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罪避り人  作者: 裏々正
13/14

喪失・愛憎紙一重(後編)

 

 

 ――あいつと別れてから、僅か二時間程。


 いや、俺は寝ていたから、ほぼ一瞬だ。


 あっという間に、俺は大切なものを全て失った。


 彼女も、生まれてくるはずだった子供も、そして生きる理由も……


 ……もう、どうでもよかった。


 自分も、死のうと思った。


 こんな理不尽な世界には、もう未練もないし居たくもない。


 幸せを手に入れるには血の滲むほどの努力と時間が必要だったのに、それを失うのはあんなに簡単で、ほんの一瞬だった。


 こんなふざけた世界があってたまるか。


 だが、自殺を考える前に、幸せな奴らが許せなかった。


 都会エリアを散歩しながら自分の行く末について考えていると、目の前を若い男女が通りかかった。


「――ねえねえ、今度はホラー映画でも見ない? あのとびきりスプラッタなやつ」


「おいおい、お前、いつもわざと俺の苦手なものを薦めてるだろ」


「だってあなたの好きなものって、いつも何かメルヘンというかファンシーというかさあ」


「い、いいだろ別に。お前だってそんなの好きだろ?」


 そのカップルは、最初はお互いの好みが合わないようで揉めていたが、


「しょうがないわねえ、百歩譲って私も好きってことにしておいてあげましょうか」


「――おい、何だよその上から目線は」


「いいからいいから――さ、そうと決まれば、そのメルヘンでカワユイやつを見に行きましょ」


「……カワユイを強調するんじゃねえよ。全く」


 ――最後には、わざと聞かせているとしか思えない程のデカイ声で、笑い合いながら去っていった。


 楽しそう、だった。


 ……羨ましかった。


 ――今度は住宅街を通りかかった時、母と息子と思われる男女が言い争っていた。


 母親らしき女性は、幼い息子であろう男にランドセルを持たせながら、不満そうに言った。


「――ほら、これから学校でしょ。ちゃんとしなさい。服もしわくちゃだし」


「うるさいな。どうせ学校なんて行ってもつまらないんだから、時間の無駄だ」


「――どうしてそんなこと言うのよ。学校は勉強するだけの所じゃない。お互いを支え合う、友達をつくる所でもあるのよ?」


 すると何を思ったか、息子は己の母親の腹を殴った。


「――うっ……!」


「――そんな奴らいらないんだよ! 邪魔なだけだ! あんな奴なんか!!」


 ―――何だ……このガキは?


 恐らく俺と同じような感情をその母親も抱いたらしく、殴られたお腹を抑えながら、表情をさらに強張らせて怒鳴った。


「――何よ! ちょっと彩ちゃんに嫌われたからって拗ねちゃって! そうやっていつまでもウジウジしてるから嫌われるのよ!」


「――う、うるせえ! お前に何が分かるんだよクソババア! 俺のことにいちいち口出しすんな!」


 対して、息子の方は半泣きで、悲鳴のように叫んでいた。


「――どうして!? どうしてそんなこと言うのよ! 私はただあなたが心配で……」


「――誰がそんなこと頼んだ! お前の心配なんかいらねえんだよ! ――お前なんか! お前なんていらねんだよお!!」


「――そ……んな…………」


 母親が泣き崩れ、その場にへたり込む。


 息子は、一瞬己の行為を後悔したように口を抑えていたが、やがていたたまれなくなったのか、家の中へ引っ込んだ。


「――ま、待って! お願いだから、私のことはいいから、学校に行って……」


 後を追って、母親も姿を消した。


 ――何なんだよ。あのクソガキは……!


 俺がどんなに願っても手に入らない、実の母親という存在がいるのに、あそこまで心配してくれる、大切な人がいるのに。

 

 あのガキは、それをあっさり捨てるのか? その者がどれだけ大切か、失ってからでは遅いのに、それを要らないと言うのか?


「―――許さねえ……」


 俺は捨て子でクズ呼ばわりされて、大切な人を一瞬でなくしたというのに、何で周りの奴らはあんな……!


 自分がどれだけ幸せか分かっていないくせに。


 そしてそれをあっさり捨てようとする行為が、どれだけ愚かで馬鹿なことだと気付いていない。


 ――この、“クズ”どもが!!


