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罪避り人  作者: 裏々正
14/14

再縁

 

 

 ――それは、一つの賭けだった。


 最悪の事態には、死すら免れない、危険な賭け。


 どうなるかは、その時の状況と、運次第。

 

 自分の行く末をそれに―――あるいは神にでも委ねて―――実行に移した。


 その罪を背負っていく程の、強い心がなかったからだ。


 自分のしたことが罪だと、直前になって気付いてしまった。


 それでも当初は計画に移す気満々だったのに、あの人が実は優しい人だと…………気付いてしまった。


 だから、その計画で死んでしまったなら、それまでのこと。


 ……いや、嘘だ。本当は怖かった。


 あの時、「死にたくない」って、本気で思った。


 まだ話したいことも、話したい人も、たくさんいたから。


 もう、全ては遅いんだろうけど…………でも…………もし…………生きられたら。


 皮肉にも予定通りの運任せになって、その上でまだチャンスを…………もらえるなら………………


 …………今度こそ…………私は……………………―――――――――――





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――




 

 ―――――……………………………………………

 

 ………………………………………………

 

 ……………………………………


 ………………………………?


「………………………………てん……………………じょう……………………?」


 …………………が、見えた。そう、白い、天井だった。


 ……仰向けで、ベッドに寝かされていた私が、最初に見たものだった。


 生命維持に使われる器具を繋がれたまま。


 ………………こんなとき、思うのは…………月並みで申し訳ないけれど…………


「―――夢を見ていた気がする」


 ……だ。


 そして、それは間違いではなかった。


 ……私は、ずっと夢を見ていた。


 自分の過去の夢を。自分の行いの夢を。自分の罪を再認識させるのに十分な夢を。

 

 遊園地にて、三人で遊んでいた夢から始まり、私が死んだ筈のあの日までを……


 ―――大体の事態を理解した。


 あれから何年経ったかは知らないが、私は……生きている。


 そう、生きて……いるんだ。


 賭けに……勝ったんだ。


 有り得ない筈の事象……だけど、それでも、こうしてまだ生きていられるのなら、私は…………


 ――ガラッ!


 突然、この病室の引き戸が開けられた。


 驚きながらそちらを見てみると、女の子が立っていた。


 恐らく中学生ぐらいの年齢。


 私と同じ、短めの髪――後で知ったことだが、自分の背丈と同じぐらいの長い髪を切って、今の髪型にしたそうだ。


 そして非常に細く、抱きしめたら折れてしまいそうなほどに儚い外見。それだけじゃなく、暴行をされた形跡があちこちに残っている。


 こちらから見た左目が治療用の眼帯で覆われ、顔の一部が腫れてあちこちに青痣を残し、手や腕には煙草の火を押し付けられたかのような、黒い塊の火傷がいくつも出来ていた。


 その娘は片方の眼を大きく見開き、やがてそこから涙があふれ出ると、


「―――お姉ちゃんっ!」


 私の胸に飛び込んできた。


「……うっ……」


 目覚めたばかりの病人にタックルをかますところから見て、どうやら外見ほどの心配はないようだった。


「―――って、“お姉ちゃん”?」


 私を、そう呼ぶのかこの娘は……?


