い合うアレク以外の三人。
「本当にわかったのか、サーク? 大体お前はいつもいつも酒を飲んでは揉め事を……」
「はいはい、わーってるわーってる! つまり、お前はこう言いたいんだろ?」
どうやらアレクもこれで酒には相当酔っているらしい。
トロンとした目でなおもくどくどと話を続けようとしてきた。
それをサークは強引に遮って、言う。
「俺達は最高のパーティーだ! これからもずっと仲良くやっていこうぜ! 互いに感謝し、尊敬し合ってな! ……だろ?」
アレクの方へ近づき、肩を組みながらサークは大声でそう告げた。
「実際、お前達がいねえとオレなんてただの頑丈で腕っ節が強いだけのデクノボウだってのはわかってるよ。確かに、俺達は力を合わせたからこそここまでやってこられたんだ。感謝してるよ、いつもありがとうな」
その後で、照れたように頬を赤くしつつもサークはそうこぼす。
「むぅ……まあ、そういうことだな……」
サークのあまりにストレートな物言いに照れたのか、アレクもそう言葉を濁した。
カルアもサンタも少しばかり顔を赤くして苦笑している。
態度はがさつで、やや傲慢。
少しばかり短慮なところもあり、すぐに調子に乗って人を呆れさせることも多い。
だが、このシンプルで豪放磊落なサークの性格は長所でもあった。
裏表がまったくなく、心の内をこうやってためらいなく愚直に示してみせるところは大抵の人間から好ましく思われてきた。
それはこのパーティーにおいても変わらない。
こうやって度々仲間への信頼と好意を素直にサークが表してくれるからこそ、人間関係が上手く回る。
衝突することは多々あっても、四人が決定的な仲違いをすることなくここまでやってこられたのはそのおかげでもあった。
いわゆるムードメーカー的な存在。
戦士としての確かな実力だけではなく、こうした面でもサークはパーティー内で重宝されていた。
「……それにしても、だ! ちょっと話ぃ戻すが、本当にその『神に並べる秘宝』ってやつなのかねぇ? あの迷宮から持ち帰った〝コレ〟が」
全員が少しばかり気恥ずかしくなってしまった。
それを払拭するように、サークが話題を変える。
「あっ、おい」
アレクが咎めるのも無視して荷袋を物色し、それを取り出した。
「あー、どうなんでしょうねぇ……それは……」
サークが掲げるそれを見て、サンタが難しそうにそうこぼした。
それは、美しい細工の施された小ぶりのガラス瓶であった。
内部はルビーを溶かしたような透き通る赤色の液体で満たされている。
そんな瓶の表面には、古代文字でこう彫られている。
「『世界で最も美しくなれる薬』、だっけか? 怪しいにも程があんだろ……」
目を細めてそのガラス瓶――霊薬を見つめるサーク。思いっきり胡散臭そうに。
「あら、いいじゃない。アタシはちょっと興味引かれるわよ。世界で最も美しくなれるなんて、可能性があるなら試してみたいかも」
「やめとけやめとけ。こんなもん、どうせ馬鹿正直に書かれたとおりのことが起こるなんてありえねえんだ。ガキの頃そういうおとぎ話は散々聞かされたぜ」
冗談とも本気ともつかない声のカルアに、サークは苦い顔でそう返す。
「大体、世界で最も美しくなれたからなんだって話だよ。何の得にもならねえだろそんなもん。それで神サマと同レベルになれるってのか? なれねえと思うがね、オレぁ」
「そうねぇ、確かに。少なくとも、アンタみたいに野蛮なジャガイモ野郎が世界で最も美しくなったところで何の意味もないでしょうね」
「だろぉ? つーことで、オレはそんなもの飲む気にはまったくなれねえなぁ。たとえどんだけ大金積まれようがな。逆に、『世界で最も強くなれる』とか、『力持ちになれる』とかだったら少しは考えるかもしれねえけど」
カルアの皮肉に対して怒ることもなく、がははと笑いながらサークは霊薬を荷袋へと戻した。雑に突っ込むようにして。
そのぞんざいさが後の自分の運命を大きく左右することになるとも知らずに。
