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TAKE3   作者: 芙山 凪須
第1章 獣の苗
3/3

1-2  【退治屋 "妹殺し" 】


 

()かれそうになったら、逃げる! こんなの、初歩中の初歩だろうがっ!」


 開口一番、ラアユを怒鳴りつけたのは、そう歳もかわらなそうな、少年だった。

 見た目こそ、浮世離れしていたけれど。口調こそ、少年というより、“オヤジ”臭いけれど。黒毛まじりの銀髪を一つにまとめ、左目にはボロ臭い布切れが巻かれていた。まだまだ大きすぎる群青のちゃんちゃんこに、着せられている感が否めない。そして右手には、丁度いい長さの鉄の棍棒。彼がその手で、ラアユをさらったのだ。いや、助けたのだ。


「つ、疲れ……る?」


 屋根の上、いまだ状況すら飲み込めていないラアユは首を傾げた。本当、目が覚めてからは一度も腑に落ちていない気がする。少年は、アホでも見るような目で、彼女を見下ろした。


()かれる、っだ! 知らねぇってのかこのアホんだらはっ!」


 ヤンキーかな。

 飛ばされた怒号に目を丸くして、彼女はぱたぱたと埃を払った。悲しいかな。口を開けたままのラアユは、なにも言えないままである。ただ、この少年がたいそう怒りっぽいんだと、そんなことしか把握できない。


「ええっと……助けてくれてありがとう。あの、名前って聞いたほうが良い?」


「俺に聞くんじゃねえよ。つーか、名乗るときはてめえから、だろうが」


「そだね。ウチの名前は苗浬(ナワリ)ラアユ。記憶も無い、お金も無い、家も無い、名前も多分仮名でさ。何にも無いのが取り柄のラーユちゃんだよ! よろしくねっ」


「てめ、脳みそまるごと置いてきたんじゃねえのか?」


「うっさいなぁ。次はアンタが名乗る番でしょう?」


「──“妹殺し”」

 

