推測するようです
「……本当に、オレの体は内側で底無しにデカくなるってのか?」
おもむろに口を開くと、サークはそう尋ねた。
「……解析のための調査と実験の中で、お前の体型が変化しないのかどうか念入りに確認した。変動はまったく無かった。ただ、摂取させた物の量に応じた体重だけが増えていた。そこから立てた推測だから、まあそこに関しては間違っちゃいないと思うが……。そもそもお前、解析始める前からその体型にしちゃおかしいくらい重かったぞ」
「そうか……。実は、それについちゃ覚えがある。オレの今の体が底無しに飯を食えるし酒も飲めるらしいってのも、自覚はある」
というより。そう続けて、サークは何かを示すように両手を軽く広げる。
「そもそも、さっきから満腹感ってのがまるでねえ。今のこの身体で、お前と一緒の量の朝飯を平らげておいてだ」
示す先には綺麗にすっからかんになった食器が並んでいた。
「……自分の推論が目の前で証明される瞬間を見られて嬉しいよ。それで? 質問はそれだけか?」
何だか感服しているような、呆れているような様子でシュリヒテはそう問い返してきた。
サークはそれに対して頷きを一つ返した後で、言う。
「ああ。代わりに、ここからはオレの話を聞いちゃくれないか? それについてお前の意見が欲しい」
「攻守交代って感じだな。いいぜ、話してみろ」
朝食を食べ続けながら呑気にそう応じてくるシュリヒテ。
それを聞くと、サークは小さく呼吸を整えた後で話し始める。
「いいか……実は、今から話すことは〝戦士ギルド〟に所属する人間だけが知ることの出来る、戦士を志す者達に伝わる『秘伝』だ」
この世界には職業によって様々な『ギルド』が組まれている。
まずは希望する職業のギルドに所属し、そこで訓練を受けることでその職を名乗れるようになる。それが職業に就く際の一般的な過程だ。
ギルドでどんな訓練や教えを受けるのかは基本的に門外不出。たとえ職業を変えるにしても、それを漏らさないことを固く誓わされる。
その〝秘伝〟の一つをサークは話すつもりであった。
そのせいか、少し緊張した声。
誰か他に聞き耳を立てていやしないかと周囲を見回したりして。
「こういう状況だからっていうのと、お前のことを信用しているから話すんだ。誰かに漏らしたり、悪用しようとするなよ」
「戦士の秘伝なんて俺にとっては何の役にも立たないから悪用しようもないな。話すような相手もいない、安心しろ」
「よし……信じるぞ。いいか……」
そうは言いつつも、サークは声のボリュームを大きく落としてひそひそと話す。
「今から話すのは、戦士の最も重要な資本――〝強靱な肉体〟を作るための方法だ。鍛え上げられた筋肉と、それに覆われた鋼のような身体。無双の怪力。戦士という職に何より求められるものはそれだ。それを身につけるためには、己の肉体をどう鍛えるべきか……その方法とは……」
「……その方法とは?」
「〝飯を喰う〟ことだよ。とにかく毎日喰えるだけ飯を喰って、身体を大きくする。戦士として求められる鋼のように強靱な肉体――それを作る基本にして究極の方法ってのはそれなんだ」
それを聞いたシュリヒテは、何ともいえないしかめ面になってサークを見つめてきた。
「……それだけ?」
「オイオイ何だよその反応。案外馬鹿に出来ねえし、みんな気づかねえもんなんだぞこれが。飯を喰えば喰うだけ身体がデカくなるっていう理屈はな」
サークは肩を竦めて言う。やれやれと呆れたように。
可憐な美少女の外見をしているせいか、妙に憎めないオーラを出しつつ。
「それに、誰でも出来るってわけじゃねえ」
サークはそこからくどくどと語り始めた。
毎日毎日馬鹿みたいに大量の飯を喰うのは身体だけでなく心にも負担がかかる。
ヤワな精神じゃその内に嫌気がさして、途中で潰れてしまう。
戦士になるにはまず毎日大量の飯を喰らい続けられる頑丈な胃袋と、それに耐える精神力が求められる。
その上で、その栄養を吸収して肉体の成長に変えることが出来なければならない。
「そういう意味では、大飯喰らいであるほど戦士としての才能に恵まれているってことになる」
「……なるほど、そう言われてみれば確かに一理あるかもしれん」
サークの説明を聞いたシュリヒテは少しばかり感心している様子で素直にそう認めてきた。
それを見てサークは得意そうに頷くと、さらに話を続ける。
「だが、ただ単に大量の飯をダラダラと喰い続けているだけってのもダメだ。そのまんまじゃ身体がデカくなっても単なるデブだからな。それと平行して、常に身体を鍛えなきゃならん」
そこでまたも左右をキョロキョロ気にすると、声を潜める。
「それに関連してもう一つ、大飯を喰らうことと同じくらい重要な秘訣があるんだ。喰らった飯を贅肉じゃなくて筋肉に変え、大きく成長させて強靱な戦士の肉体にするための極意がな。……それは……」
「……それは?」
「――鍛錬において、〝限界まで肉体を追い込む〟ことだよ」
それを聞いたシュリヒテはまたも微妙なしかめ面でサークを見てくる。
「……誰だってやってることじゃないのか?」
「全然ちっげーよ馬鹿! いいか、戦士の鍛え方ってのは、それこそぶっ倒れるまでやるんだ! 全身の筋肉が悲鳴を上げて、痛みで立つことも出来ねえくらい徹底的にだよ! お前、これまでの人生でそこまで自分の身体をいじめ抜いたことあんのか!?」
しかも、それはちゃんとした理屈の上でそうなってんだよ! 黙って聞け!
