3・破綻
――あの少年と公園へ向かう道中のことだった。
「あの……」
隣を歩く彼が、相変わらずしどろもどろに声をかける。
授業も四時間目で終わったので、明るい太陽がまだ真上にあるというのに、この少年の口調はいつだって曇り空だ。
「何?」
が、父の時とは違い、あまり腹は立たなかった。
自分から話しかけることすら少ない彼が、話しかけてきたのだ。
少しは前向きになった表れかと感じた。
「……やっぱり、僕って、その…………男らしく…………ない…………かな?」
最後の方は、すぐ隣にいたからこそかろうじて聞こえるぐらいの小声で言った。
「うん。ないね」
そういうことに気を遣うのは嫌いなので、私ははっきり言い切った。
「そっか……やっぱり…………」
案の定、結構堪えたのか、暗い表情をさらに暗くさせて俯いた。
しかし、このまましばらくその状態が続くのかと思ったが、
「じゃあ……どうすれば、男らしくなれる?」
どうしたのだろうか、学校から帰った途端、やたら前向きになった気がする。
「女の私にそれを訊くの?」
それでも、肝心なところが抜けている。
きっと女心が分からないタイプになるな。
「あ……いや、そうじゃなくてっ! その、男の子らしいとか、女の子らしくないとか思ってそう言ってるわけじゃなくて! えと……たまにものすごく怖かったりしてころされるんじゃないかって思ったことがないわけじゃないけど、それでも……あ……ごめん」
「―――謝ってるのか喧嘩売ってんのか殴られたいのか死にたいのか、果たしてどれかな?」
「わあっ! ちがうちがう! どれでもないよ!」
「じゃあ謝ってもいないわけね? やっぱ死んでみる?」
「わあっ! ごめんなさいごめんなさい! ころさないでください!」
……さすがの私もちょっと傷つくんだけど。
「冗談をそこまで本気にとるな! あんたの中で私はどういう存在なわけ!? 殺し屋かなんかだと思ってないでしょうねえ!?」
「そ、そんなことないよ……し…………ちゃんは、その……か…………い……女の子だよ」
顔を真っ赤にして、最後は消え入りそうな声だった。
一部は聞き取れなかったが、何を言われたかは分かった。
さっきと言ってる事違うんだけど……
「ああ、まあ、ありがと」
それなりに嬉しくはあったので、一応礼。
「それより、男らしく見える方法だったよね?」
このままではいつまでも話が進まないので強引に戻す。
「あ……う、うん。どうすればいいかな?」
さっきの台詞がよっぽど恥ずかしかったのか、まだ顔を赤らめている。
「悪いけど、まず無理」
「ええっ!? な、なんで?」
「一度身についた考え方なんてそう簡単に変えられるものじゃないから」
私自身のことでそれは体現していると言っていいだろう。
「で、でも……僕はどうしても変わりたいんだ!」
「――学校で何かあった?」
まさにその考え方が今朝と違っていることに驚いて訊いてみると、どうやらそれは正しかったようだ。
「……うん。おひるやすみの時間に、「お前は女たちとめし食ってろ」って言われて、どういう意味かわからなくて。でも……その女の子たちにきいてみたら、その、そういうことだったみたいで」
――なるほど、苛められる原因が自分でも分かってきたのだ。
それによって、その原因さえ直せば苛められなくなるし、私のような強攻手段に出て相手の神経を逆撫ですることもないとふんだわけだ。
まあ、苛めというのはそんな簡単に収まるものじゃないんだけど……
「それに……」
「――それに?」
まだ理由があるのか、彼はふと握り拳を作った手を見つめながら言った。
「……大切なことができたから」
―――? 今一つよくわからなかったが、どうやら相当の出来事があったのだろう。
とにかく前向きになれただけでも良いことだし、私はとりあえず言っておいた。
