表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【第二回】SSコン 〜段ボール〜

【SSコン:段ボール】 遠い遠い夏

作者: うんちょっちょぶりぶり

五月十九日

 大学生活は一ヶ月経ったが相変わらず退屈である。親に頼み込んで東京では中の上ほどの大学には行けたものの、特に気の合う人もおらず毎日惰性で飲んでばかりいる。初めて酒を飲んだのは新歓。酒もタバコも無縁の真面目でごく平凡な高校生活を送ってきたが、周りがやけにこなれてるものだったので大学デビューしたい一心でまずい黄色く濁った炭酸をがぶ飲みした。それでもなお大学生活の出だしはなかなか順調である。


五月二十三日

 仕送りは足りているため必要ないかと思われたが少しでも変化をとバイトの面接を申し込んだ。いつも遊んでいる友人と応募しようかと思ったが、皆もうすでにバイトをしていると断られてしまった。居酒屋のホールなので夜は大変だろうが、刺激にはなるだろう。


五月三十日

 思い切って面接を受けて良かった。店長は優しそうなおじさんだったし、スタッフ同士の雰囲気も良さそうであったため働くのが楽しみである。それに当たってあのくだらないサークルは抜けようと思う。一つはテニスをやるというから入ったのに全くテニスをせずに飲んでばかりいる落伍者の集まりで、もう一つは胡散臭い先輩から招待されたUMA研究会というなんとも意義のないサークルである。次はもう少し中身のあるサークルを探そう。

 

五月三十一日

 同じキャンパスに従兄がいる事が発覚した。母が知らせてくれたのだがなんとも偶然なことである。幼い頃は実家の方まで来てくれてよく遊んでたが最近はすっかり疎遠になっていたため、再開できてとても嬉しく思う。会いに行ってみると見た目は特に変わっていなかったがタバコを吸い始めていた。

 だが最近少し変化の兆しが表れてきたように感じる。受験の時と比べればしごく健在だ。一人自由に暮らせるというのは、心の健康に良いのだろう。これからの大学生活を想うとこの雨ですら清涼剤のように感じられるのだ。


六月五日

 新しいサークルを探していたところ、従兄からワンダーフォーゲルに来ないかと勧誘を受けた。高校時代はアウトドア部にいたため自然は好きな方であるし、これも変化の一環として次回の集まりに参加してみる事にする。やはり大学生活の出だしは順調だろう。


六月九日

 例のサークルの集まりに行ってみたが、なかなかに良さそうであった。今年の新入生は五人ほどだったらしいのでおそらくは他と比べて規模は小さいと思われた。男女比は三対一ほど、従兄もいるし先輩も優しそうだ。そして何より重要なのは新入生の中にひときわ目立つ可愛い子がいたのだ! 彼女は声もカナリアのように可愛らしく、彼女の自己紹介の時は男全員が食い入るように聞いてたのを今でもハッキリと記憶している。ぼくは女を血眼で追いかけ回すような男ではないと自負していたが、後で皆にその話をしたところどうやらぼくも他人のことを笑えないらしい。一通り自己紹介が終わった後必要な用品や、活躍内容などの説明を受けたが全く頭に入って来なかった。気の置けない友人ができるかどうかはともかく、サークルはひとまず決まりそうだ。雨が続いているが、それでもなお晴れているのだ。


六月十一日

 良いニュースと悪いニュースがある。なんと新しく入ったバイト先に例の彼女がいたのだ! 可愛い子を前にした男というのは原核生物よりも単純なもので、今日はずっと彼女のことを考えていた。悪いニュースの方は単純で、昨日従兄と例の彼女について電話をしていた。聞くところによるとどうやらぼくの従兄も彼女を狙っているらしいのである。居場所をくれた人とは言え恋敵である従兄とどう差をつけるのか。接点を増やす、つまりシフトを彼女と被らせるのが正解なのだろうか。いやそれはあからさますぎて気持ち悪いだろうか。単純とは言え、相手に恋人ができてしまったらそれを諦めるくらいの知能はあるのだ。今日は少し多めに酒を飲んで寝ることにする。


六月十八日

 サークルの友人たちはぼくより理性的であり、もう彼女の事はあまり気にしてない様子だった。誰のものでもないとは言え、それを鑑賞する権利くらいはあるだろう。バイト中、彼女が僕に微笑むと世界は眩しくなり、手が触れると王にでもなったような気がするのだ。食欲が落ちた気がした。


六月二十三日

 従兄と他数人(もちろん彼女も誘った)で登山用品を買いに行った。中古でも結構な値段がするため、リュックサックや防寒着など基本的な物だけを買った。残りはバイト代で賄えるだろうか。従兄はぼくに、何か買ってやると言っていたが丁重に断った。


六月二十五日

 バイト終わりに彼女から段ボールの箱を貰った。従兄からぼくへとの事だが、彼女から何かを貰えたという事実がとても嬉しかったのである。少しでも彼女と話していないと、知らないどこかへ行ってしまうのではないかと心配で仕方がない。


七月十五日

 箱は結局開けていない。これを開けたら彼女からの貰い物ではなく従兄からの貰い物になってしまうからだ。

従兄を好きになる努力をしてみようか。彼には確かに尊敬すべき部分がたくさんあるのだ。


七月十九日

 従兄から例の箱の中身の件について聞かれた。聞きたくもないし気分が悪くなったので無視して今日は家に帰ることにした。いよいよ夏だ。こう暑い日には幼い頃炎天下で彼とアイスを分け合った事を思い出す。


七月二十日

 授業中、友人から、健康の方は大丈夫かと聞かれた。何も言わずにおくべきだとも思ったが、他人から言われるという事はそれなりに酷く見えるのだろう。「実を言うと、あまり良くないんだ」

 彼女が触れたと思うとただの段ボール箱がとても愛おしく感じ、手を重ねた後これを書いた。


七月二十七日

 サークルでロープワークの練習をする予定だったのだが、家にロープがどこにも無かったので持っていかなかった。それを従兄に伝えると不思議な、少し不満な様子であった。従兄が彼女と話しているところを見るたびに、ぼくは例の箱を思い出し、そして気持ちが収まるのだった。

依然として箱は熱いままだ。


~中略~


八月二十一日

 少し遅れたがお盆、実家に帰った。ぼくを一目見ると、母は体調はどうか、金に困っているのかと。いろいろと聞いてきたが、結局「病気だ」と答えた。事実夕飯が終わると全てを吐き出してしまった。それに、未だにあの箱に彼女の温もりを感じることができるのだから、おそらく病気なのだろう。

 実家には兄夫婦と甥も来ていた。舌足らずながら必死で何かを訴えかけようとする姿がとても可愛かったので遊んでやったあと少し小遣いをやった。


九月一日

 母からお土産を受け取り、従兄の家に向かった。彼の部屋に入るのは二回目だが、前と比べてどことなく小奇麗でいい匂いがする。残暑が厳しく、汗をかいたのでシャワーを借りることにした。

風呂場に入った途端、ぼくは彼女が誰のものなのか気づいた。


 酒を少し飲み、母に電話した後箱を開けた。箱の送り主は何度確認しても従兄からのものだった。

中にはロープとカラビナが入っていた。最期まで彼を好きになれなかった事を許して欲しい。


九月十五日

 従弟がしばらく大学に来ていない。少し前から彼の私への態度は違和感があるがどうしたのだろうか。

 彼と無邪気にカブトムシを奪い合った夏を思い出す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