奇憶
今作で初めて投稿させて頂きます。未熟な点も多々あると思いますが、どうぞよろしくおねがいします。
それと、今のところは大丈夫ですが、いずれ暴力描写など、やや過激な内容を含むと思いますので、ご注意ください。
――気がつくと、私は賑やかな所にいた。
周囲の喧騒がやたら聞こえてきて、賑やかというよりも、うるさいと言った方がシックリする。
でも、その喧騒を作る人たちの声はとても楽しそうだったから、ここは何かを楽しむ場所ということだ。
そして、そこから聞こえてくる会話。
「私、ジェットコースターに乗りたいな」
「おいおい、俺がそれ苦手なの知ってて言ってるだろ?」
「だったら何に乗る気〜? まさかメリーゴーランドなんて言わないでしょうね〜?」
「ばっ、ばっかちげーよ。えーと、観覧車だよ」
などと、若いカップルがそう話しながら私の脇を通り過ぎて行くのを見て、ここは遊園地だということが分かった。
ふと見ると、入り口である入場ゲートの前だった。
何故か私は一人でそこに立ち尽くし、ゲートを眺めていた。
そこを潜れば、さぞかし楽しい乗り物やアトラクションで、面白おかしい体験ができるのだろう。
ここからでも、何だかブランコのような乗り物が空中で旋回し続けているのが見える。
段々とそのスピードが上がり、旋回の軌道も斜めにずれて、最後には縦向きになって一回転するのではと思うぐらいになった。
やがて軌道はその寸前から元に戻り始め、段々とスピードが落ちてゆっくりと地面に近づいて止まり、乗っていた人たちが下りてきた。
見ているだけで少しドキドキした。
でも、あれぐらいなら私にも乗れそうかと思ったが、私は一人で、お金も持っていないから、ここから見ていることしかできない。
そう思うと、少し残念な気持ちと、何故一人でこんなところまで来たのだろうという疑問を同時に抱いた。
そもそも、私は何をしていたのか。
今の今まではこんなところに居なかった気がするが……
「おまたせ〜。ごめんね遅くなっちゃって」
「悪かった。今日はとても混んでいてな。入場券とフリーパスを買うのに三十分も待たされるとは思わなかった」
突然に背後からの声。
振り返ると、そこにいたのは、私の父と、母。
その瞬間、思い出していた。
今日は、家族全員で遊園地に行こうと前々から決めていた日で、今は実際に来たところだった。
私はここに来るのは初めてだったから、それはそれは楽しみにしていたし、昨晩は興奮で中々眠れなかった。
だがいざ来てみると、今日はいつも以上に混んでいたらしく、入場するのにも相当時間が取られるとのことだった。
だから、「ずっと待ち続けるのは退屈だろう?」と父が私に言い、ゲート前のお土産屋でも見てきたらどうだと提案してきた。
私はそれに頷き、入場券を買うために受付に並んでいる長蛇の列から離れ、お土産屋に向かった。
しばらくこの遊園地特有のキャラクターのぬいぐるみなどを物色していたが、それでも父と母が中々来ないので、私は再び列に戻ろうとした。
その途中で、入り口からでも見える乗り物が気になって、ボーっと眺めていたのだった。
そして、ようやく父と母が入場券を買ってきて、今に至るということだ。
「全く、もうちょっと列の長さを見てからものを言ってくださいね〜」
母が非難した眼を父に向ける。
私を長い間一人にさせたことを責めているようだ。
「仕方ないだろう。すぐ買えると思ったんだから」
父は父で弁明しようとするが、列の長さは私の目から見てもしばらく待たされることが火を見るより明らかだったから、母の言っていることが正しい。
でも、母もそこまで気付いていたのなら、私がお土産屋に行こうとしたその時に注意した方が良かったのではないか。
もしくは私を一人にさせたくないなら、父か母のどちらかが私についてきた方が良かったのでは、とか突っ込みどころもあったが、それは言わないことにした。
父の提案だって、今日は折角私が楽しみにしていた遊園地だったのに、到着して早々待つだけという非常に退屈、かつ幸先が不安になるような事態を申し訳ないと思ってしたことだ。
母もそのことが同感だったから、口出ししなかったに違いない。
ちなみに私を一人で行かせたことについては、本当にそこまで一人にさせることになるとは思わなかったから。
つまりは「うっかりしていた」だけだと思うが、その点については考えると悲しいので、考えないことにする。
それはさておき、私を想っての行動だということは分かったので、次の瞬間、私が「全然気にしてないよ」と言うことは至極当然なことであるわけで―――でも、
「――もう! すっごくさびしかったんだから!」
異変が起こった。
私の口は、大声で不満を訴えていた。
――――あれ? 何で?
「初めてきたばしょだったんだからどこに行ったらいいかもわかんないし! そのうえ一人ぼっちで!」
……いや、違う。私はそんなことを言おうとしたんじゃない。
気にしていないと言おうとしたのに、間違いなくそう言ったのに。
私の口は、確かに両親を責めるようなことを言い続けている。
それは、例えば好きな人を目の前にすると、緊張で言いたいことも言えなくなるとか。
逆に素直になれなくて突き放したことを言ってしまうようなこととは違う。
もっと何か、自分が自分以外の者に操作されているかのような、私の意思とは無関係に喋らされているかのような、そんな感じだった。
「ううーー……」
何故か半泣きでうなっている。
おかしい。今の私は泣きたい気持ちになんかなっていないのに。
すると、父は私を抱き寄せて、耳元で「すまない」と囁いた。
――――――っ!!
猛烈な違和感と、どうしてか嫌悪感が沸いてきた。
だけど、その表情は私の意思とは無関係に緩み始める。
それどころか父の胸に顔を押し付けて、その背中に手を回す。
……吐き気がした。
続いて聞こえてくるのは母の声。
「もう機嫌直して、ね? ほら、この前買ってあげたのよりうんと大きな三段アイスを買ってあげるから」
またしても違和感。
今度は嫌悪感を抱かなかったが、これもまた有り得ないような事象に思えた。
やがて、その正体を突然理解する。
ああ、そういうことか。
理解し、改めてその自分を見ると、今より遥かにものが分かっていない幼い少女だということが分かった。
でも、その方が無邪気で、自分ながら何だか可愛いものだと少し笑ってしまった。
「パパ、ママ。私あれに乗りたい!」
先程までの不機嫌さはどこにやら、元気な声で、さっきまで空中を舞っていたブランコのような乗り物を指差す。
「ああ、“空中ブランコ”か」
父がそれを見上げて名前を言う。
――そのまんまじゃん。
観ているだけの私はそう突っ込むが、
「カッコいいなまえだね!」
その時の自分はその名前を気に入ったようだ。
――頭オカシイのかこの娘? ……ってそれは私か。
苦笑しながら、その様子を観ていた。
……そう、私の記憶には、確かにこんな情景があった。
誰にでもある、両親との――大好きな人たちとの思い出。
年相応、いやそれよりも幼く見える、満面の笑みの私が―――確かにそこにはいたのだ。