「でも、だからと言ってすぐ男らしくなれるもんじゃないよ。だから、その気持ちを大切にして持ち続ければいいんじゃない? それ自体が、難しいはずの、考え方を変えていることなんだから」
「え…………そう…………かな」
「そう、そんなに焦らなくてもいいし、焦って変えようとしても無理だから。まあ、あとは細かいこと言うなら、俯いたり目を逸らしたりを止めるとかね」
「僕、そんなことしてた?」
「うん。思いっきりしてた」
どうやら自覚がなかったらしい。
「が、がんばるよ……」
顔を上げて、まっすぐと私の目を見…………ずに言った。
その様子に苦笑しながら、
「ね、簡単に変えられないでしょ? だからまあ気長に頑張れば?」
「うん。僕、がんばるからっ」
精一杯強がった顔で、凄い勢いで首を頷かせた。
そんな話をしながら歩いていると、公園に着いた。
その公園は、田舎エリアの住宅街の一角にあるのだが、予想通り人はいなかった。
平日の昼間の時間なので、この辺りは住宅街すら人はあまりいない。
生活が厳しく、夫婦共働きの家庭ばかりなので、仕事に出て家を空けている所が多いのだ。
子供がいる場合は保育所にでも預けて、とにかく生きていくために必死で働く。
……それが、この地域のやり方だ。
そんな場所の公園も、都会エリアの公園と比べたら、やはり貧相な作りだった。
広さも一般家庭のリビング二つ分ぐらいと、非常に小さい。
何より公園なのに、遊具がすべり台とブランコしかないのだ。
後はすべり台の正面にベンチが一つあるだけだった。
私はそのベンチに腰を下ろし、少年もその隣に座らせた。
「それで……ここで何するの?」
少年がもっともなことを訊く。
私は公園の遊具で遊ぶのはあまり好きではない。
そのことは彼もよく知っているはずなので訊いてきたのだ。
運動して遊ぶなら球技が好きなのだが、あいにく野球ボールやサッカーボールも持ってきていないので、それもできない。
「ただ、ゆっくりしたかったの」
「……ゆっくり?」
「そう、こっちってこの時間静かだから、考え事するのにはうってつけでしょ?」
事実、家や学校のことで少し追い詰められていたのか、私は誰もいないところに行きたかった。
ただ、一人で行こうとしていたが、それも少し寂しい気がして彼を誘ったのだ。
「ごめん、アンタはこんなとこ嫌だよね。それも、このまま何もせずに座ってるだけなんて――」
「う、ううん! そんなことないよ。僕も、どうすれば男らしくなれるかを考えられるし……」
こいつからしたらそれは嘘だろうが、今日ばかりはそれでも嬉しかった。
「……ありがと」
短くそう言って、私は物思いに耽っていった。
――このままじゃいけないことは自分でも分かっている。
でも、理屈で分かっていても、感情がそれを否定する。
この状況をどうにかすることを。
何で私があいつらのためにそこまでしなければならないのかと。
何で私の方が歩み寄らなければならないのかと。
……特に父に対しては、ますますそれを思わずにいられない。
――私より四倍ほど長く生きてるくせに。
会社では結構な立場の人間のくせに。
非常に真面目で正義感溢れるような人なのに。
何故か私に対してだけは卑屈になって、避けて、その為にわざと、あんな―――……
――そんな父に、何故歩み寄らないといけないのか。
歩み寄るとしても、普通は大人であるあちらから来るべきだろう。
しかも、元々ここまで関係が悪化したのも、父が先に私を避けるからだ。
―――だめ……そんなことを考えちゃいけない。
このままじゃ現状打開どころではなくなってしまうので、何とか黒い感情を振り払って、私は再びその方法を考える。
でも、どうすればいい? 今更私が話しかけるの? 何を? どんなことを?