サークはムキになってそう喚く。が、顔が可愛すぎるせいでいまいち迫力はない。
サーク自身も微妙なままのシュリヒテの表情からそれがわかってしまった。
なので、コホンと咳払いをして気を取り直し、
「いいか、戦士ギルドにおいてはだな……これは本当に外に漏らしちゃならねえ秘伝なんだが……筋肉というのは、鍛錬によってボロボロになった状態から回復する時にこそ大きく成長するものだと教え継がれているんだ」
再び、くどくどとサークは語り始める。
曰く、身体がボロボロになるまで徹底的に鍛え、それが回復するまではしっかり休む。
回復した後には筋肉がより一層大きく、固く、太く、強く成長している。
追い込み、回復し、また追い込む。筋肉の成長とはそういうサイクルを経ているのだ、と。
先人が最も効率的な鍛錬を研究し続け、それを連綿と繋いできて辿り着いた理論とはそれ。
サーク自身もこの理論に則って鍛錬し、こうなる前のあの鋼のような肉体を作り上げたのだ。
「まったく、血のションベンを出し尽くすような鍛錬の日々だったんだぜ」
しみじみとそこまで語ってから、サークはちらちらとシュリヒテを見る。
その視線の意味はどうやらちゃんと向こうに伝わってくれたらしい。
「あー……そりゃ、流石に俺も知らなかったよ。自分で実践する気にはなれんが、理論の一つとしては確かに面白い」
「そうだろうそうだろう。戦士ギルドに伝わる、血と汗と涙の結晶みてーなもんだからな」
シュリヒテの声は限りなく平坦だったが、サークはとにかくその反応に満足したらしい。
機嫌良く話を再開する。
「とにかく、今の話で大事なことは二つだ。戦士としての強靱な肉体の作り方とは――」
一つ、大量に飯を食って身体をデカく成長させる。
二つ、肉体をボロボロになるまで鍛えて、そこから回復することで筋肉を大きく成長させる。
サークは指を二本、順番に立ててそう言った。
そして、不意に真剣な顔つきとなる。
「さて、ここまでのことを踏まえた上で、いよいよ本題に入るぞ。今の自分のこの体に関してオレが推測する、一つの〝可能性〟についての話だ」
☆★
「まず、オレの体は底無しに飯が喰える。それは理解もしたし実際体験した。喰った飯の栄養も底無しに吸収して、底無しに体を成長させて膨張させる。それを外側に溢れさせないために底無しにされた体の内側でだけ、な。それじゃあ……って話なんだが」
サークは口に手を当て、何やら考え事をしているようなポーズで言う。
「これって、さっき話した戦士としての肉体を作り上げる秘訣の一つ――〝とにかく大量に飯を喰って身体をデカくする〟って点から見れば、理想中の理想みたいな体質なんじゃねえか……?」
そう言った後で、さらにサークは間髪入れずに自分の話を続けていく。
「そんで、もう一つの体質。〝肉体の負傷が驚異的な速度で自己回復する〟ってやつだが……。もしも、限界まで追い込む鍛錬による筋肉の損傷が〝肉体的な負傷〟と判断されたら、それは即座に回復されたりするんじゃないのか? 手のひらや指を切った時と同じような感じで、だ」
まるで独り言のようにブツブツと語った後で、サークはシュリヒテを真っ直ぐ見る。
「もしもそうだとするならば――どうなると思う?」
「どうって……」
シュリヒテは突然そう振られて戸惑っている様子だったが、サークの方は特に回答を求めているわけではなかった。
なので、それを待たずに自分の推測を語り続ける。
「筋肉の損傷が即座に自己回復する。それに伴って、筋肉は成長する。より強く、大きく、固く。その成長に必要な分の栄養も、オレの体の内側には底無しに貯め込まれている。言い換えれば、〝底無しに食べて吸収する栄養〟を、オレの体は即座に〝自己回復による筋肉の成長〟へ注ぎ込める。そして、オレの体の中身の成長は底無しに続く。限界がない」
そこでコホンと咳払いをし、
「要するに、オレの推測はこういうことなんだが――」
サークは言う。世界で最も美しい少女の顔を眩しく輝かせる微笑と共に。
「オレのこの体は、もしかして本気で、徹底的に鍛えたとしたら――恐ろしい速度で際限なく筋肉が成長し続けるんじゃねえか!?」
可憐な少女の顔から出てくるにはまったく似つかわしくないその発言。
そんなギャップにシュリヒテは多少目眩を覚えているような様子で答えてくる。
「……ま、まあ……お前の言う戦士としての肉体鍛錬の秘伝――その理論が間違っていないのであれば、可能性は大いにあるんじゃないか」
