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ボス猿退治をするようです その1

 少女がオーガエイプのヌシを睨みつけながらそう言うと、


「――――っ」


 ヌシも防御された拳を即座に引いた。


 しかし、逃げ出そうとまではしない。

 当たり前だ、ヌシの一撃を受け止めたとはいえ相手は小柄な少女でしかない。

 オーガエイプと対峙した時に、先に逃げ出さなければならないのはどう考えても少女の方である。


「…………」


 しかし、少女もまた逃げ出す気は微塵もないようであった。

 相変わらず鋭くヌシを睨みつけたまま、油断も隙も見せずに対峙を続けている。


「悪いな、嬢ちゃん」


 そうしながらも、突然少女がクレムに向かってそう声をかけてきた。


「どうもオレがアイツを仕留め損なって逃がしたせいで、アンタ達を巻き込んじまったらしい」


 まだ夢うつつのように呆然としながら、クレムはその言葉を黙って聞く。


 この世のものとは思えない程に美しい顔をした少女であるというのに、相反するかの如く乱暴な男っぽい口調。

 その妙なギャップの衝撃にもクラクラしてしまう。


 さっきからあまりにも飛び込んでくる情報量が多すぎる。

 ここは一旦、落ち着いて全部整理することを試みよう。それしかない。


「…………」


 クレムは深呼吸をして、高速で頭を回転させる。


 まず、この少女はとても信じられないことだが、あのオーガエイプのヌシと渡り合う実力があるらしい。

 それは実際にあの拳を防いでみせたことからも確かなようだった。この目で見たものは認めるしかない。


 次に、少女の言葉。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それも事実なのかもしれない。と、今は認めるしかない。

 何故なら、それによって綺麗に一つの疑問が氷解するからである。


 その疑問とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。


 そもそも普通のオーガエイプですらクレム達調査隊がいたような場所に出没することはまずない。あったとしても極々稀である。

 ましてや山奥の更に奥に引っ込んで滅多に姿を現さないようなヌシなどがここまで降りてくるはずがない。


 それが、少女との戦いの最中に逃走を選択し、必死で逃げ続けてここまでやってきてしまった。

 それもまたあり得ない話のはずなのだが、状況的に全ての辻褄が合ってしまう。故に、今はそうなのだと信じるより他ないだろう。


「…………!」


 そこまで整理出来たところで、クレムの頭はようやく〝この少女は一体何者なのか〟という根本的な疑問にたどり着いた。


 オーガエイプのヌシと互角に渡り合えるらしい実力。

 それどころか、本人は仕留め損なったせいでここまで逃がしてしまったとまで豪語している。

 そんな、オーガエイプのヌシ以上の人間離れしたバケモノ。

 それがこの、これまた人間離れした美しい顔の少女であるらしいのだが。


 クレムにはそれについて一つだけ心当たりがあった。


「――あ、あなたは……もしかして……」


 だから、クレムは我知らず震える声で、それを口にする。


「鬼猿山に棲むという、〝山姥〟……!?」



           ☆★



「誰が山姥だ!? 誰が!?」


 もちろん、そう問いかけられた少女は山姥などでは全然ない。


 その正体は何を隠さずとも、鬼猿山で山籠もりをしていたカティであった。


 シュリヒテに見送られてテイサハの街を出てから、はや半年の月日が経っている。

 その間カティは一度も山を下りることなく、ずっとこの鬼猿山に籠もって生活していた。

 その生活が如何様なものであったのかは、山を下りた人里で語られる噂によって大体の想像はつくだろう。

 妖精も、小鬼も、山姥も。全ての噂の正体はこのカティであった。


 だが、山にずっと籠もったまま人間社会から切り離されていたカティがそんな噂を知る由もない。

 なので、突然の山姥呼ばわりにも困惑してツッコミを入れるしかない。


「で、でも……そうとしか……!」


 カティが後ろに庇って助けた女冒険者はそう否定されても納得がいっていないようであった。


 一体何がどうなって自分がそこまで山姥扱いされなければならないのか。

 まったく身に覚えのないカティはうんざりしたような溜息を吐く。


 しかし、それも結局コイツ――オーガエイプのヌシを自分が取り逃がしたことが全部悪い。自業自得である。

 そう思い直して、カティは再び正面を向く。

 クレムのことは一旦放置する姿勢。これ以上話していたら色々なものが拗れそうな予感がする。


「…………っ」


 カティが向き直った先のヌシは、動きを止めたままだった。

 こちらを警戒するように動向を窺っている。


 賢明だな。カティは素直にそう思う。

 己の実力を過信して、相手を見誤ったりしない。だからこそオーガエイプの群れのボスとして長年君臨し、ここまでの強大な個体になれたのだろう。

 おかげで一度は逃げられかけた。コイツが偶然出会ったらしいこの女冒険者に絡んで足を止めていなければ、そのまま雲隠れされていたかもしれない。

 そうなったら面倒だった。また探し出すのもそうだが、何より()()()()()()()()()()()()()()()()のが。


 カティは決めていた。コイツを倒したらそこでこの山籠もりを終了する。


 半年間、山を下りることなくひたすら鍛錬に明け暮れた。

 その成果と、この時点での自分の実力を確認する。そのための相手に選んだのがこの〝オーガエイプのヌシ〟であった。


 理由は非常に単純。この山で一番強い生き物がコイツだから。

 いや、それは何もこの山に限った話でもない。

 この山があるルアトの辺境地域――テイサハの街周辺。そのエリアの中でも、オーガエイプのヌシは五本の指に入る強大な魔物であった。


 これまで何組もの冒険者パーティーがヌシに挑むためにこの鬼猿山へと踏み込んでいった。

 その大半が帰ってこなかった。返り討ちにされたのだろう。

 数少ない生還者の中にも、ヌシを倒せた者は一組もいなかった。

 彼らは這々の体で街に戻ってきて、ただ恐怖に震えながらヌシの強さと脅威を語るだけで精一杯だった。


 そんな、ここ数十年どんな冒険者も討伐できなかった〝怪物〟。

 そいつが存在するからこそ、カティは今回この鬼猿山を山籠もりの場所として選んだのであった。


 かつての仲間達とも〝いずれ自分達が討伐してみせる〟と夢想した相手。

 それを独力で倒せたならば、以前の自分を超えられたと判断してもいいだろう。

 そんな、あまりにも大雑把で、豪快で、無謀な考えから選ばれた()()()()()()()()であった。まさに脳筋にも程がある。


「…………」


 そして、ようやく今日、カティはヌシに挑むことに決めた。

 その理由もまた恐ろしく単純だった。


 この山にもうヌシ以外の敵がいなくなってしまった。


 鬼猿山に棲息していた様々な獣や魔物、オーガエイプも含めたその大半をカティは狩り尽くしてしまっていた。この半年間の山籠もりの間に。

 それはまさしく山の生態系のバランスが崩壊しかけるレベルで。

 山に棲息する生き物の異常な減少。クレム達調査隊が調べていた〝異変〟の原因は何を隠そうこのカティであった。


 鍛錬の合間に、その成果の確認――腕試しと食料調達を兼ねて、カティはあらゆる生き物を無差別に狩り殺し続けた。

 最初は小さな獣から始まったそれは、ここ最近ではもはやオーガエイプを主な標的とするものとなっていた。この山の生態系の頂点をである。

 それを鼻歌交じりに仕留められる領域にまで到達した。その結果として、この山にカティの敵となれる生物がいなくなってしまった。


 そう、もはや最後に残った〝鬼猿山最強の怪物〟――オーガエイプのヌシを除いて。

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