……だめだ。やっぱり無理だよ。一度染み付いてしまったことは変えられない。
さっき少年に言った通り、考え方は、簡単には変えられないのだ。
「――あの…………」
「――え?」
いつの間にか、ベンチから立ち上がっていた彼が、心配そうに見ていた。
そして、顔を真っ赤にしながら、
「その……もし、僕でよかったら……相談に…………乗るから」
「――へ?」
あまりに意外な言葉を聞かされて、私は思わず間抜けな声を出してしまう。
「その……えっと…………僕なんかに相談しても、どうにもならないかもしれないけど、一緒に……かんがえることは……できるから…………っ」
「…………」
「だから……その……もしよかったら、いつでも相談に乗るから! それじゃ、今日は僕先に帰るからっ!」
そう言って、脱兎の如く走り去っていった。
私の為に、口下手なのに必死に喋っていた。
しかも「相談してくれ」だなんてことを、あいつが言うなんて。
実は別人なんじゃないかと思うほど、今日の彼は何だか違っていた。
「……ありがとう」
聞こえるはずはないが、小さくなっていく少年の背中に向かってポツリと呟いた。
ふと気がつくと、もう三時という時間だった。
今日は母との勉強会の時間をズラしてここに来たから、そろそろ家に帰らないといけない。
しかし、立ち上がりかけた私の視界に、いつのまにか三つの人影が映っていた。
私が物思いに耽っている間にやってきたのだろうか。
すべり台の隣にあるブランコに乗っている幼い少女、その両脇にいるのは、おそらくその両親だろう。
父親と思しき若い男性が、ブランコに乗る少女の背を押していた。
母親らしき綺麗な女性も、「危ないから立っちゃだめよ」と声をかけていた。
そして少女はというと、本当に幸せそうな笑みを浮かべてブランコに乗り続けている。
その光景を見ていると、私も何だか微笑ましくなって、しばらく見物してしまう。
同時に、あんな光景は、私の一家では絶対に無理だということも思い、羨望を覚えた。
母と二人なら可能だが、父がその中に加わるだけで、楽しい空気がぶち壊しになるに違いない。
――あの娘みたいに、無邪気に笑えたらいいのに。
昔の私ならそれはできたのだろうが、今は絶対に出来ない。
知ることは良い事だと思って疑わなかった私だが、昔のようになれないという意味では、損な事かも知れない。
サンタクロースの正体をいち早く知ってがっかりしてしまうようなものだろうか。
そう思うと、初めて勉強したことを後悔したが、もう遅い。
すでに私はそういう人間になってしまったのだから。
そんな私があまりにまじまじと見つめ続けていたからか、あの少女がこちらを見て、手を振ってきた。
「いっしょにあそぶ〜!?」
ベンチにいる私に聞こえるように大声で声をかけてきた。
私は微笑みながら首を横に振る。
すると、少女は何を思ったか、ベンチの前までやってきて、
「あそぼうよ〜」
純粋そのものといった表情で誘ってきた。
よく見たら、少女が着ている服は、白い、無地のワンピースのみだった。
この寒いのに随分と元気なことだが、そういうことも幼さの象徴なのかもしれない。
コート姿の自分とは決定的に違う気がした。
「どうかしたのお?」
私は苦笑した。
幼い娘というのは、初対面の人間にも簡単に話しかけられるものなのだ。
しかし、最近は物騒だから、相手が女の子でも知らない人間に簡単に話しかけないほうがいいと思うのだが……
そんな目でこの娘の両親に視線を移すが、二人は自分たちの世界に入ってしまっているのか、何かを話し合っていてこちらを見向きもしない。
私と違って仲が良い家族なのだろうが、そういうところで娘を放っておくのはいかがなものかと思うのだけど。
「どこかいたいの?」
私が答えなかったからか、少し深刻な表情で心配そうに訊いてくる。
――なんで初対面の娘にそこまで心配されてるんだろう。
「いや、大丈夫。ちょっと、羨ましいなと思って見てただけ」
「なにが〜?」
しかも、何で私は正直に答えてしまっているのだろう。
言っては悪いけど、この少女に私の悩みが解決できるわけないのに。
「私の家はね、あなたのところみたいに、家族が仲良しじゃないの。だから、家族と仲良くなれるあなたが羨ましいって思ったの」
こんな身の上話を少女にしてどうなるものでもないのに。
でも、もう二度と会わないだろうし、誰かに聞いてもらいたかった、という理由から話してしまったのかもしれない。
もしあの少年が立ち去らなかったら、きっとその場で相談していたに違いない。
全く、相変わらず肝心なところが抜けている。
「そうなんだ〜。わたしはおとうさんもおかあさんもだいすきなの。だからおとうさんもおかあさんもわたしがだいすきなの」
――いや、誰もそんなことは訊いてないんだけど。
でも、少女にとってその話は重要だったらしく、
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんのおとうさんとおかあさんのこと、すき?」
どうやら、この幼い少女も、彼女なりの考えからアドバイスをしてくれるらしい。
しかし、その問いに答えるには、私の心はまだ整理がついていないので、即答はできなかった。
「……うん。多分」
それでも、この答えは決して、間違ってはいない……はずだ。
「だったら簡単だよう。言えばいいんだよ」
「何を?」
「“すき”って」
私も人のことは決して言えないのだが、最近の幼女は本当にませている。
いや、親に対してだからちょっと違うのか?