 すると、少女が顔を上げると至近距離で彼女と向き合うことになり、キョトンとした片目が瞬きした。


「―――あれ……? わたしのこと、覚えてない? ほら、公園で……」


「――――あ……!」


 こう見えても記憶力には自信があったから、覚えていた。


 あの人(・・・)と向き合うためのアドバイスをしてくれた、あの少女。


 私が思い出したことを確認すると彼女は微笑み、しかしすぐに俯いた。


「―――ずっと、話したかった。だって、お姉ちゃん、全然起きないんだもん……」


「――――! そうだ、あれからどうなったの……?」


 この娘はあらゆる事情を知ってそうだったので、彼女からある程度の事態を聞いた。


「―――っ! そんな…………!」


 あれから八年の月日が経っていたこともそうだが、一番驚いたのは、あの男、亘によって彼女が誘拐監禁されていたという事実だった。


 それは私にも責任があることで、亘を巻き込んだあの計画も、彼の凶行の大きな原因だっただろう。


 私と死別――厳密にはそうではないが――そう思い込んだ後の亘の行動は想像がつく。


 ……私がしたことで、その後に被害者が出ることまでは、考えなかった。巻き込んだのは、亘だけではなかったのだ。


 何て無責任で、最低な計画だったのだろう。


「……ごめ……なさ……」


 この娘に対してかける言葉など、今の私には何もない。ただ謝る事ぐらいしか、思い浮かばない。


 なのに、少女は微笑んだ。


「……損な性格だって自分でも思うんだけど、色々考えちゃうの。どうしてこんな事態になったのかって」


 少女はやや泣き出しそうに顔を歪めながらも、話し始めた。


「……そしたらね、知っちゃったんだ。あの人、亘……さんの、こと」


 驚くべきことに、彼女に刺されながらも、亘は生きていたらしい。


 そして治療の後、今は拘置所にいるとのことだった。


 目の前の少女は、当たり前ながら、最初は彼を憎んだ。


「最悪な毎日だったよ。あれから学校にも行くことになったんだけど。見ての通り、この傷は長袖を着ても手の甲とかで見えちゃうから、どうにもならなくて……噂されて、同情もされたけど、皆はわたしから離れていって……」


 ……そうなった原因は、言うまでもない。


「体育の時間とかね、特に見られちゃうんだ。着替えるとき、薄気味悪そうに、皆はさっさと先行っちゃうの。そうなるとね……もう、あの人を憎むしかなかった。あの時殺し損ねたのが、本当に残念だった……」


 その後、拘置所に亘との面会を希望すると、それはあっさり通った。


 通常、その者の家族等にしか面会は叶いにくいが、彼女は例外だった。まさに彼の被害者その人だったのだから。


 最初、彼女はありとあらゆることに対して、亘に怒鳴り散らすつもりだった。


 軽蔑と侮蔑を送り、罵倒によって、廃人にでもするつもりだったらしいが……


「……あの人、わたしと面会した瞬間、大声で泣き出しちゃって。“ごめんな”って何度も何度も土下座しながら謝りやがったの。……ふざけてるよね。謝ったところでその罪は一生消えないのに……」


「……っ!」


 それは、私に対しても言われてるようだった。


「……でも、知りたくなってしまった。思えば、一番最初にあの人と会ったとき、既にその眼は死人のそれだった。だから、何とかしてあげたくて、わたしから声をかけたの」


 亘に誘拐されることになった最初の発端は、彼女自身が話しかけたことだった。


 困った人を見ると放っておけないのは、彼女の性分だったらしい。私も、随分とそれに助けられた。


「……それで、あの人の過去を……本人から聞いてしまった。あの人は……わたしが殺すまでもなく、もう死んでたんだよ」


 亘の過去は、私も調べていたから既に知っていた。


 母を殺されたのにも関わらず彼を憎みきれなかったのは、それも関係していた。


「さっきも言ったけど、だからといってあの人の罪は一生消えない。―――でも、それでも……っ!」


 もはや、彼女の顔は涙でグシャグシャだったが、はっきりと顔を上げて、


「――どうにもならないって……思っちゃったんだよ……! あの人を殺しても、何が変わるわけでもない。両親と、わたしが失った八年間を返してくれるわけでもない。このやり場のない怒りを、殺さない程度にあの人にぶつけるしかないって……!」