 ……何で俺なんだよ。あんなクズ共こそ、俺のような目に合うべきなのに。どうして俺だけこんなに――不幸なんだ!


「―――どうして俺だけなんだぁああああああああああああああっ!!」


 その後、強盗や殺人を繰り返した。


 今みたいなことをぬかす奴には、望みどおりその場で母親を殺してやった。


 幸せな家庭だったという理由だけで、殺したこともあった。


 彼女を失った悲壮と喪失、絶望と虚無、そして理不尽さ。ありとあらゆる負の感情、憤怒と憎悪。


 それらは、全く関係のない、第三者へと向けられた。


 もう、抑えられなかった。止めようがなかった。


 俺と同じ目に合わせることが、喜びでもあったからだ。


 ざまあみろ。幸せなんて要らないというなら、俺がそれを奪ってやる。


 邪魔をするなら、そいつも殺してやる!


 ――ドスッ! 


「――ごふぅっ!!」


「う……そ」


 その日、俺の邪魔をしようとした小娘を殺すため、ナイフを振り下ろすと、間に割って入った女が代わりに刺された。


「―――もう、警察……来る……わよ?」


 その女は死へと向かうカウントダウンの最中だというのに、胸にナイフを刺しこまれたまま、不敵にも事実を告げた。


 後ろに庇った幼い少女を一瞬気にするそぶりを見せた後、


「……この娘を殺したら、例え……私が死んでも……化けてでも絶対……あなたを許さないから……!」


「――!」


 どうしてか、相手は瀕死の状態なのに、まるで生涯つきまとう呪いのように、その宣告が何よりも恐ろしかった。


「……まあ、ある意味この子達の……刺激には……なる……結果……オーラ……イ……かな……」


「―――っ!」


 ―――ズリュッ!!


 ナイフを引き抜いて、止めを刺した。


「……あと…………よろ………………く…………ね」


 ありえないことに、その女は最後、笑った。


 「これはこれで悪くない」とでも言うように……


 止めを差したのも、恐怖による反射的行動だった。この女といつまでも対峙していたくなかった。


「ナイフは返してもらわねえとなあ」


 内心の恐怖と動揺を悟られないように、後に残された娘に対して残酷に笑いかけ、その場を後にした。


「―――ママ! ママあああああああああああああああ!!」


 しかし、その娘が大声を上げて、もう動かない身体を必死でゆすっている姿は、逃げようとしていた俺の足を止めた。


 やがて俺を追っていた警察のパトカーが到着し、すぐにその場から逃げた。





 ――それからは、もう幸せな奴らを殺すのは止めた。


 人を殺したことは何度もあるが、殺した奴の、遺族の反応をあそこまで見ることはなかった。


 だから、あの女が最後に微笑んでみせた顔が、そしてその娘の、涙と鼻水をたらしながら母親を呼ぶあのグシャグシャの表情が、頭から離れなかった。


 かつて俺と一緒に居てくれた彼女が、背中で泣いていた姿と重なった。


 “――だから、もう私は一人じゃない。あなたが居る。ずっとずっと一緒。でも、あなたが居なくなったら……私はもう、どうすれば…………いいか”


