強くなりすぎてしまったようです
結論から言えば、カティがシュリヒテに話した推測は見事に的中していた。
鍛錬によって傷ついた筋肉は〝負傷〟と判断され、即座に回復した。
負傷と判断されるには全身が痛みで微動だに出来なくなるレベルまで傷つける必要もあった。だが、そんな過酷な条件も脳筋のカティにとっては取るに足らぬものであった。
鍛錬とはそこまで追い込まねば意味がない。ある種の自傷癖に到達してしまっていた。
傷ついた状態から回復する度に、筋肉は着実に大きく、太く、成長していった。
見た目にはまるで表れないが、鍛錬のメニューを日増しにより過酷なものへと変えていけるようになった。それがカティに己の成長を実感させた。
ほぼ際限なく飯を食べられる体質も筋肉の成長を大いに助けた。
食べれば食べる分だけ栄養を吸収し、その栄養は矢継ぎ早に筋肉の成長のために使用された。
いや、むしろ食べても食べても足りない。筋肉の成長のために栄養を取られ過ぎるので、カティは常に何かを食べ続けていなければならなかった。
そのためにも山の生態系が崩れるほど生き物を狩り続けた。獣だろうが魔物だろうが関係なくその肉を喰らい尽くさなければ追いつかなかった。
とはいえ、そんなあまりにも野性的で苛烈な鍛錬と生活の甲斐あって、カティの肉体は順調に鍛えられ、成長し、強靱になっていった。
見た目は本当にまったく変わらない。世界で最も美しいとされるほっそりとした少女のままだった。しかし、その〝内側〟では恐らくとんでもないことになっていた。
ほぼ無限の容量を持つ入れ物の中で、筋肉が、肉体が、際限なく成長し続ける。
それも、常人ではありえない異常な自己回復能力による凄まじい速度で。
いや、それはもはや〝順調〟などという言葉は超えてしまっていただろう。
想像以上だった。カティが思い描いていた理想など遙かに超えたレベルの成長であった。
以前の――テイサハの街でもトップクラスとされる一流の戦士、サークとしての強さなんてものは気づかぬ内にとっくに追い越してしまっていた。
いくらなんでも、以前の自分であればこんな戦い方は出来なかった。
こんなにも巨大な、尋常ではない体格差のあるオーガエイプのヌシの攻撃を受け止めることも。
その腕を掴んで力任せに捻り折ることも。
昔からの相棒であるこの大戦斧を片手だけでここまで軽々と持ち上げることも。
それを敵へ向かってブーメランのように投げつけることも。
とても、そんなことは以前の肉体では出来るはずがなかった。
いや、そもそもそれはもはやどんな人間であっても不可能だ。
カティは自分の肉体が完全に人間としての〝枷〟を外れてしまったことを実感する。
その最たる証拠がこれだ。
限界を超えた鍛錬と成長によってカティに身についたのは、以前の自分を超える腕力――人を外れた怪力だけではなかった。
身体も軽々と、恐ろしい速度で動けるようになった。
〝力自慢は総じてのろまだ〟なんてことはよく言われている。以前の自分もそこまで素早さには自信もなかった。
だが、この肉体は違った。際限のない肉体の成長は、瞬発力や敏捷性という面にもその成果を現した。
今のカティは、普通の人間ではありえない疾さで動き、ありえない飛距離を跳躍することが出来る。
そう、それはちょうどこんな風に――自分で投げつけた大斧を即座に追いかけて、それに追いつけてしまうくらいに。
大斧を投擲した直後にまず駆け出したカティは、次に地面がへこむほどの勢いで踏み込んで跳んだ。山道の横にある木にめがけて。
そのままさらに木を踏み、次々に跳んでそれを伝いながらヌシの横を回り込む。
最後に上方へ向けて思いっきり跳ぶと、ちょうどそこはヌシの頭の後ろであった。
そこにカティが予測していたタイミングばっちりで、ヌシに弾かれた大斧が落ちてくる。
「ナイスパス」
涼しい声でそう言いながら、腕を伸ばしてカティは大斧を掴む。
そのまま空中で力任せに身を捻り、それを振りかぶった。
同時に、オーガエイプのヌシが何かを感じ取ったのか、カティの滞空している背後へと振り向いてくる。
ヌシの顔がこちらを向く。
そこへめがけて落下していきながら、カティは振りかぶった大斧をまた力任せに横薙ぎに振るった。
そのままカティはヌシの顔の横をすれ違う。
「――――」
この奇妙な体――世界で最も美しくなれるという祝福を受けた肉体の仕様は、概ねシュリヒテとカティの予測通りであった。
予測通りにこの体は過酷な鍛錬による筋肉の負傷を即座に回復させ、栄養を取り込めるだけ取り込み、その内側だけで肉体を際限なく成長させた。
カティが予測した通りに、この体は戦士として以前の自分を超えた強さになれる――その可能性を秘めたものであった。
さらに、それはこうして遺憾なく、十二分に発現された。
ただ、一つだけその予測に誤りがあったとするならば――。
「――なんつーか……少しばかり強くなり過ぎたかもな、これは」
カティは溜息と共に、ぽつりとそう呟く。
そうしながら腕を組み、胡座をかく少女の姿。
ボロボロに荒れ果てた風体で、自分のものではない血に塗れてはいる。
しかし、その髪も顔も体も、やはり妖しい程に美しい。
そんな少女が座り込む下には、綺麗に胴体から斬り飛ばされ、地面に落ちたオーガエイプのヌシの頭部があった。