 再び、泣きながらも、笑った。


「だから、もし何らかの形で出所したら、その時は半殺しで許してやるつもり……ふふっ……」


 実に彼女らしい、私には絶対に真似出来ない、神々しいまでの結論だった。


 彼女は再び私の胸に顔を埋めた。


「……あの人、亘さんが、言ってた。“憎しみの連鎖は、どこかで断ち切るべきだ”って――そう、お姉ちゃんが言ってたって……」


「……うん。あの人はもう身寄りもいないから、殺したところでその家族に怨まれることはないけど……」


 私もそっと彼女の頭を撫でながら、


「……私が、悲しむから。あの人と一緒にいて……楽しかったから。もう、憎めなく……なってしまったから……」


「……うん。そうだよね。だから、これでよかったって……わたしも思う。あの人、“今度こそ、間違えないから”って、言ってたよ」


「……そう。……ありがとう。またあなたと話せて、良かった」


「ずっとずっと、話したかったよ。―――志保お姉ちゃん……!」 


 病室のベッドで、静かにお互いを、抱きしめた。





「―――美歩ちゃん。だめだよ先に行っちゃあ、この病院広いんだから―――って……!」


 しばらく少女を抱きしめたままでいると、また新たな訪問者が現れた。


「―――志保ちゃんっ!」


 そいつは、あっという間に涙を滝のように出しながら(やや誇張だが)、私の前に走ってきた。


 いつぞやの、これまた相変わらず細くて弱々しくて、女性のようにも見える外見の少年、その成長した姿。


 彼もまた怪我をしたのか、胸に包帯が巻かれていた。


「良かった……もう、二度と目を覚まさないかもしれないって……言われてたから……っ!」


 少年、守もまた、私をずっと見守ってくれていたらしい。


「……でも、志保ちゃんは、全然起きないから……僕はもう、どうでも……よくなって」

 

 今の今まで寝ていた私、時間にするとざっと八年。


 それほどの時間を、守が耐え切れるわけがない。

 

 彼は、再びやる気をなくし、学校で苛めを受ける毎日に逆戻りしていた。


「……でも、今度こそ、守ろうって思った。僕は志保ちゃんを……守れなかったけど……美歩ちゃんを、同じ目には絶対に合わせないって……なのに、僕はまた……!」


「守くん……。もういいの。今、こうして一緒に居てくれるから」


 どういうわけか、少女は私の胸から離れて彼に駆け寄り、その手を握った。


「……ありがとね。守」


 礼を言いながらも、私は妙な気分になった。


 ……なんだろう。この「初恋の人が結婚した」という情報を聞かされた時のような複雑な気分は。


 ……まあ、何でそういうことになっているかは分からないけれど……これはこれで、今後面白くなりそうだ。


「ねえ……えっと、美歩ちゃん? 私たち、今後三角関係になって面白くなりそうだね」


「――――え、ええっ!? だ、だめだよそんな……!」


「え? 何のことなの志保ちゃん?」


 守の方は鈍いのか、よく分かっていないみたいだけど、美歩ちゃんは大慌てだった。「な、なんでもないよ」と顔を真っ赤にしながら、彼に弁解していた。


 かつての守のように、からかいがいのある娘だった。


「と、ところで志保お姉ちゃん。あの人・・・にはまだ会ってないんだよね?」


 話を変えるためか、まだ顔を赤くしながらも、話を変えるには効果てきめんの人物のことを言った。


「――――あ……! う、うん……」


 その人のことを言われると、今でも胸が痛くなる。それはさっきまでの守に対しても同様だったが、守はあまりそれを気にしてなかった。


 しかし、その人のことまでは、よく分からない。


 ひょっとしたら、怒っているかもしれない。恨んでもいるかもしれない。


 折角お互いのことが分かりかけていたのに、これからだという時に……私は彼の前から去ったのだから。


「そろそろ仕事が終わるみたいだから、あの人……おとうさん・・・・・も、ここに来るよ」


「―――え……っ!」


 あの人がここに来るということと、美歩ちゃんの言ったことの意味に同時に驚く。


「……わたしは、山中美歩(やまなかみほ)っていうの。だから、志保お姉ちゃんとは、ホントに姉妹なんだよ」


 ……ああ、そうなんだ。


「守くんも、亘さんも……あの人のおかげで助かったんだよ」


 ……安心した。あの人も、相変わらずのようだった。


 真面目で、曲がったことが大嫌いで、優しい人。


 ――ガラッ!


 そして、三度(みたび)この病室の引き戸が開けられ、その人が入って来る。


 いつもの如く、今日は茶色の、いかにもオヤジ臭いスーツ姿。


 押し上げた髪型が所々に下ろされて乱れ、顔は記憶の中のより随分とシワも増えて老けこんだ、その容貌。


「――志……保…………!」


 私の名前を…………呼んでくれる………………父、源一の姿。


 ……どうしよう。いざ会ってみると、何て言えばいいか分からない。


 まずは、謝らなくちゃ……いけない…………よね。


 でも、それも何て言えば? あれから八年も経っていたみたいだし、それこそ今更なんじゃ……ああ、どうすればいいんだろう?


