19.一騎当千
兵士の果敢な突撃に全員の視線が集中する。それは、彼には大変残念なことだが、神業の如く十五本の矢を剣で折ったメイドに一矢を報いることへ注目が集まったのではなく、機巧人形がどうやって彼の剣を折るのかを刮目して見ているのだ。
ジークリンデは身じろぎ一つせず、自分の剣が兵士の剣に当たる距離まで引き付けると、体を右へ回避してから左へ回転させ、左手のサーベルを上方向に払って兵士の剣を折り、右手のサーベルの腹で目の前を通過する兵士の背中を叩いた。
だが、それはスローモーションを見ていて把握できる動きであり、実際は剣がぶつかる金属音が耳に届き、折れた剣が宙を舞い、兵士が剣の下半分を持ったままうつ伏せに倒れ込む姿をジークリンデが見届けているように見えただけだ。
今度は、ジークリンデの後ろから、兜と鎧で身を固めた兵士が剣を振りかぶって無言で襲いかかる。
ところが、彼女は動かない。気付いていないのか。兵士は『しめた』と思って後頭部目がけて剣を振り下ろすと、シニヨンの青髪と黒いドレスが消え、剣が空を切る。
次の瞬間、視界の左にメイド服が見えたと思ったら、首に近い背中の部分に衝撃を感じた。兵士は背筋に悪寒が走る。この衝撃は剣身の腹で鎧を叩かれたためのもので、何時でも首を刎ねることが出来るという意思表示だ。
予告通りに一人目の兵士の剣は折られ、二人とも鮮やかに討ち取られた。しかも、メイドの動きは目にも止まらぬ速さだ。
こうなると、不意打ちを狙うしかない。
ジークリンデは二本のサーベルを斜め下に構える格好で、正面にいる相手の動きをジッと見ている。その隙に、左右にいた二人と前後にいた二人が目配せをして、見つめられている正面の兵士が剣を振り上げて斬りかかるを合図に、残りの三人が無言で雄牛の構えを取って突進した。
四方から攻撃を受けるジークリンデは、右斜め前へ瞬時に移動して、正面の兵士の剣を左手のサーベルで弾き飛ばし、右手のサーベルの腹で兵士の背中を叩く。
残りの三人は、このまま突っ込むと同士討ちになるので急停止したところを、次々とサーベルで叩かれた。その動きの速いこと。人間では不可能な速さだ。
たちまち、兵士の間に厭戦ムードのようなものが漂い始める。しかし、大将や伯爵が見ている手前、怖じ気づいているところを見せるわけにはいかない。なので、次々と兵士は――半ばやけくそで――ジークリンデに剣を振り上げて突進していく。
何をやっても目にも止まらぬ速さで躱され、剣を弾かれ、はったりを噛ましても見破られて、背中や脇腹や腕をサーベルの腹で叩かれる。手加減しているのは見え見えで腹が立つが、手も足も出ない。
こうして、最後の一人の剣が折れて宙を舞い、九十番勝負はジークリンデの全勝で終わった。
レオンもニナも、一騎当千のジークリンデを見て、彼女が入隊すれば第4小隊と第5小隊、さらには家族の無念も晴らせると喜んだ。
ハロルドは、手放しの喜びようで、頭の中は伯爵との交渉の想定問答で一杯になっていた。
アダルヘルムは兵士の心が折れることを心配し、伯爵からジークリンデを軍隊に配備する命令が下るのを恐れた。
そんな中、ニーダーエスターマルク伯爵は満足げな表情で切り出した。
「ハロルド・ズルツェンバッハには、後ほど機巧人形の契約に関する文章を送る。事前に申し出のあった条件とは少し変えておるが、余が出す条件を飲んで欲しい」
これにはハロルドも顔に不安の色を浮かべたが、すぐに頭を下げて気付かれないようにした。伯爵が条件を変えたとなると、分割払いとか、魔人討伐の成果に基づく支払いとか、いろいろ頭の中に浮かんでくるが、金払いが良いとの噂でこの国へ移住したので、別の条件なのかとハロルドは気がかりで仕方ない。
空中に浮かぶ丸鏡が消えると、アダルヘルムが諦め顔をハロルド達へ向けた。
「討伐隊編成の責任者には、こちらから人形のことを伝えておくので、ミッテルベルクへは明日の朝に行って合流して欲しい」
言い終えると、彼はハロルドの返事を待たずに背を向けて兵士達の方に向かって歩き始めた。途中、ハロルドのいる方へ戻ってくるジークリンデとすれ違ったが、彼は一瞥もしなかった。
ジークリンデが凱旋すると、ハロルドは満面に笑みを浮かべて労をねぎらい、レオンとニナは拍手を送った。
「ジークリンデ。大鎌の披露を、よく耐えたな」
「はい。手加減が難しいので、今回はやめました」
ハロルドの「大鎌」の言葉にレオンは耳を疑った。
「大鎌って、あの大鎌ですよね? まさかサーベルみたいに手から出て来るのですか?」
「いや、肩から出て来る」
ハロルドは背伸びをしてジークリンデの右肩をポンポンと叩いた。
「そこではなく、肩甲骨の辺りです」
「おお、そうだった」
ジークリンデに間違いを指摘されたハロルドが補足する。
「可動範囲が広い大鎌が二本あって、お前さんの身長の倍は楽に伸びて、サーベルと独立した動きが出来る。腕が四本あるようなものだ」
「そんな大きなものがどうやって体の中に入っているのですか?」
目を丸くするレオン達を見て、ハロルドは悪戯っぽく笑う。
「手品か魔法か、どちらだと思うかね?」
「……手品ですね。おそらく、折りたたみ式の大鎌とか。サーベルもそうではないですか? 曲がる腕にあんな長い真っ直ぐの剣が入っているわけがないですから」
ハロルドが小さく拍手をする。
「詳細は極秘だ。誰が聞いているか分からないからな」
そう言ってハロルドの目は、近づいてくる衛兵の方を向いていた。