従者が全てを明かすようです
「……どういうことだ、そりゃ」
カティは問う。静かな威圧を放ちながら、探るような声。
それにより、一気にその場の空気が張り詰める。
「言葉どおりの意味にございますれば」
しかし、ブランは相変わらず平然とそう答えてくる。
カティの圧にまったく怯みも動じもしていない。
スタルカやクロウシですらあまりに急激な空気の変化に驚き、緊張しているようだというのに。
「よくよくお考えになられれば、自ずとご理解いただけるものかと存じますが。この世界においてあなた様だけが特別であるはずなどないということは」
ブランはその落ち着き払った態度のままで語り続ける。
「この世界にもたらされた『最上』の祝福。それを授かった人間というのは幾人も存在しております。それこそ、もたらされた祝福の数だけ。あなた様は、言わばその中のお一人に過ぎません」
きっぱりと、そう言い放ってきた。
それを聞いて――。
「…………」
カティは一旦、威圧を引っ込めた。目の前の男に対しての警戒を解く。
ブランの言葉。その内容にある程度納得がいったからであった。
というよりも、興味が湧いてきた。ブランという男に対する改めての好奇心が。
それが、カティに純粋な疑問を発させる。
「そう言や、肝心なことを後回しにしたまんまだったな……。ここは今一度、そこから明かしてもらうことにしようか」
カティは腕を組み、目を細めてブランを睨む。
「お前は一体何者なんだ、ブラン」
それに対して、ブランはさっと頭を下げながらこう答えてくる。
「私はあなた様の忠実なる従者にございます」
「それはわかってるよ。聞きたいのはそういうことじゃねえ」
カティは溜息と共に問う。
「お前はどうしてオレなんかの従者をする? いや、『世界でもっとも美しくなれる』――その祝福を授かった人間に仕えるんだったな、お前は。じゃあ、それ自体が一体どうしてなんだ? どうしてお前はそんなことをしなきゃならん?」
「……それは――」
その核心に迫るような問いかけに、今度こそブランもはぐらかせないと悟ったのだろうか。
一拍置いた後で、なんとも素直に白状した。
「私が、その使命と共に遣わされたからでございます」
「……一体、何者だよそいつは。誰がお前を遣わした?」
「――この世界で、最も尊い御方によって」
間髪入れずのカティの質問に、ブランはそう答えた。
静かに目を伏せ、なんとも厳かな声色で。
「そして、何を隠そう、あなた様のその祝福をこの地上へもたらしたのもその御方でございます」
さらに、ブランは深々と礼を捧げながらそう告げてきた。
「…………ッ」
それを聞いてカティは驚き、しばし言葉を失う。
ブランをカティの下へと遣わしてきた何者か。
祝福を授かった人間の従者となり、仕えよとの使命を与えて。
さらに、その何者かはカティが授かったこの祝福を地上にもたらした存在でもあるらしい。
つまり、そいつがカティにこの祝福を与えた存在ということになる。
それが一体何者であるのか。カティは脳裏で思い返す。
シュリヒテにこの体の解析を依頼した。その結果報告の時の会話を。
さらに思い返す。この体になった原因である霊薬。それが秘宝として眠っていた迷宮の名前。その由来を。
そんな記憶や情報を頼りに頭に浮かべた、その何者かの名前。
ここでそれをハッキリと口にしてしまう度胸は流石のカティにもなかった。
「……どうしてだ……?」
代わりに、頭に浮かんできた疑問を呟く。
「どうして、お前はそいつに遣わされた? いや、違う……どうして、そいつはお前を遣わしてきた? なんのために?」
「祝福を授かりし者の従者となり、仕え、お支えせよ、と。私はそう仰せつかったのみにございます」
「支えろ……? 一体、何を支えるっていうんだ?」
「あなた様の為されること、その全てを」
「――ッ、そんなわけが……!」
そんな美味い話があるわけがない。カティは声を荒げそうになる。
ブランはあらゆる面で恐ろしく有能だ。従者としても超一流と言えるだろう。それは素直にカティも認めるところである。
だから、そんな人間をタダでくれてやるなんてことがあるはずがないのだ。
しかも、従者として、主人のあらゆる行動を支えて手助けしろなどと。
話が美味すぎるにも程がある。
有能な従者を付けてやるから、何でも好きなようにすればいいだなんて。
そんなこと、絶対にあるはずがない。絶対にそこには何か裏があるはずだ。
果たしてその裏とは一体何なのか、正直見当もつかないわけではあるが……。
カティは黙り込み、しばしそれについて自分なりに考え込もうとした。
そこで、唐突に思い当たった。根本的な疑問に。
「……そもそも、どうしてこんな、『祝福』なんてものが授けられたんだ……?」
問いかけるというよりも、独り言のようにカティはそれを呟く。
「お前を遣わした存在が、この祝福を地上にもたらした。お前はそう言ったよな。それ自体がどうしてだよ。一体どういう目的で、そいつはこんなもんを与えてきやがった」
ブランに向かってそう問い詰める。
しかし、その途中でさらにカティはハッと気づいた。
尋ねるべきはそうじゃない。より正確に言うのであれば。
「……目的は、祝福を授けた人間に何かをさせたいから……そうだな? そして、お前はその『させたいこと』を実行する時の助力となるために遣わされた。その存在の目的を円滑に遂行させるために……」