「……パ……パ……」


 とりあえず、父と呼んでみた。


「ああ……」


 父もまた、何と言うか迷っているようだった。


「――あの……」


「ああ……」


「――その……」


「……ああ」


 まるで、お見合いにおける話題探しのようだった。


 妹となった美歩と、その彼氏候補(?)の守が、笑いをこらえていた。


 若干それにムッとしつつ、もう一度父に向かって口を開く。


「……また、パパと……」


「ああ……」


「……キャッチボールが……したいな」


「ああ。私もそうしたい」


「今ならパパの投球だって、楽勝で受けられるから」


「ああ、私も全力で投げよう」


「今度は、バッティングもしたいな。パパの投球でも、余裕でホームランを打ってやるんだから」


「それはどうかな。私も最近投球練習は欠かしていないぞ?」


「本当に〜? 亘さんっていうんだけど、あの人は私に滅多打ちされたんだよ?」


「あいつと一緒にされては困る。私は昔140キロストレートを投げれたんだからな」


「なら、勝負だよ!」


「ああ、望むところだ!」


 お互い拳をぐっとにぎり、微笑んだ。


「あの……何かずれてるよ二人とも」


 守の指摘によって我に返る。そうだ、今は他に言うべきことがある。


「……パパ……」


「ああ……」


「もっと、パパと話したいことが……あるの」


「ああ、私もだ」


「もっともっと、野球以外でも、いっぱいいっぱい遊びたいの!」


「ああ、サッカーでもバスケでも、いっぱい遊ぼう」


 ……言いたいことはいっぱいあるのに、どうしてか、一番言うべきことが言えない。


 まずは謝るのが先なんじゃなかったっけ……? ああ、どうすればいいんだろう……


「―――言えば…………いいんだよ」


 美歩が、いつかのように微笑みながら、そう言った。


 私が「何を?」と訊きかえす前に、彼女は青くなっている唇を再度開く。


「自分の気持ちを……」


 ……ああ、そうだよね。


 あの時も、そう言われたんだよね、私。


 私は再び父に向き直り、緊張で目を合わせるのに一分ほどの時間を要し、そして、しどろもどろに……消え入りそうな声で…………


「―――…………パパ……」


「……ああ…………」


 あの時、亘さんにも言ったはずの、自分の気持ちをストレートに伝える言葉……


「―――だいすき(・・・・)……」


 すぐさま、父に抱きしめられていた。


 最初に見た夢のときのように、もう嫌悪感は湧かなかった。


 ……あれ、どうしてだろう。


 何で涙が、止まらないんだろう…………おかしいね。


 私は父の胸に顔を埋めて、泣き続けた。





 ―――そう…………もし…………まだ生きられたら。


 皮肉にも予定通りの運任せになって、その上でまだチャンスを…………もらえるなら………………


 …………今度こそ…………私は……………………――――――間違えないから。


 もう、二度と馬鹿なことはしないから。ちゃんと、罪と向き合うから――


 ―――だから、もう一度だけ―――――生きたい!


 



 ―――今ここに居る人達だけでなく、亘さんにもまだ、言いたいことはいっぱいある。


 やることも、数え切れないほどに、たくさんある。


 …………でも、今は……今だけは……っ! 


「……本当に、ごめんなさい……そして、ありがとう」


 ……この人に……もう一度だけ言わせてほしい。


「パパ…………大好き………………っ!」


「ああ、私もだ。志保」


 もう一度父の胸で、静かに泣いた。

 

 そういえば、私はいつの間にか十七歳にもなっていたのに、随分と恥ずかしいことだったと後になって思った。


 でも、もう自分に嘘をつきたくないから。 


 この人が―――大好きだから……っ!



 


 Fin

いかがだったでしょうか。

初めて投稿させて頂いた作品、『罪避り人』。


まだまだ未熟な私の作品ですが、少しでも面白いところがあって、読者様を楽しませることが出来たなら嬉しいです。



1話1話が長く、目標である4月中に終わらせることが出来なかった作品ですが、ここまでお付き合いくださり、本当に本当に、ありがとうございました!


裏々正

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