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18.神業

 これからジークリンデが具体的に何を始めるのか聞いていないレオンは、ニーダーエスターマルク伯爵やニナと同じく期待に胸を膨らませる見物人の立ち位置ではあったが、心中は穏やかでない。


 なにせ、ジークリンデが戦っているところを見ていないし、治療しているところも見ていない。それでいてアダルヘルム・エバーハルト大将を前にして、さもこの目で見たかの如く言い放ったのだ。


 これが期待外れな結果に終わったら、大風呂敷を広げたハロルドの片棒を担いだ大嘘つきになり、尻を蹴られて追い出される程度では済まされないだろう。下手すると、詐欺行為を働いたとして訴えられ、連座して投獄も覚悟しなければならない。


 レオンは心臓の鼓動が高鳴り、震えが止まらない。期待通り、出来ればそれ以上の演技(パフオーマンス)を見せて即座に契約の許可が下りて欲しいという気持ちと、失敗したらこの場からどうやって逃げだそうかという気持ちが交錯する。まさに期待と不安の錯綜。


 一方、ハロルドは口元に笑みがこぼれていて、もう伯爵がジークリンデを身辺警護も出来る小間使いとして買い上げることを確信していた。彼は、レオンの提案――討伐隊への参加――は機巧人形(オートマトン)の能力を買い手に印象づける絶好の機会としてしか捉えていなかったのだ。



 ジークリンデが兵士の横列の中心から5メートルくらい離れたところに立つ。シニヨンの髪型の青髪に白いヘッドドレス、190センチメートルを越える体躯を包む肩が露出した短めの黒いワンピース、白いエプロン、白いニーソックスのメイドが、鍛え抜かれた肉体の男達の前で一礼し、サラッと恐ろしいことを口にした。


「十人でも二十人でも弩弓を使って、どの位置からでも構いませんから、私に矢を放ってください」


 兵士らは白雪の肌、形の良い眉、琥珀色で切れ長の双眸、桜色の唇に見とれていたので、言葉の意味を理解するのに()があった。彼らがざわざわし始めるとアダルヘルムがジークリンデを指差す。


「第1中隊で弩弓を使える者はその女を取り囲み、一斉に弓を射ろ。仲間に当たらないよう、確実に女を狙え。他は隊列を崩して良いから、万が一に備えて後ろに下がれ」


 しかし彼らは顔を見合わせて動こうとしないので、アダルヘルムがややキレ気味に補足した。


「そいつは人形だ! 当たっても死なないぞ!」


 そう言って、にやけた顔をハロルドへ向ける。


「壊れるかも知れないがな」


 十五人の兵士が弩弓と矢を取りに兵舎へ戻り、他は10メートルほど後方へ退いた。


 ジークリンデが敷地の真ん中へ移動し、十五人がその周囲を等間隔にグルリと取り囲む。彼らは向かいの仲間に当たらないよう、矢の向かう先はメイドになるよう慎重に構えた。一方のジークリンデは、周囲を見渡して兵士達の位置を確認する。


 ところが、誰もが構えた弩級をゆっくりと下ろす。やはり、人形とは言え、鎧も着けていない生身の一般人に向かって攻撃を加えるようで躊躇しているのだ。


 所詮人形と思っているアダルヘルムは業を煮やして、大声で号令を掛けた。


「構え!」


 兵士はバラバラと構える。すると、ジークリンデの両腕が体の側面から離れて斜め下を向いたかと思うと、突如として両手の先からサーベルが現れた。動揺した弩級隊は体まで揺れる。それはアダルヘルムも同じで、あの腕のどこにサーベルを隠し持っていたのか、手品でも見せられているのかと、驚いて妙に長い()が出来た。


「放て!」


 やっと下された命令に、兵士達がバラバラと矢を放つ。十五本の矢がメイドを容赦なく襲う。


 と、その時、ジークリンデが目にも止まらぬ速さでスカートを翻しながら体を回転させた。


 彼女の回転が停止すると、無残に折れた十五本の矢が周囲に落下した。


「皆様が同時に弓を射ると1回転で済んでしまうので、意図的に時間をずらしたのではないかと想像いたします。そちらとそちらと、そちらと、あとそちらの方の矢が遅れたので3回転することになりました」