 ……なんて馬鹿なことをしたんだろう。無意味で、幼稚で、相手の気持ちなど考えていない最低な行為。


 もはや、俺は生きる価値もない……


 後はもう、当初の予定通り、この世からおさらばするだけだった。


 ……でも、


「――おにいさん。寂しいの?」


 偶然寄った、公園のベンチに腰を下ろして考え込んでいると、少女が傍らにいて、話しかけてきた。


 驚きながら声のした方向に首を向けると、


「―――!」


 まるで、親の仇敵を見るような表情をした少女がいた。


 すぐにその顔を引っ込めて無表情と化したが、その無感動な目は虚無を表しており、どちらにしろ驚くこととなった。


 最初に感じたのは、明らかに敵意だった。


 少女にとって、まさに俺は親の仇敵そのものだったから、無理もない。


 先日殺したあの女、その後ろにいた娘が、まさに目の前にいる少女だった。


 けれど、その無表情とあの泣き叫ぶ顔があまりに一致しなかったため、あの時の娘だとは気付けなかった。 


「――どこか、連れて行って欲しい。お互い寂しい者同士、一緒にいれば寂しくないと思わない?」


 そして、あろうことか、少女は自分を誘拐しろと言った。


 ―――でも、寂しかった俺には……もう死ぬしか道は残されていない俺には、この少女の申し出は嬉しかった。


 ……それに、もういない彼女が出産する予定だった子供は、女の子だったという。


 だからというわけではないが、一緒にいたいという気持ちを強めてしまった。


 こうして、非常に物知りで、時折虚ろな目を向ける、志保と名乗った異様な少女と一緒に暮らすことになった。


 少女、志保が提案した、廃校への移住、かつて俺が通っていた母校での日々。


 こちらの心情を見透かしたような口調、あらゆる知識に長けていて、老成しているかのような言動には驚かされもした。


 だが、野球をやったときには爽快感溢れる表情で、屈託なく笑う顔は、年相応の少女のものだった。


「さて、今日は……と……」


 崩れ落ちそうな校舎の教室。そこに放置されていた机にノートを広げて、志保は何かを書き込んでいた。


「何を書いてんだ?」


 珍しく子供らしい仕草だったので、興味本位で訊いてみた。


「今日の日記。……とある馬鹿の気持ちに……なってみたくて」


「そ、そうなのか……えっと、何て書いたんだ?」


 一瞬悲しそうに目を伏せたのを見て、慌てて話を変えた。

 

 すると、志保は笑いをこらえるように読み上げた。


「“今日は、とある人と野球をしました。とある人は、野球が得意だって言ったけど、私に十安打もされました。そのうちの七本は、ホームランでした。とある人は、よっぽど手加減が得意みたいです”……クスクス」


「……おいこら、その“とある人”ってのは誰のことだ?」


「“しかも、とある人は自分のことを言われてるのに気づいていません。頭が悪い上にロリコンなんて、救いようがないです”」


「―――誰がロリコンだ誰が!」


「“頭が悪いってところは否定しないみたいです。自分でも自覚があるみたいですねえはい”」


「――お前それ今考えてるだろ!」


 というか、もはやそれは日記でもなんでもなく、ただの悪口じゃねえか。


「……“でも退屈はしなくて。面白くて。とある人と遊べて、ホントウに、楽しかったです”」


「…………っ」


 ――あまりに嬉しかったから、いや、照れくさかったのだ――その言葉にはコメントできなかった。


 今の状況が隠れ住んでいるものだとしても、こんな日々がずっと続けばいいと思った。


「……亘さん」


 どう反応するか迷っていると、名前を呼ばれた。今思うと、名前を呼ばれたのも随分久しかった。


 そしてここからは、日記の内容ではなかった。


「……どうして―――」


 顔は下に向けられているため、前髪で表情が隠されている。


「―――ママ……を…………」


 しかし、その心情は、もはや明白だった。


 過去の経験により、それは自分の感情を悟らせまいとする仕草だと分かっていた。


「………………」


 それ以上言葉を続けることはなく、


「―――ごめん。何でもない」


 顔を背けて、そそくさと教室から出て行った。


 ……今なら分かる。その時、志保が何と言おうとしたか。


 “―――どうして、ママを殺したの……?”


 そう、例え今が楽しくても、俺が犯した罪は、一生消えることはない。


 今度の幸せが長く続かないのは、その代償か―――


 志保は、俺から離れて、逃げた。





 ―――そして、学校の外を走り、逃げる志保と追いすがる俺が行き着いた先……


「―――おにいさんは、“クズ”だよ」


 今でも、あの言葉は忘れられなかった。俺という人格を最初に歪めた、育ての親に植えつけられた言葉。


 俺を侮蔑する奴や、かつて俺が殺した奴の子供など、今でも言われることが多かった言葉。


 言われる度に、抑えられない殺意が沸きおこる、俺に対する禁句。


 その言葉を利用され、俺は志保をナイフで刺した。


 志保は、最初からそうするつもりだったのだ。


 俺の過去を調べ、俺のトラウマをよみがえらせ、自分自身を殺させる。


 その結果が今目の前に在る、最初に会った時と同じ、季節外れの白いワンピースを真っ赤に染めている少女。


「――――志保!」


 自分で発狂して刺したくせに、その後は妙に冷静になっていた。


 ――分からなかった。少女の行動の真意が。


 俺に対する復讐だというなら、俺自身を殺せばいいのに。どうして逆に殺させるのか……


 あるいは、これこそが志保の目的だったのか。


 俺に殺させることで、かつて彼女を失った時以上の絶望を与えるため……?


