燃え尽きてしまったようです
テイサハの街にはそれなりに大きな鐘楼があった。
様々な報せを街中に届ける鐘であるため、鐘楼は他の建物よりも群を抜いて背が高い。
そんな鐘楼の鐘の前に今あるのは、二人分の人影のみ。
一人は深紅のドレスを纏った少女の姿――カティである。
それなりに厚みのある高楼の囲い部分。その上に、胡座をかいて座り込んでいる。ぼんやりと、見るともなく日中の街を見下ろしながら。危ないので小さな子供には決して真似をさせてはいけない体勢である。
もう一人は真っ黒な執事服に身を包んだ男――ブランだ。
そんなカティの傍らに、直立不動で控えている。いつ如何なる時も主人に付き従うのが従者の役目、それを忠実にこなしているのだろう。
とはいえ、こんなにも無為な時間を主従ともに過ごしている場合なのかは甚だ疑問である。
何故ならば――。
「あ~! こんなところにいた!」
そんな声と共に、何者かがこの場所へ繋がる梯子を上って姿を現した。
カティと似たような白のドレスに、白い魔術師ローブ。それに身を包んだ銀髪の少女――スタルカであった。
「オイオイ、いいのかよ、カッさん。街の英雄がこんなところで復旧作業サボってて」
スタルカに続いてもう一人、梯子から上ってきた。
異国の忍装束を纏った年若い男――クロウシが、そんな指摘を口にしながら。若干呆れた声である。
「……いンだよ、別に。街を救った英雄サマだぜ、それくらい大目に見てくれんだろ」
カティはその指摘に対して気怠げに一瞥を返す。
その後で溜息と共にそう言い放った。なんだか投げやり気味に。
クロウシの指摘したとおり、現在テイサハの街は復旧を急いでいる最中であった。
結晶鎧竜の襲撃から数日が経過している。
防衛のために残っていた冒険者達以外の住人も避難から戻ってきていた。
しかし、街は竜どもに蹂躙されたせいで惨憺たる有様と言えた。一時は陥落寸前まで追い込まれたのだから仕方ないのかもしれないが。
なので、今は全員で協力し、一日でも早く元の街に戻そうと頑張っている。その真っ只中であった。
冒険者もそうでない住人も、誰もが懸命に復旧作業に従事している。
本来であれば、カティ達もそうしなければならないはずであった。一応この街を拠点とする冒険者であるのだから。
だというのに、気がつくといつの間にやら肝心のカティの姿が見えない。
それを不審に思い、スタルカとクロウシが仲良く二人で探しに来たらしい。
「…………」
カティは仏頂面のまま、頬杖をついて思う。
確かに、自分達も復旧を手伝うべきなのだろう。納得は出来る。
別に嫌というわけでもない。この街にもそれなりの恩と愛着はある。
だから、最初の数日はパーティー全員で作業にも加わっていた。
ただ、黙々と作業をしている間、カティの心がどうにもモヤモヤしてきた。
妙な倦怠感。鬱屈とした何か。そういうものがどんどん湧いてきて、堆積していく。
そしてとうとう、嫌気がさした。
復旧作業だけではない、あらゆることに対して。
なので、今日はこうして誰もいない鐘楼に登り、何をするでもなくぼんやりし続けている。
ブランはそれをどう察知したものか、いつの間にやら勝手についてきていた。
しかし、カティはそれを追い払うでもなく従えたままにしておいた。今の状況はそういった次第であった。
鐘楼はかろうじて建物の形を留めてはいるものの、半壊状態。古竜軍団襲撃の大きな爪痕である。まだ危険ということで誰も近づく気配はない。
故に、サボるには好適な場所だった。見晴らしもいいので気分も少しは良くなるかもしれない。そう考えた。
しかし、結局カティの精神状態が特に改善することはなかった。
「――やる気が出ねえんだよなぁ~……なんか」
カティはぽつりとそうこぼした。
まさしく言葉どおり、何もする気が起きない。
何をしていても虚しい。そんな気分になってしまう。
何故ならば、ここ数日でようやく実感してしまったのだ。
これで一旦、全てが落ち着いたのだと。
それを認識してしまったことが原因なのだろうか。
「完全に燃え尽きちゃってんじゃん……」
そんなカティへ、クロウシがそうツッコんできた。
相変わらず呆れているらしい声で。
揶揄するようなその軽口であったが――。
