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復讐を決意するようです

 シュリヒテの工房の地上部分、偽装民家の裏にはこじんまりとした大きさながらも庭がついていた。

 普通の民家としての部分はほとんど使っていないというのに無駄な贅沢と言える。


 カティとシュリヒテは連れ立ってそこへ出た。


 一体何を見せてくれるんだ。そう言わんばかりの目を向けてくるシュリヒテ。

 それに対してカティは鷹揚な態度を崩さぬまま、懐から一つのスクロールを取り出した。

 クルクルと筒上に畳まれた状態だったそれを適当に開き、そのまま庭の真ん中ら辺へと軽く放り投げる。


「――――っ!?」


 それによって、その収納スクロールの中に保管されていた物体が一瞬で庭に出現した。

 同時にシュリヒテが珍しく度肝を抜かれたような表情で固まる。


 そのスクロールに収納されていて、今この庭の面積一杯に現れたものは、オーガエイプのヌシの巨大な頭部であった。


「どうだ? 長らく誰も討伐出来なかったオーガエイプのボス猿――鬼猿山のヌシがコイツだよ。山から持って帰って来られたのは頭だけだが、それでも十分金になるだろ?」


 朗らかな声でカティはそう言う。家の庭先に突如として巨大猿の生首が出現した――そんな状況に対してあまりにも場違いな爽やかさであった。


「……まさかとは思うが、一応確認したい。コイツはお前さんが……?」

「ああ、仕留めた。一人で。ちゃんと真正面から挑みかかってだぞ」


 若干引き攣った表情でそう問うてくるシュリヒテへ、カティは得意満面に胸を張って答えた。

 その自慢げな仕草も愛らしい少女のそれであるのに、報告している成果はとても結びつかない程に物騒極まりない。


「あー……じゃあ、これの首から下はどうしたんだ?」

「一撃で首を斬り落として殺したから、割とそっちも無傷に近かったんだけどな。流石にそれを収納できる容量のスクロールは持っていなかった。仕方なく半分くらいをオレが喰って、残りは埋めてきたよ」


 あっけらかんとそう答えるカティ。

 それを聞いたシュリヒテは丸眼鏡を外し、しばらく自分の眉間を指で揉んでいた。頭痛か何かに悩まされているように。


「……確かに、これが本当にあの鬼猿山のヌシだと言うなら、とんでもないシロモノではある。しかし、首だけ渡されてもな……」


 ギルドで買い取ってもらうわけにもいかんだろうしなぁ。

 シュリヒテは困ったような声でそう言いながら、その生首をペタペタと触る。


「お前ならどうとでも捌けるだろ? 討伐賞金もかかってるだろうし、そっちも欲しいなら自分が倒したことにすりゃいいさ」

「馬鹿野郎。どちらにしろこんなもの、正規の手順で金に換えようとしたらギルドどころかこの街全体がひっくり返るぞ。前代未聞だよ。誰も信じないだろうさ、俺が討伐したなんて」

「じゃあ、今のオレなら尚更だな。それも含めて色々面倒でさ、自分でコイツを討ち取ったと申し出るのは避けたいんだ。これで足りないなら他にも色々な素材を持ち帰ってきてるけど」

「いや、素材としてはこれだけでも間違いなく一級品だ。欲しがる奴はいくらでもいる。お前が言うとおりどうにかするさ。まったく、ちょっとした一財産になるな。お前が持ち帰った他の素材もついでに捌けば、山籠もりのために色々持ってかれた分を精算して利息までぶん捕ってもまだお釣りが出るぞ」


 どうする。と、シュリヒテは視線だけでカティへ問いかけてきた。


「当座の生活費以上の金は別にいらねえな。全部手間賃としてお前にやるよ」


 しかし、カティはまったく興味のなさそうな声でそう返答する。


「別に、金が欲しくて山に籠もってたわけでもねえからな」

「目的のものは手に入れたってわけだ。……いや、目的以上のものを、か?」


 それを聞いてシュリヒテはそう言うと、不意に真剣な顔をカティの方へと向けてきた。


「以前のお前では鬼猿山のオーガエイプと単独で渡り合えるかどうかは()()()()()()()()()だっただろう。ましてやそのヌシである個体なんて、お前がいたあのパーティーで挑んでも勝ち目は薄かっただろうな。だというのに、今のお前さんはそんな相手にたった一人で、真正面から挑みかかって討ち果たしたと言う……」

「…………」

「つまり、()()()()()()()()どころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()ってわけだ。その祝福された肉体の奇妙な仕様を逆手に取って……。もうその領域は人間のそれじゃないな、お前に祝福を与えた側に限りなく近いものだ」