 俺に近づいたのも、あの楽しかった日々も、全てはこのための演技だったというのか……?


「はは……」


 だとしたら、その計画は大成功だ。もう俺は―――壊れる寸前だからな。


「………………わ…………たる…………さ…………」


 すると、志保は何を思ったか、最後の力を振り絞って、俺に何かを伝えていた。


「………………………………ぃ…………………………き………………」


 その言葉は声に出せずに途切れ、よく聞き取れなかったが……


「―――俺もだよ。なのに何でこんな……」


 解った。その唇は、たった四文字の短い言葉を、確かに発していた。


 俺が、今最も聞きたかった言葉……


 やはりその行動の意味が分からなくなる。どうして―――お前は……


「いや、今はそんなことより……」 


 ――病院に連れて行かなければ。そうしなければ、真相を聞くこともできない。もう一度その声を聞きたい。


 ナイフを引き抜かないようそのまま運ぼうとするが、


 “指示が…………た………………ここか?”


 “そうです…………”


「――――!」


 人の声が聞こえた。


 こんな深夜の時間の、何もない農道に。


 “なら……ど…………辺りだ……”


 “先程、あちら…………大声が………………”


 目を凝らして声のした方向を見てみるが、真っ暗で何も見えない。


 ―――俺を追っていた警察か……? いや、でも何で急に……


 逃げなければ―――しかし、この少女を置いてはいけない。


「……………………………に……………………………………げ………………………………」


「………………っ!」


 なのに、最後の最後まで俺の身を案じて―――こいつはそう言った。


 その願いもあり、そして、今の彼女の状態は、経験的に助かる可能性がほぼ皆無だということが分かってしまい……俺は泣く泣くそこから……離れた。


 ………………逃げた。





    *





 ――その後、またあの公園のベンチに腰を下ろして、考えていた。


 何故、逃げてしまったのか? もはや、俺には何もない。


 例えあの場で捕まったとしても、失うものは少女以外に何もない。


 だったらどうして、唯一喪失して困るどころか、生きる意味を失ってしまう存在を見捨ててしまったのか。


 何としてでも助けるべきだった。


 例え助からなくても、最後まで一緒に居るべきだった……!


 それこそが、死ぬしかなかった自分に温もりを与えてくれた、恩返しにもなったのに……


 だが、もう遅い。


 あれから時間を置いてあの場所に行ってみたが、少女はもういなかった。


 あの後、あそこに現れた何者かによって、保護された……?


 いや、その亡骸をどこかにやったのだろう。もう、あの時点で少女は虫の息だったから……


 ……あとはもう、今度こそ……俺も死ぬだけだ。


「――ねえお兄さん。さみしいの?」


「―――!」


 突然声をかけられ、そしていつぞやの時と全く同じ言葉で言われ、俺は思わず声の主を凝視する。


「――だいじょうぶ? それともどっかいたい?」


 最初は、何かの間違いだと思った。


「い、いや、何でもねえよ。気にするな」


 そう思うのが当たり前だったが、次の瞬間――


「――それはうそだよ」


「――――なん……っ!」


 急に、少女の声のトーンが下がった。そいつは静かな口調と、確信に満ちた眼で……


「―――だって、おにいさん目が死んでるもの」


「―――っ! そ、そんなの……お前の勘違いだ」


 俺はといえば、自分でも動揺しているのが丸分かりの口調で返していた。


「でも、懐に隠してるナイフとか、上着の破れてるところから見えるリストカットの跡とか見たら、そうとしか思えないよ……」





 ―――全て、見透かされていた。


 話してもいないのに、俺の状況や心情をあっという間に理解する洞察力。


 それは紛れもなく――

 

「――ぃ………………ほ?」


 思わず、少女の名前を、最初の一文字をつっかえながらも呼んでしまう。


 あの少女が、そこにいた。


 髪型もセミロング程であの少女よりも少し長い上に、背が随分と小さい気もするが(・・・・・)、年が明けて一月になったその寒い季節にこんな白いワンピースを着る少女など、あいつ以外にいない。