「……! そうだ……! それだよ……!」
何気に、今のカティにとってはまさしくピンポイントな表現であったらしい。
カティは胡座をかいたままで勢いよく振り返り、仲間達の方を向く。
「〝燃え尽きちまった〟……。まさしく、そうなのかもしれねえな」
だって、無理もねえだろう。
カティは溜息と共に語り出す。仲間達へ向かって愚痴るように。
「今まで目標としてきたことを、これで全部達成しちまった。完膚なきまでにやり遂げちまった。俺を切り捨てたかつての仲間達を見返してやる。ぎゃふんと言わせてやる。そのためにアイツらを越える実績を打ち立てて、この街で一番の冒険者パーティーになってやるって……」
その復讐は、見事に果たされてしまった。そう言っていいだろう。
結晶鎧竜を倒したカティ達は今や誰もが認める街の英雄。
この街のトップに立つ冒険者パーティーである。誰もそれに文句はつけられない。
以前のトップであったかつての仲間達を完全に追い落としたということになる。
見返してやる。ぎゃふんと言わせてやる。それについても同様だった。
それどころか、相手に直接頭を下げさせて謝罪までさせたのだ。
これ以上の成果は望むべくもないし、カティ自身もそれで十分満足していた。
復讐という目的はここに完遂された。
しかし、今回のことで果たされたものとはそれだけではない。
「だってのに、オレ達はついつい行き過ぎちまった。今や街一番どころか、この国で一番の冒険者だよ。確実にな。だって、そうだろう? 曲がりなりにも古竜を正面きって相手取り、撃退しちまうような冒険者が、この世界にどれだけいるってんだよ」
いくら何でもやり過ぎた。
カティは額に手をやり、嘆息する。
「そもそも、この世界にあの古竜より強い魔物なんて存在するのか? そうだってのに、これ以上強くなってどうする。意味ねえだろ、相手になるような敵もいねえのに。冒険者としての格だってこれで頭打ちだ。国一番、どころか世界で一番でもおかしくねえ。もはや人間相手に負けられる気がしねえからな」
終わりだよ。
カティはやさぐれた態度でそう呟く。
「金に興味はねえ。地位も、これ以上ないところまで登り詰めた。強さにしても、やり過ぎちまった。これまでは〝強くなること〟がオレの全てだった。誰にも負けたくねえ、誰よりも強くなりてえ。そう願って遮二無二走ってきた。鍛えることに果てはねえから、それで案外人生は充実してた」
カティはそこでフッと自嘲の笑みを浮かべる。
「だけど、どうやら今、その〝果て〟ってやつに到達しちまったらしい。ここより先に道はねえし、あったとしても進む意味はねえ。その強さで戦う敵がいねえんだからな。それを拠り所にも出来なくなっちまったってわけだ」
カティはそこで仲間達を見回し、告げる。
「打ち止めだ、ここで。オレも、オレ達も。これ以上かっかと燃え上がる意味はねえ。そんな目標もねえからな。つまり、燃えて尽きた。言い得て妙ってわけだ」
それはまさに完全なる愚痴であった。まあまあ情けなくてみっともないと思われるような。いい大人だというのに。
とはいえ、他者が容易に否定も出来ない。本人にとっては深刻な悩みであるようだし、その内容に多少頷ける部分があるのも事実だ。
そう考えているのか、スタルカとクロウシはカティへ困り果てたような顔を向けてくるばかりだ。おろおろとした様子で。
しかし、ブランだけはどうもその二人とはまったく異なる心境であるようだった。
いつもどおりの涼しげな顔で、カティを真っ直ぐに見つめてくる。
目を細め、射抜くような視線で。
「――一つ、大きな誤解をされておられるようですね、我が主人は」
それから唐突にそう口を開いた。
それを聞いたカティは訝しげに眉をひそめる。
一体どういう意味だ。そう無言で問い返すように。
クロウシとスタルカも不思議そうな顔を向けている。
そんな全員の耳目を集めながら、ブランが言う。まるで動じずに、平然と。
「戦うべき敵であるならば、それこそ世界中にいるではありませんか。そう――」
告げてくる。誰もが――いや、誰よりもまずカティこそが目を剥き驚く、衝撃的な事実を。
「あなた様と同じく、『祝福』を授かった人間達が」
 




