ボス猿退治をするようです その2
「~~~~~~~~ッッ!!」
さて、お互いに相手の出方を窺うように睨み合っていた両者。
だが、いつまでもそれを続けているわけにもいかない。
痺れを切らしたように先に動いたのはヌシの方からであった。
先ほど調査隊に向けてそうしたように、まずは威嚇の咆哮をこちらへ放ってきた。
「ひっ――」
再びの轟音に、カティの後ろのクレムが耳を塞ぐ。小さな悲鳴を上げながら。
「…………っ」
しかし、クレム相手なら効果は抜群でも、カティにとっては何でもない。
その咆声に対しても、怯むような気配は微塵もなかった。
ただ、あまりにもうるさいので少し顔をしかめた程度である。
鼓膜を破らんとするその騒音に不快感を覚えた。しかし、それによって、ほんの一瞬だけ気が緩んだ。
「――――ッ」
その隙を、ヌシは見逃さなかった。
いや、というよりも、それを作り出すための布石としての咆哮だったのだろう。
どうやら狙い通りの結果を得られたらしい。それを確認すると同時に、凄まじい速度でヌシは拳を突き出してきた。
最短距離で真っ直ぐにカティを殴りつける軌道。
当たればひとたまりもない威力であることは間違いない。
ならば防御しなければならない。だが、一瞬の緩みを突かれたせいで先ほどのような〝大斧を盾にする防御〟は間に合いそうになかった。
「――――」
なので、そう判断したカティは大斧を構える代わりに信じられない行動に出た。
無造作に放り捨てるように、それをポイと手放したのだった。
そうしてから、次にばっと全身を広げる。
まるでこちらへ向かってくる子供やペットを抱き止めようとするかのように。
その姿勢のままヌシの巨大な拳をカティは迎え入れて――。
「~~~~~~~~!?」
全身で掴みかかるようにして、その拳を受け止めていた。
普通であれば拳がぶつかった衝撃で吹き飛ばされるはずであった。なんであれば、あまりの威力に全身がバラバラに、ミンチになってもおかしくない。
そんなオーガエイプのヌシの本気の殴打を、カティはその場に留まったまま真正面から受け止めたのだ。
その衝撃がどこかに消えたわけではない。その証拠に、カティの足下には少し後ずさったような跡がある。それを受け止めた時に、衝撃に押されたことでついたのだろう。
だが、普通に考えてそんな少し後ずさる程度で受け止められるような攻撃でないことも確かだった。
けれど、実際カティは受け止めた。吹き飛ばされることも、ミンチにされることもなく五体満足のままで。
それは確かな現実として認めるしかないだろう。その拳を放ったヌシ自身も、唖然としたまま見ていることしか出来ないクレムも。両者ともありえない光景に固まったままであっても、だ。
さらに、カティはその拳をただ受け止めているだけではなかった。
カティは掴んでいる。受け止めたその拳を、全身で抱えるようにして。
だから、たとえヌシがその時固まっていなくても、その拳を引くことは出来なかっただろう。
「よっ――と」
「――――ッ」
そして、その時にはすでに攻守も入れ替わってしまっていた。
次はヌシの方が防御を考えなくてはならない番だった。
だが、カティの方はそんな暇を与えるつもりはない。
だから、全身で包み込むようにして掴んでいたその拳を思いっきり、力任せに捻った。通常の生き物の関節であれば曲がらないはずの方向に。
「~~~~~~~~ッッ!?」
ヌシの腕が肘の辺りから変な方向に曲がり、ゴキンと、不気味な重低音が響いた。
同時にヌシが再び吼える。ただし、それは先ほどの威嚇のためのものとは違い、強烈な痛みによって発せられた純然たる〝悲鳴〟であった。
それを確認すると、カティは掴んでいた拳をあっさり放した。
悲鳴を上げ続けながらも、ヌシは急いでその逆方向に曲がってしまった拳を引く。
そのまま無事な方の手で負傷した部分を押さえている。痛みのあまりにそうせざるをえないのだろう。
だが、そうしながらもヌシはまだ戦意を失ってはいないようであった。
眼に怒りの炎を宿し、カティを睨みつけてくる。痛みに震えながらも、再び相手の攻撃に備える姿勢を取っていた。
流石に歴戦の強者である。腕の一本使えなくなったとて、その程度でまだこちらが有利になったわけではない。
むしろまだまだ挑む人間側の方が不利であろう。手負いの獣こそが恐ろしい。
後ろでへたり込んだまま見ているしかないクレムにまでそう感じさせるような迫力であった。
「~~~~♪」
だが、カティの方はまったくそう思ってはいないようであった。
折角、相手を大きく負傷させた。怯ませた。畳みかけるように追撃するチャンスだというのに、カティは何故かそうしない。
それどころか、やけにのんびりとした動きで放り捨てた大斧を拾っている。涼しげな顔で、鼻歌交じりに。
そのあまりにも場違いに呑気な様子に、一瞬ヌシもクレムもぽかんとする。毒気を抜かれそうになる。
だが、カティが大斧を拾い上げた次の瞬間にそれは全て吹き飛んだ。
「ふっ――」
カティはその総鋼の大斧を、片手でひょいと持ち上げたのだ。大の男が両手を使ってですら厳しい重さであろうそれを。柄の端を掴み、何とも軽やかに。
それどころか、その片手で軽く掴んだまま後ろへと思いっきり振りかぶった。
「――せいっ」
振りかぶって、投げた。ヌシの方へ向けて。
斧は独楽のように回転しながら、恐ろしい速度でヌシの顔面へと飛んでいく。
巨大な斧が、まるで軽木で作られたブーメランの如く。
ヌシもクレムも思わず度肝を抜かれた顔になる。
だが、クレムと違い、ヌシの方は即座に立て直す。
「――――ッ!」
正確に自分の顔面へ向かって突き刺さらんと飛んできた大斧。それを、ヌシは無事な方の手で弾いた。
間一髪のタイミングで。この程度ではやられはしないとでも言うように。
流石の強者、怪物である。
弾かれた大斧はヌシの頭上を越えて、緩やかな放物線を描きながらその背後へ飛んでいく。そのまま落下する軌道であった。
ヌシはそんなものに気を取られている場合ではないと判断したのだろう。弾いた後はすぐに再びカティへと視線を向けてきた。
唯一の武器を投擲するという驚くべき行動に出た相手。それが次にどう動くつもりなのかを見極め、対処するつもりだったのだろう。
「――――!?」
だが、ヌシが視線を向けたそこにはもうカティはいなかった。
大斧を弾くために、一瞬意識をそれに集中した。
その一瞬の間に、カティは消えてしまっていた。
一体どこに?
ヌシはそう思って動揺したのだろうか、動きを止める。ほんの少しの間、まばたきをする程度の時間。
だが、その直後、即座に後ろへ振り向く動き。
それは野生の勘だろうか。それとも直接的に何かを感じ取ったせいだろうか。寒気のような、殺気のような何かを、鋭敏に。
だとするならば、やはりヌシはその強さを称えられるべきだろう。
何故ならば、まさしくヌシが振り向いたその先に、カティの姿はあったのだから。
弾かれて空中を漂っていた大斧を見事に掴み、それをそのまま振りかぶった体勢で。
 