 呆けている十五人のうち前後左右の四人にサーベルを向ける無表情のジークリンデは、言葉を続けた。


「次は、何人でもどこからでも構いませんので、剣で斬りかかってください」


 すると、アダルヘルムが挙手をする。


「ちょっと待て。真剣では怪我をする。木剣にしろ」

「いいえ。(わたくし)は剣身の腹の部分を相手に当てます。怪我がないように細心の注意を払いますが、ご心配でしたら鎧の着用をお勧めいたします。さらに、相手の剣を全て折ってしまいますので、折れてもいいような剣をお使いください」

「全員の剣を折られると出費がかさむ」

「では、何人目とご指定ください」

「なら……最初と最後に斬りかかった二人だけにしろ」

「承知いたしました」

「くれぐれも怪我をさせるな」

「承知いたしました。その代わり、(わたくし)の剣身が当たった方は、他の方に斬られないように逃げてください」


 兵士達はざわざわと声を上げたまま動こうとしないので、アダルヘルムが「全員、その女と一本勝負するつもりで臨め」と指示を出す。それから、ハロルドへ渋い顔を向けた。


「今から九十人が相手をするが、あの人形は持ちこたえられるのか?」

「問題はございません。五百人でも千人でも相手が出来ます」


 ハロルドは控えめに語るが、内心はジークリンデの実演前から勝利が見えているので小躍りしたいはずだ。


「やはりそうか……。動力は何を使っておる?」

「マナでございます」

「なら、マナがない場所では動けなくなるのだな?」

「左様でございます。それは、飲まず食わずで戦闘を続ける人間と同じ結果になります」

「なるほど。それが弱点か」

「はい。マナを補給出来ない場所に閉じ込められますと、さすがに無理でございます」


 レオンは、ジークリンデだけではなくニナの弱点にも気付いた。それはニナも同じで、彼女も耳をそばだてた。


 ――マナが補給できない場所では動けなくなる。


 空気中の酸素のように何時でもどこでも補給できると高をくくっていると、酸欠状態と同じマナの欠乏状態で足をすくわれるのだ。


 だが、なんら弱点のない天下無双の機巧人形(オートマトン)はあり得ないだろう。一度は異世界最強の力を手に入れたレオンでも、自分に何も弱点はないと思わなかった。しかし、ハロルドは自ら開発した機巧人形(オートマトン)の弱点を晒したものの、それを克服してやろうと決意する。研究者の飽くなき挑戦の決意を澄んだ目に浮かべるハロルドを見て、レオンはこの老人は完璧な機巧人形(オートマトン)を本気で作り上げるのではないかと薄ら寒さを覚えた。


 レオンは上空の丸鏡に投影されているニーダーエスターマルク伯爵の表情を伺うと、すでに満足げな顔をしている。それはハロルドの表情に似ていた。


 一方で、レオンと同時に伯爵の顔を見たアダルヘルムは、苦虫を噛み潰したような顔になった。


 一対一では負けるのは必須。前後から同時に斬りかかるとか、人形が足を滑らせる等のアクシデントに見舞われて、何とか兵士が一本取ってくれないだろうかと彼は切に願う。


 兵舎から兜と鎧――プレートメイル――を着用して剣を携えた兵士達がゾロゾロと現れた。中には兜も鎧も着用しない者までいるが、何か策を巡らしているのかも知れない。


 彼らは、ジークリンデを幾重にも取り囲む。


 アダルヘルムが手を上げる。


「構え!」


 挑戦者達は、バラバラと剣を構える。中には恐れを成している者もいるだろうが、大将を前に、何よりも伯爵を前にしては剣を構えざるを得ない。


「始め!」


 アダルヘルムの号令に、ジークリンデの正面にいた兜も鎧も着用していない兵士が、頭の高さに持ち上げた剣の切っ先をジークリンデに向ける雄牛(オクス)の構えを取り、雄叫びを上げながら突進した。

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