助けを求めるようです
それからサークは何とか歩いて沢を下り、森を抜けて街道へ出た。
さらに街道をひたすら歩いて、どうにかテイサハの街へと戻ってきた。
幸いなことに、昨夜は街からそこまで離れていないところで逃げ出せたらしい。歩けないこともない距離だった。
とはいえ、今のこの身体で全ての行程を徒歩というのはやはり無茶が過ぎた。
出発時には柔らかい光を放っていた朝日が、這々の体で街へと帰り着いた時には赤々とした夕日になっていた。
そこら辺からかっぱいだぼろ布を頭から被って顔を隠し、適当な木の棒を支えにして歩き続けてきたサーク。
そんな薄汚い身なりの人間に、すれ違う人々は関わろうとはしてこなかった。
だが、それで良かった。
この顔を晒したまま歩いてきた方がよっぽど面倒なことになったはずだ。
あるいはその方が途中で誰かに助けてもらえたのかもしれないが、今は正直誰の助けも借りたくなかった。他人は信用出来ない。
サークは昨夜の一件以来すっかり人間不信気味であった。
しかし、そうは言ってもこの先ずっと一人だけではどうしようもない。特に、こんな身体では。
だから、やはり助けてもらわなければならない。
なるべく信用に値する人間から。
幸い、そのあてはあった。だからこそ、この街へ戻ってきたのだ。
そいつの家の前まで、サークはようやく辿り着いた。
テイサハの街の中、住居がひしめき合うように雑多に建ち並ぶ一角。
その中の、とある何の変哲もない民家の扉をサークは乱暴に叩く。
必死で、祈るように叩き続ける。
「――わかった、わかった! 今開けるよ! ……ったく、誰だよ、こんな時間に……」
すると、そんなぼやきと共に扉が開かれて、中から一人の男が現れた。
ボサボサの長髪に、適当に伸ばしっぱなしの髭。
丸眼鏡をかけた顔は壮年のそれ。
それに、来客の対応をするにはちょっとどうかと思われるようなだらしのない格好。適当に白衣さえ上から引っかけておけばその下は何でもいいと思っているらしい。
一見するとあまりまともそうではない、少々風変わりな人物。
「よかった……! いてくれたか、シュリヒテ! 頼む、助けてくれ!」
そんな男に向けてほっとした声でそう呼びかけながら、サークはぼろ布を脱いで顔を晒した。
だが、シュリヒテと呼ばれた男の方は無言のまま、目を細めてサークを見下ろしてくる。
その男の胸の辺りまでしかない背丈の少女に、胡乱げな眼差しを向けてきながらそいつはこう告げる。
「あー……可愛いお嬢さん。君が誰だか知らないが、助けて欲しいならここから真っ直ぐに通りを行って右に曲がったところに警吏の詰め所がある。そこへ行くといい。道が聞きたいのだとしてもそっちの方が親切だろうし……」
「ちげーよ! 道が聞きたいわけじゃねえ! お前に用があるんだ、〝錬金術師〟!!」
サークがそう叫ぶと、シュリヒテは途端にその目つきを鋭いものへと変えた。
「――誰に聞いた? 俺には君みたいな知り合いはいないし、今から知り合いになるつもりもないが……」
「バカ野郎!! オレだよ、シュリヒテ!! サークだ!!」
顔を真っ赤にして、怒号のようにサークがそう叫ぶ。
すると、シュリヒテは先ほど以上にその顔を怪訝そうなそれにしかめた。
目の前の人間が何を言っているのかまるで理解できない。
そんな顔をたっぷり数秒した後で、シュリヒテはようやく口を開いた。
「はあぁぁ~~……!?」
合点がいったのか、いってないのか。信じたのか、信じられないのか。
それとも理解を超えてしまったのか。
とりあえずはそんな、驚きのあまり言葉の体をなしていない間抜けな声だけがシュリヒテからは返ってきた。
☆★
シュリヒテという人物は、一言で言えば変わった男……というよりもがっつり〝変人〟の域だった。
自称、『錬金術師』。
だが、ただの怪しげな自称であって正式の職業ではない。
故に、その実態は謎に包まれている。
本人も多くを語ったり、人と積極的に交流するタイプではない。
むしろかなり偏屈な人間であり、いつも自分の〝工房〟に籠もっては怪しげな研究や実験にのめり込んでいた。
たまに、そんな実験の副産物とされる自作の魔道具や魔術スクロールを道具屋に卸して、それで主な生計を立てているようだった。
そんな生活であるから人付き合いも薄い。まさしく孤高の変人であった。
だが、それでもシュリヒテの作る道具類やスクロールは恐ろしく高性能だった。珍しい機能が付与されているものも多い。
変人とは思われつつも、同時にシュリヒテは一目置かれてもいた。主に、その魔道具やスクロールを使用する冒険者達から。
それに、積極的に人付き合いをする人間ではないものの、他者とのコミュニケーションの一切を嫌う世捨て人というわけでもなかった。
数は少ないながらも、シュリヒテにも住処であるこのテイサハの街に友人と呼べる人間はいた。
その中の一人がサークであった。
片や引きこもり気味で研究に没頭する怪しげな学者。
片や脳味噌まで筋肉で出来ている肉体派の戦士。
まるで水と油のように思える二人だが、何故か不思議とウマが合った。
珍しく工房から出てきたシュリヒテとサークが酒を酌み交わしている様子も何度か目撃されている。
そもそも、出会いの発端自体が〝酒場でたまたま隣り合った時に意気投合したから〟でもあった。
両者共に無類の酒好き。知性のレベルはまったく噛み合わないものの、酒を大いに飲みながらくだらないことを好んで話し合っていた。
それに、プライベート以外でも互いに持ちつ持たれつの関係であった。
怪しげながらも有能な学者かつ道具作成者と、腕の立つ冒険者として、色々な面で。
そんな二人が今、シュリヒテの工房の中で向かい合って座っている。
これまでも二人でよくそうしていたように。
ただし、片方はあまりにも変わり果てた姿となって、であるが。
 