なんだか今日はやけに勘が冴えている。自分でも驚きながら、カティはブランへ詰め寄る。
「――言えッ! その存在は、オレに一体何をさせたいんだ!? 他の祝福を授けられたらしい人間達も含めて、何をさせるつもりなんだ!?」
焦燥と共にカティは問う。今更ながらに薄気味悪くなってきた。
自分のこの体が。与えられた祝福というものが。今まで深く気にせずにそれを受け入れていたのが嘘のように。
自分をこんな奇妙な体に変えてしまえるような、人知を超えた存在。
そいつによって、どうやら気づかぬ内に抗うことの出来ない大きな流れに乗せられているらしい。
そのことが、どうにも不気味でたまらなかった。
「……残念ながら、私如きではその御方の真意を理解することなど、到底不可能でしょう」
ブランは目を伏せて、首を静かに振る。カティも一気に落胆しそうになるが――。
「しかし、推し量ることは出来ます。おそらく、あの御方は望まれておられるのだと思います」
「――何をだ?」
続けてそう口にしたブランへ、カティはすぐさま問いただす。
その存在が、望むものとは。
「――争い合うことを。祝福を授かった人間同士でぶつかり合い、その中の誰かが頂点に立つことを。恐らく、それを望んでおられるのでしょう」
ブランはまるで何でもないことのように淡々とそれを語る。
「その御方は、様々な祝福をこの地上へもたらしました。しかし、その中でも『最上』の祝福とは数の限られた、特別なものとなっています。『最上』の祝福に比べれば、他の祝福などその足元にも及ばない。それ程までに強力な祝福なのです」
もちろん、あなた様の『最美』も含めて。
ブランは語る。「そして」と続けて、
「その『最上』を授けられた人間達は、争い合う運命にある。望む望まざるに関わらず、そうなる運命なのだと。私はそう考えております。何故ならば、人間とは果てなく登り詰めることを望むものであるのですから。『最上』だけではまだ足りない。そこからさらに『最上』の中の『最上』を望まずにはいられない。そう、それはまさしく――」
今の、自分のように。
「――――」
そう指摘されて、カティの中で何かがストンと腑に落ちる。
先ほどまで感じていた焦りや不安が、それで一気に吹き飛ぶ。
それどころか、目標を失ったことによる倦怠や空虚さ、未来への諦観――この話を始める以前に抱いていたそんな諸々までがどこかへ消え失せる。
まるで、霧が晴れたような心境。曇っていた視界が綺麗に開けたような。
「……その存在は、オレ達を互いに争わせることで一体何がしたいんだ? その先に何を望んでいる?」
そんな心地になりながらも、カティはまだ質問を続ける。いま少しだけ。
「そればかりは、私にも何とも。しかし、その御方もまた切に欲していることだけは確かです」
何を。とは、もう聞かずともわかっている。
だが、〝敢えて〟というようにブランはそれを口にしてくる。
「――『最上』の中の『最上』を。そこに登り詰め、まさしくこの世界の頂点に立つ、そんな存在。その誕生を、あの御方は望んでおられる。そのはずなのです」
一体、何のためにであるのか。
「そこまでは私にも量りかねますが――」
しかし、そう言った後でブランは笑顔を見せる。
いつものように穏やかな微笑みではない。
まるでこちらを見透かしているような。それどころか煽り立てるかのような。
向けてくるのは、そんな妖しい笑み。
「そのようなことなど、もはやどうでもよろしいのでしょう?」
確かに。ブランの言うとおりであった。
「――さて、私から打ち明けられることはこれで全てとなります。それらをお聞きになられた上で、この先あなた様はどうされますか? 我が主人――」
再び優雅な礼を捧げてきながら、ブランがそう問うてくる。
「このようなことをお伝えさせてはいただいたものの、私はあなた様がどのような道を選ぼうと不満を抱くことはありません。ただ粛々とあなた様に付き従い、お支えさせていただくのみでございます。たとえ、あなた様がこのままこの街で燻り続けるのだとしても――それを敢えてお望みになるのであれば、どうぞ御随意に」
そう言いながらも、ブランは確信めいた瞳を向けてくる。
カティがどう答えるかをすでに予測しているように。
だから――。
「……ブラン」
カティは小さく息を吐くと、向こうが望むままの態度を取ってやることにする。
従者として仕えるに値する。そう見定められたカティが返すのであろう答えを。
「お前ってやつは、まさしく完璧だよ。完璧で、良い従者だ。オレの焚きつけ方をよくわかっていやがる。憎たらしいくらいにな」
「勿体なきお言葉にございます」
ブランはさらに深々と礼を捧げてきた。
それを鷹揚に受け取りながら、カティは今一度仲間達をぐるりと見回す。
さっきからずっとちんぷんかんぷんな顔のまま目を白黒させて固まっているスタルカも。
会話の内容はよくわからないながらも何やら鋭敏に嫌な予感を嗅ぎつけたらしい苦い顔のクロウシも。
頭を上げて満足げな顔をしているブランも。
そんな全員の顔を確認してから、カティは口を開く。
「……さっきは情けないとこ見せちまって悪かったな。パーティーの長としてあるまじき態度だった。要らねえ心配をかけた。申し訳ない」
ぺこりと、素直に頭を下げてから。
「だが、安心してくれ。次の目標が見つかった」
顔を上げ、にんまりと笑いながらカティはそう言った。
美しい少女の顔に、何かを企むような不敵さを浮かべて。
 