「でも、もし相手が私を好きじゃなかったら? 恋愛においてもそうなんだけど、相手が必ずしも自分の事を好きでいてくれるわけじゃないから、言うことによってもっと仲が悪くなることもあるんだよ?」
少女にも分かるように、少し言葉を選びながら説明する。
それでも彼女はよく分からなかったのか、少し首をひねりながら言った。
「むずかしいことはわからないけど、こわがってたって何も変わらないでしょ? それでそのまま何も言えずに、おたがいを無視しあってずっとそのままになんてなったら、もっとだめでしょお?」
「――――っ!」
心臓を鷲掴みにされたように、私はしばらく身動きできなかった。
「……お互いのことが好きなのに、言いたいことがあるのに、無視し合うなんて悲しいよ」
まるで、こちらの事情など全てお見通しのように、的を射たことを言ってきた。
「なんて、マンガでよんだだけなんだけどね。あはは〜」
そうは言われても、私は身体が硬直するのを止められない。
少し、私が恐れられる理由が分かった気がした。
多分、この娘も潜在的に頭が良いのだ。
そしてそんな幼女が、まるで自分の心を読まれているかのようなことを言えば、誰もが恐怖を感じずにはいられないだろう。
父も、クラスメイトも、きっと今の私のような心境だったに違いない。
「それに、れんあいのたにんならともかく、家族なんだから。お姉ちゃんをきらってるわけないよ」
「……そうだね」
少女の言動に気圧されながらも、私はその通りだと頷く。
恋愛対象の場合は、もちろん赤の他人なのだから、「好き」と言って振られることも多いが、相手は……家族なのだ。
多分、望まれて生まれてきた私が、嫌われているわけがない。
それに、今のような関係になる前は、優しい父だったじゃないか。
そう、いつの話だったか忘れてしまったけれど、私が泣いてた時、抱きしめてくれたじゃないか。
「だから、だいじょうぶだよ。言えば、お姉ちゃんもきっとわらってられるよ」
「そう、だよね。本当、そうなんだよね……」
(おそらく)頭が良いとはいえ、こんな幼い娘に教えられるなんて、私もまだまだということらしい(まあ自分も幼いんだけど)。
「それにお姉ちゃんにはさっきのお兄ちゃんもいるしねっ」
……悪戯っこのような、変な笑い方で言った。
どうやらさっきの少年とのやり取りを見聞きしていたらしい。
「かっこいい人だったね。仲がよくても女の子にふつうあそこまで言えないよ。いいなあ、あんな人がいて」
「あ、あはは……」
果たしてどう答えたものやら、私は困る。
「と、とにかくありがとう! 小さなアドバイザーさん。私、話してみる。あの人と」
強引に話を戻すことにした。
「うん! それがいいよ。おとうさんと、きっと仲直りしてね」
「―――うん。って――――え!?」
「それじゃまたあえるといいねお姉ちゃん。ばいばい」
「あ―――うん……さよなら」
両親のところへ戻る少女を見送りながら、私は身体が震えるのを抑えられなかった。
……やはり彼女は、私と同類だ。
*
「――ちょっと待ちなさい」
家に帰宅するなり、自分の部屋に入ろうと二階に上がりかけた私を、母が呼び止めた。
結局帰宅が夕方になってしまったので、今日の勉強会が夜になったことを非難されるのかと思ったが、そうではなかった。
「このままでいいの?」
「何が?」とは訊き返さない。
何のことかは明白だ。
「良くないよ」
それについての答えを先程出したばかりなので、私は即答する。
私の返答に、母は驚いた様子を見せた。
実は、これはかなり珍しい。
こんなに驚いた母を見るのは、私が誉められようとしていきすぎたことを言った時以来だ。
ずっと私と父との関係をなんとかしようとしていた母にとってみれば、今の私の台詞は大層意外だったのだろう。
「いいのね?」
「――うん」
「じゃあ、行きなさい」
「……いるの?」
「ええ。今日は二時で終わったみたい」
「分かった。行ってくるね」
傍から見たら、何のことだか分からなかっただろう。
でも、私たちには分かる。
ずっと抱えていた問題のことだから。
私は二階に上がり、自分の部屋より奥に向かう。
そこには父の作業用の部屋がある。
「……」
緊張して、ノックを躊躇ってしまう。
まるで面接試験の部屋に入る直前みたいに、手足が震えてしまう。
昨日、父が私の部屋の前で立ち往生していたのも、きっと同じ理由だったに違いない。
父と私、およそ三年間続いた、お互いの溝はそう簡単に埋まるものではない。
でも、だからこそ、何とかしないといけないのだ……!