「だよな!? そうだよな!」
シュリヒテの言葉に満足したのか、サークは満開の花のような笑顔になる。
「もしもそうだったら、この肉体は〝以前のオレ〟よりも強くなれるかもしれねえ! 以前よりも遙かにデカく、逞しく、強靱に! 限界を超えた筋肉の成長と膨張によって!」
「外見だけはまったく変わることはないままだがな。確かに、理論上は可能なことだろうが……しかし」
きゃっきゃとはしゃぐサーク。
シュリヒテはそれに思いっきり呆れた目を向けてきながら、言う。
「その姿に――その肉体になって、与えられた祝福をそんな風にして利用できるんじゃないかと考える奴は、世界中どこを探してもお前さん以外にはいないだろうな。もしもそれが成功してしまったら、それこそ開発者の意図していない挙動の極致ってことになっちまう。なんとまあ……」
そこまで言ってからシュリヒテはぶはっと吹き出し、
「とんでもなく愉快なことじゃねえか。最高に馬鹿馬鹿しい。是非ともやってみせてくれ」
「ああ、言われなくたってそうしてやらあさ!」
二人はしばらく顔を見合わせて大笑いする。心底楽しそうに。
こういうところで妙にウマが合うので友人関係が続いている。その証明のような光景であった。
まあ、傍目には〝怪しい中年親父〟と〝恐ろしい程の美少女〟が一緒に馬鹿笑いをしている――そんな奇怪な光景にしか映らないかもしれないが。
「ははっ、しかし何だ……こんな姿になっちまった時は、もう人生終わったかと思ったもんだ。この先どうやって生きればいいのかまるでわからねえ、暗礁に乗り上げた気分だったよ」
「ほう……お前さんでもそんな気分になるもんかね。単純明快、豪放磊落。小さいことは気にしない大雑把さが美点だというのに」
「当たり前だろ。オレだって多少は繊細なとこくらいあるっつの……そもそも全然小さいことじゃねえだろこれ、人生の一大事だわ!」
シュリヒテの言葉にサークは机をバンと叩いてツッコミを入れつつ、
「けれども、だ。もしも今のこの体が、以前のオレよりも強くなれる可能性を秘めているのだとしたら……こんなくそったれな運命も諸手を上げて大歓迎だぜ! 生きる気力がモリモリ湧いてくるってもんだ!」
「……あー……なんつーか……そのー……」
力強く拳を握りしめながらそう叫ぶサーク。その瞳をキラキラと輝かせながら。
それを見たシュリヒテが若干呆気にとられているような様子で尋ねてくる。
「一つ聞きたいんだが……お前さん、あの〝ゴツくてむさ苦しい男〟からそんな〝可憐な美少女〟の姿に変わっちまったことについては、もしかして何とも思っていないのか……? 男としての自分への未練とか、全然ない……?」
「あん? 強くなれるってんなら、別に姿形なんて何でもいいだろ? 流石に人間やめてバケモノになるなんてのはゴメンだが、これならまだ人間の範疇だしなぁ……」
「……もしかしてお前の頭の中、〝肉体的な強さ〟が全ての基準になってるのか?」
「それ以外に何がある? さっきまでの話にしたって、このひょろっこい腕や足、ちっこい身体で強くなれるのかどうかが絶望的だと悲観してただけだぞ。男か女かなんてのは割とどうでもいいな、それこそ小さいことだろ」
「……それなりに長い付き合いだと思っていたが、まだまだお前さんの脳筋具合をナメてたよ……」
深い溜息を吐きながらそう言ってくるシュリヒテ。
それを見て、サークは本気で不思議そうに首を傾げる。
「何かおかしいこと言ってるか、オレ?」
「あー、いや、いい……少なくとも、お前さんが今後の人生を悲観してどうこうということにはならなさそうで良かったよ……。ただでさえ数が少ない友人がさらに減るのは寂しいからな」
「ふーん……?」
サークはわかっているようないないような声。
そんな話をこれ以上ややこしくしないためのなのか、シュリヒテの方から敢えて話題を切り替えてくる。
「――それで? 自分の肉体についても解析できた。そこから新たな可能性を見つけることも出来た。なら、この後は具体的にはどうするつもりなんだ?」
何か考えはあるのかと問いかけてくるシュリヒテ。
一方、サークはにんまりと笑みを浮かべながら答える。
「そうだな、とりあえずオレの推測が当たっているかどうか試すためにも、どこかで一度徹底的な鍛錬を積む必要がある……っつーことで」
ぐっと握りしめた拳を突き出しつつ、言う。
「〝山籠もり〟だな!!」