 彼は、急に低い声でそう放った。

 まるで、悪魔のように口元から引き裂けるような笑みを浮かべて。


「退治屋“妹殺し”と。そう呼ばれてる」


「え。は? い、もうと、を……殺したの」


 殺人、殺人鬼、殺し。そんなもの、知らない。

 突如、現実からはかけ離れたようなその世界に首筋が冷えたのが分かった。

 ラアユは今更ながら、取り返しの付かない世界に来てしまったんだと、実感した。   

 妹を、殺した。それが本当なら、目の前に居るこの少年が、肉親を殺したことになる。


 殺した、肉親を。

 自称だから信憑性には欠けるが、ここが()()()()()だとしたら有り得ることなのだ。

 震える彼女の問いに、少年はまたにやりと笑った。


「どうだかなあ。それより、おい無一文」


 パワーワードを“それより”で片付けてしまった彼に、ラアユは唇を尖らせ、


「ウチには名前があるんですがー」


「じゃあ、ラー油、今すぐに働け」


「は?」


 とりあえず、“ラー油”は聞き間違い……もとい表記間違いということにしておこう。彼女は、カッと目を見開き、


「この私に働けって言うの!?」


「あのなあ! 金が無えと話になんねえんだよ! とにかく働いて金を作りやがれ。そして、まずは格安退治プラン、初回料金につき1500円を頂く」


「え、ちょっ、不当な代金請求反対! っていうかお金の単位は一緒なのね良かった!」


「何言ってんだお前」


「それに初回は無料が普通でしょうがっ。あと退治……って、アンタがさっき弾いた猫ちゃんのこと? ね、説明してよ」


 情報量が多すぎて、ラアユのちんけな脳では処理が一向に追いつかなかった。目の前の少年が、まるで異国語をペラペラと喋っているような感覚だ。 

 これは否めない状況だ。

 迂闊に頷けば、また不当な料金請求を受ける可能性大である。屋根の上の口争は続く。両者一向に引けを取らずに。


「憑く。憑き物。化物憑き。獣憑き。この世界に入り込んできた、異物。さっきの猫も、その化物憑きの一種。俺はそれらを退治するものだ」


「え、あの猫ちゃん、化物だったの!?」


「一目瞭然……ってか、てめぇ襲われてただろうがっ」


「確かに変な感じはしたけども!」


「はんっ。まあ、んなこたぁどうでも良いんだ。金さえ払ってくれればなっ!」


「慈善活動でしょ、それは。ウチは退治を頼んだ覚えもないし、身に覚えの無い代金は払わない!」


「だああっ! 話の分かんねえ女だなっ。あ、そうだ。これ以上の説明は料金を請求する。一語句の紹介につき300円払え」


「……払わないというか払えないんだけど」


「働け」


「はたらけ、払え、しか言えないのかアンタは!!」


「それ以外の言語は追加料金支払いで話す」


「ちっ」


 盛大な舌打ちと共に、ラアユは辺りを見回した。色とりどりの、変形した屋根が並ぶ町。雨樋もそれに沿って張り巡らされており、なんとかすれば少年の力を借りずとも、屋根を降りることは可能であろう。


 問題はそこでは無い。

 彼の話していた、化物憑き。


 歩けば化物に当たる。

 いや、憑かれる。

 ここはそんな世界なのだ。


 無防備で。無謀で。頼るアテもない。苗浬ラーユには、今、持てる限りの力なんて何も無い。きっと異世界に来たからって、何か特別な力がつくわけではないのだ。それは一部の特別な人間が、目的をもって、希望を待ち望んだ者だけに降り注ぐ恩恵なのだ。

 そんなものが、不安定な存在であるラアユに注がれる筈もなく。助けを求められる程の人脈など無く。そんなひどい現実に打ちひしがれる少女、は。そんなものは。


 ──ここには居なかった。


「ま、いっか。困ったら君を呼べば取り敢えず助けてくれるんだよね! イモートゴロシくん」


「は? ……ってめえには危機感ってもんが一つも無えってのかっ! 記憶も何も、無いくせに!」


「んー、記憶無くなって逆にスッキリしたっていうか。ま、ウチの第2の人生はここから始まるんだなーって」


「無駄に順応性の高い野郎だな、こいつ。まあ、その力を活かしてセカンドライフを楽しめよ、油」


「え、ねえちょっ! ウチのこと見捨てるの!?」


 彼女の叫びも躱して、彼は青いちゃんちゃんこを翻し、易々電柱に飛び移った。きらきらと日に輝く銀髪に、ラアユは絶えず、


「ふざけんなーっ! せめてタダで泊めてくれる宿紹介してから去れーっ! このやろーっ」


 と叫んだ。


「タダ宿なんて俺が知りてえよっ! つーか、次会ったときにはちゃんと払えよ、占めて計2100円」


 べーっと舌を出した“妹殺し”に、ラアユも唾を吐いた。実は、初めて会った彼に色々この世界を案内してもらうのが目的だったのだが。


「失敗かあ……」


 電柱から地上に降りていく少年を下目に、ラアユが肩を落とした。その時。


「──妹殺しが現れたぞっ!」


 ともなく、中年男性の声が響いて。


「追い出せぇ───っ! 早く、そいつを」


「この町から、追い出せえぇっ!」

 

「出ていけ! 人でなし!」


「来ないで、“妹殺し”! この町から早く、出てってよぉっ!」



 飛び交う罵詈雑言は明らかに、あの少年に向けられたもので。暴言の雨と共に、卵や子供の積み木などが彼に四方八方から降り注いだ。


 野太い男の声がして。

 か弱く怯える女の声がして。

 泣きわめく子供の声がして。

 悲劇めいた老婆の嘆く声がして。


 その瞬間だけ誰もが、町に住む何もかもが。彼を拒絶し、嫌っていた。


 憎まれ、恐れられ、避難されても尚。

 少年は反撃に出ることはしなかった。手にしかりと握られた棍棒が、振るわれるようなことは無かった。彼はただ、いくらか呆然としたように空を見上げて。

 何も無かった。何も起きていなかったように、歩き出したのだ。異様の一言に尽きる光景。

 ラアユはそれを、安全な屋根の上から見つめ続けていたのだった。苛まれ、ゆったりと歩む“妹殺し”を、ただ見ていたのだった。


「──あなた、ハグレメ君に物、投げないのね」


 と、罵倒以外の言葉がラアユの耳に入ったのは、それからすぐのことだった。



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