私は覚悟を決めてノックをする。
――コンコン!
予想外に大きな音が立って、心臓が止まるかと思った。
「ああ。なんだ〜?」
だが、そのおかげでちゃんと父にも聞こえたようだ。
口調からすると、母がノックしたと思っているに違いない。
それも当たり前だ。
不仲になってしまった三年前から、私がこんなことをするなんて一度もなかったから。
私は遠慮がちに扉を開ける。
中にいる父と、目が合った。
「――――――な……っ!」
予想通りというかなんというか、いや、私の予想以上に驚いていた。
「――く……!」
―――また、あの目で……!
まるでUMAでも見たような顔、信じられないものを見る目だ。
もう、そんな目で見て欲しくないのに……!
やっぱり、無理なのかな。もう、どうしようもないのかな……
―――だめ……! 諦めたら、駄目……っ。
私はもう一度話しかけようと口を開く。
「……あの、」
「―――いや、すまない!」
「……え?」
「昨日のことは、本当にすまなかった。決して仕方なく持ってきたわけではないんだ」
どうやら昨日の歯ブラシの件で謝っているらしいが、そんなこと今は関係ない。
「――違うの。今日は、話を……」
「私は本当に駄目な父親だ。ここへ簡単に顔を出せる人間では、なくなってしまったようだ……本当にすまない」
おねがい、もう、そんな目で―――――――見ないで。
「だから違うの。話を聞いて。私ね、あなたのこと……パパのことが……」
「――本当にすまなかった! それじゃあ、これから仕事に行ってくるな!」
……………………え?
「――――――って、お前、今…………なんて?」
父がようやく、さっき私が何と呼んだかに気付いた。
でも、その前に貴方は何て言った?
―――これから、仕事? ――だって、今日は、二時で終わったって…………!
―――ああ……ソウイウ…………コトカ。
「――これから……仕事なんだ?」
「い、いや、あの……そうなんだ。す、すまない……」
「…………ホントウニ?」
「―――っ! そ……そう……だ。ホントにすまん!」
――はは……はははは…………もう、笑えてきた。
何て滑稽なのだろう。何て可笑シイのだろう。
「くく……クスクス…………」
やっぱり……
「ふふふふふ…………」
ドウニモ―――
「ははは……あはははははっ!…………」
ナラナイト―――
「――あははははははははははははははははははははははっ! あーははははははははははははははははははっ!! あっははははハハ歯刃覇葉派羽波端破杷爬頗巴把播琶ははあっ!!」
―――――イウコトカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「あはははははははははははははははっ!! あああああっはははははははははははははははははは!! アハハはハハははハハはははははハハははははあっ!!」
もう笑うしか、いや嗤ウしかないよねえ!?
もう、どうでもいい……
「―――なっ! お、お前……っ!」
そうだ。もっとそんな目で見るがいい。
私は異常者なんだ。お前の娘は狂ってるんだ。
……だから、そんな娘の親であるお前も狂ってるんだ―――なあんてね、あはははははっ!
「す、すまない。ホントにすまない! そ、それじゃ、仕事に行って来る!」
私の脇を通り過ぎて、去っていった。
……おいおい、鞄も持たずに仕事に行くんですか? ……全く。
「ははははははは……はは……」
―――あれ、もっと大笑いしてやりたいのに。
何で大声が出ないんだろう。
もっと搾り出せよ。
全てを消し去るかのように嗤えよ。
「あははは…………はは……は……」
でも、いくら大声を出そうとも、私の唇から漏れるのは、力のない、乾いたような笑い声だけだった。
狭い室内で、私の笑い声は嫌に高らかに響き、冬の季節の気温をさらに下げるかのようだった。
…………もう、消えてくれる?