 それに…………


「あれ〜? なんでわたしの名前(・・・・・・・・・)、知ってるのお?」


 別人が、こんなことを言う筈もない。


 言動がどことなく怪しい気もするが、そんなことは関係ない。


「よくわかんないけど、自殺なんかしちゃだめだよ」


 ……生きて……いたんだ。


「そうだ、お姉ちゃんしらない? 今日はあの人に会うためにもきたの。おもいつめるととんでもないことをしそうな人だったから、心配でさあ……」


 もはや、何を言ってるのかも分からないが、


「――でも、あの時だってぐうぜんだったし、会えるわけないかな。できたら、あのかっこいいおにいちゃんにも会いたかったのになあ……あははっ……」


 …………志保。今度こそ、俺は上手くやってみせるからな。


 また、あの頃に戻ろう。


 例え復讐のためだったとしても、最後のあの言葉は、嘘じゃないんだよな?


 だったら、俺も同じだ。お前と一緒にいないと、もう生きていけねえよ。


 …………だから、また、一緒に居よう。


 そして、俺はまた、少女を誘拐する。


 両親なのか、二人の男女が迫ってくるが、ナイフで心臓を一突きにして、少女を奪った。


 以前までいた廃校は、ついに取り壊されることになったから、志保に言われていた、次の潜伏先に向かう。


 志保が「必要なら使うように」と言っていたツテから車を借り、少女を運ぶ。


 そこは、少し前まで建造されていたビル群だった。


 だが、そこで自殺事件が多発したため、現在は工事が中断され、フェンスとバリケードで封鎖されている。


 幸いに見張りも居なかったので、それらを越えて中に進入し、ビルの中ではなくその傍にポツンと建っている、小さい倉庫のような場所へ連れ込んだ。


 これも志保に言われていたことで、万が一誰かが見回りに来たとしても、こんな小さな倉庫の中までは見に来ない可能性が大きいからとのことだった。


 その中へ眠らせていた少女を連れ込んで、適当な家具を拾って持ち込み、再び生活を始めた。


 ――だが、少女は以前とは違い(・・・・・・)、俺に反発してきた。


「――この人殺し! お父さんとお母さんを返せ!」


 俺の顔を見るたびに、そんなことを叫ぶ。


「…………何言ってんだよ。もう、俺が父親だよ」


「――違う! わたしの大好きなお父さんはお前が殺した!」


「だったら、俺が父親になってやるよ。志保…………」


「――わたしはしほじゃない! ――わたしの名前はっ…………!」


 ――パン!


 少女が吹っ飛ばされるように倒れた。


 その頬を……はたいた。


 一瞬、己の行為に呆然となるが…………


「志保なんだろおおおおおおおおおおおおお!?」


 その後も、容赦なく暴行を加え、自分の言うとおりにさせた。


 まるで、知ることを恐れるかのように。


 それに、言うことを聞かせるには手を出すしかなかった。


 こちらがどんなに愛情を持って接しても、少女は決して心を開くことはなかったからだ。


 それから暴行がエスカレートするのに、時間はかからなかった。


 殴るだけでは言うことを聞かなくなると、蹴った。


 そして鈍器を使うまでに至り、消えない傷だと脅してタバコの火を押し付けた。


 だが、それが間違いだと気付いたのは、八年が経ってからだった。


 中年ぐらいのヤローと、どこぞのもやしみたいなガキ、そして少女によって。


「……何で、あんたみたいな、何もできないやつが生きてるの? 人を傷つけて、自分が危なくなったら命乞いして……あんた人を傷つける以外に何かできることってあるの?」


 ―――ああ、俺はもう、既に壊れていたんだな。


「あんたなんて……ゴミだ! 人に害をなすだけのクズだ! お前みたいな奴は殺すことすら生ぬるい!!」


 俺のやったことは、あの育ての親が俺にしたことと、何も変わらないじゃねえか。


 それどころか、大好きだった人の命を結果的に奪って、他にもたくさんの人間を殺めて、誘拐までして―――もはやあいつら以下じゃねえか。


 ――悪かった……な。


 本当は、お前の名前、ちゃんと聞こえてた。


 ―――美歩みほって、いうんだな。


 美しく歩む、か。いい名前だ。


 俺のせいで、とんだ皮肉な名前になっちまったが……


 ――本当に……ごめん……な。


 ――ドスッ!


「…………クズは、所詮クズなんだよ」



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