「それにしたって、未だ攻略されていなかった最難関の迷宮を突破したってのに……その奥に眠ってたお宝があれ一つだけってのは拍子抜けだよな。割に合わねえっつーかよ」
「でもまあ、その最深部で、あれだけ強力な守護者によって守られていた秘宝ですからね。案外効果の程も真実で、欲している好事家というのも探せばすぐ見つかるかもしれませんよ」
席に戻ってぼやくサークに、サンタがそう語る。
「そこのジャガイモが世界で最も強いとか力持ちとかいうのに惹かれるみたいに、世界で最も美しくなれることを求める人間は少なくないでしょうしね。もしも思ったよりも大金で売り飛ばせたら……うっふっふ」
カルアが夢見心地にそう言いながら微笑む。そして舌なめずり。
結構な欲深さを誇るこの女魔術師に、サークとサンタは呆れた目を向けるしかない。
「……この際、その秘宝が大金で売れるのかどうかはどうでもいいことだろう。そう出来るならそれに越したこともないがな」
「……まあ、確かにな」
不意に、アレクが秘宝についてそう自分の意見を発した。
それを聞いたサークも同意して頷く。
「俺達は今回、未だ誰も攻略出来なかった難攻不落の古代迷宮――それを初めて踏破してみせた。その実績だけでも、今後の冒険者としての地位は確約されたようなものだ。たとえ迷宮から巨万の富を持ち帰ろうと、その事実に比べたら大したものじゃない」
アレクは全員を見回して語る。
「俺達はあの迷宮を攻略した瞬間から、名実共にこの街でトップの冒険者であり、パーティーとなった。それは間違いない。無論、まだ『国の中で』とはいかないだろう。この国の冒険者の頂点――そこへ登り詰めるためには、これからもたゆまぬ研鑽と確たる実績を積む必要がある。だが――」
アレクはふっと、自信に満ちた微笑みを見せる。
「この辺境地域と、そこに造られたこのテイサハの街は、この国で最も過酷で物騒な未開の地だ。だからこそ一攫千金や成り上がりを夢見て、あるいは純粋な冒険と浪漫を求めて、国中から腕っこきの冒険者や屈強な開拓民が集まっている。その中でのトップに立ったということは、ほとんど国の頂点に近しい位置と言えるだろう。俺達は、それほどのことをやり遂げたんだ」
アレクのその言葉に、仲間達は同じような微笑みを浮かべて頷きを返した。
「俺達は今、『この国で一番の冒険者になる』という夢にほとんど手をかけている。パーティーを組んだ時に全員で抱いたその夢。それを完全に掴むまでは、あともう少しだ。だから、ここで改めてそのことを祝し――」
アレクは言いながら、腰を浮かせて立ち上がる。
「そして、これからも変わらず四人で助け合い、支え合って夢に進んでいくこと――それを誓うためにも、乾杯しようじゃないか」
アレクは自分の杯を掲げ、そう言った。
まさしく完璧なリーダーとしての威厳を発揮しながら。
「へっ、まったく最高じゃねえか! いいぜぇ! お前のそういうとこが気に入ってんだよ、オレらのリーダーに相応しいってな!」
サークが酒瓶をひっ掴み、勢いよく立ち上がる。
「……アタシも案外、こういう暑苦しいのって嫌いじゃなかったりして」
次にカルアが仕方なさそうに笑いながらそう言うと、立ち上がって自分のグラスを掲げる。
「大きなことを成し遂げて、気が緩みがちな今……もう一度パーティーとしての目標を見つめ直し、気を引き締める儀式ってやつですかね。なんとも合理的です。構いませんよ、付き合いましょう」
サンタも照れ隠しのようにそう言いながら、立ち上がって杯を掲げた。
「――それじゃあ、俺達の成し遂げた偉業と、大きく近づいた夢と、素晴らしき最高の仲間達に」
アレクがそう音頭を取り、全員が高らかに叫ぶ。
「――乾杯っ!!」
手に持った自分の杯や瓶の底を互いに打ちつけあってから、一気にそれを飲み干した。
だが、この時に全員がしっかりと注意を払っておくべきだった。
サークが持っている酒瓶の形と、中の液体の色が何かおかしいということに。
そうすれば、この後の悲劇は防げたかもしれないというのに。