 ただ無言でその言葉を聞くだけのカティへと、シュリヒテは真っ直ぐに問いかけてくる。


「それだけのものを手に入れちまって、お前さんは今後どうするつもりなんだ? その、ただの人間では手に余るほどの強さで、一体何をする?」

「……そんなの、決まってんだろ」


 シュリヒテのその質問に対して、カティはすぐに答えを返した。まるで用意していたかのように。


「〝復讐〟だよ。オレを切り捨てたアイツらに、目に物見せてやるのさ。そのために血反吐撒き散らして、発狂しそうな痛みと共に回復するのを繰り返す、地獄のような鍛錬を積んできたんだ。たった一人で、孤独に山に籠もってな」


 その美しい少女の顔に歪んだ笑みを浮かべながら、カティはそう言い放った。


「復讐……ねぇ」


 それを聞いたシュリヒテは何とも無感情な声でぽつりとそう、確認するように呟いていた。


「具体的には、どうするつもりだ? 一人ずつ探し出して手にかけていくのか? それともまとめて相手をするか? 向こうもパーティーを組んでいるし、お前のその強さならその方が効率はいいかもな」


 それからその眼光を鋭く、ほとんど睨みつけるようなものへと変えてカティへとぶつけてくる。そうしながら、シュリヒテは問うてくる。

 真剣そのものな表情と声。まるで何かを警戒しているような様子であった。目の前の、人間の領域から外れた存在を。

 しかし――。


「はぁ? 何でオレがアイツらと戦わなきゃなんねえんだよ?」


 問われたカティの方は、それとは対照的にまったく呆れた表情と声でそう言った。

 その言葉を聞いて意表を突かれたように、驚きに目を見開くシュリヒテ。

 カティは「やれやれ仕方ねえな」と言わんばかりの溜息を吐くと、そんなシュリヒテへ向かって語り出す。


「いいか、これからオレはこの街で冒険者として再スタートする。この体になりたての頃――ひ弱なガキそのものな時と違って、そう出来る強さをようやく手に入れたからな。そんで、仲間を集めて新しいパーティーを組み、どんどん冒険者としての実績を打ち立ててやる。以前の自分や、アイツらよりも輝かしいものをな」


 舌舐めずりをして、カティは言う。


「そうやってこの街でアイツらを超える冒険者パーティーになって、見返してやるんだよ。それで後悔させてやるのさ、あの時オレを切り捨てたことをな。地面をのたうち回るほど悔しがらせてやる。ああ、オレがいなければ……いや、()()()()()()、このテイサハの冒険者の頂点に自分達が立てていたはずなのに、ってな」


 カティはふっふっふと精一杯悪どい笑みを漏らしつつ、そんな自分の計画を語った。


「どうよ? これこそが完璧な復讐ってやつだぜ!」


 シュリヒテに向かって何故かビシッと拳を突きつけつつカティはそう言ってのける。

 内容はともかく、表情だけは凛々しく美しい少女のそれであった。


「あー……そうね……」


 一方それを聞いたシュリヒテは、再び眼鏡を外して眉間を揉みほぐし始めた。

 しばらくそうした後で最後に大きく溜息を吐き、


「お前さんのいいところはその竹を割ったような性格で、そうだったからこそこうしてつるむようになったんだというのを久しぶりに思い出したよ……」

「何だよいきなり? 褒めてんのか?」

「あー、そうだよ。褒めてる褒めてる」


 シュリヒテは苦笑しながらそう言うと、不思議そうに首を傾げているカティへと再び向き直ってきた。

 今度はいつも通り、飄然とした調子に戻って。


「はぁ……それじゃあ、山籠もりの次はその〝完璧な復讐〟のための仲間集めってわけか」

「ああ、当面はそうだな」

「誰を仲間にするのか、具体的に考えているのか?」

「いや。とにかく強くて、オレが〝面白い〟と思った奴なら誰でもいい。まあ、オレが戦士として最前衛で戦う以上、それをサポート出来る職の奴をバランス良く取り入れたいとは思ってるけどな」

「なるほどね。なら、そういう人間のあてはあるのか?」

「ふっふっふ、それについてはな……まったくない」


 シュリヒテの問いかけに、カティは腕を組むと堂々とそう言い切った。


「だから、なんか面白い話はねえか? 最近目立ってる冒険者とかよ」


 なんせ半年も人里に降りずに生活していたから、世情に疎いどころの話じゃねえんだ。

 そう付け加えて、カティは期待を込めた眼差しでシュリヒテの方を見る。

 その視線を受けてややうんざりしたように嘆息しつつも、シュリヒテは言う。


「一つだけ、あるにはある」

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