17.大将の思い
竜車が辺境伯の宮殿の前に横付けになると、若い衛兵がやって来たので、ハロルドが用件を告げる。事前に話を聞いていたらしい衛兵は降車を許可したが、車内の人間を見渡して小首を傾げた。
「どれが機巧人形なのか?」
ハロルドが無言で御者台の上を指差すと、衛兵は口をポカンと開けて急に笑い出した。
「あの女が? 冗談も大概にしろ」
「じゃあ、どれが機巧人形だと思うのかね?」
衛兵は残りの三人を見て、レオンを指差す。
「彼ではないのか?」
「なら、手を握ってみるとよい」
衛兵はレオンの手を握り、次に御者台から降りたジークリンデの手を握った途端、目を丸くして手を引っ込めた。
「嘘だろ……」
ハロルドはまるで自分の勝利のように満面に笑みを湛える。
「わしの次の目標は、人間と同じ肌を持ち、柔らかくて体温もある手を持つ機巧人形を作ること。その日は近い。せいぜい楽しみしておくことだ」
まだ信じられない様子で何度もジークリンデを振り返る衛兵を先頭に、ハロルド達四人は宮殿の横を通って練兵所へ案内された。
広い敷地では、数十人の兵士が二人一組になって木剣を打ち合い、剣術の練習をしていた。兵士の訓練を見ていたレオンは、衛兵に向かって問いかける。
「討伐隊よりも、こちらの兵士を魔人討伐に充てた方がいいのでは?」
すると、兵士が怒った顔で振り返った。
「ここにいる兵士と同じ数の竜騎兵がいるが、これだけで有事に備えないといけないのだ。魔人討伐にここの兵士を充てたら、今起きている国境紛争で他国から攻め込まれたときに防衛できない」
衛兵の話から、この国は二百名に満たない兵士で守るのが現状のようである。内側で魔人問題を抱えていて、さらに国境紛争があるのなら、確かに百名規模の義勇軍的な討伐隊がいないとやっていけない。
「ここで待て」
衛兵が練兵所の入り口付近に四人を立ち止まらせる。それから、兵士の訓練の様子を歩きながら見ていた上官らしい男の方へ走り寄り、二言三言声をかけた。すると、その男がいったんハロルド達の方を向いて、次に兵士達に向かって「そこまで! 整列!」と訓練の中断と整列を命令する。
兵士が一斉に木剣を打ち合うのをやめて、走りながら二列横隊に整列する。キビキビとした動きで出来た列は波打たず、定規で測ったように真っ直ぐとは見事な統制ぶりだ
衛兵が手招きするので、ハロルド達四人は左側からたくさんの兵士の熱い視線を浴びながら上官の方へ向かって歩く。
上官の服装は、鍔のある黒い軍帽に黒い軍服で、レオンが着用していた軍服に近かった。顔つきはマイヤー騎士長に劣らず精悍で、緑眼の眼光は鋭く、年齢的にはかなり上に思われた。左胸に勲章が5つ以上付いているから、将校クラスかも知れない。
ハロルドは、にこやかな顔で上官に握手を求めた。
「これはこれは、アダルヘルム・エバーハルト大将。お久しぶりでございます」
「錬金術師がまた伯爵を通じて軍隊に口を出しおって」
アダルヘルムは握手をせずに威圧的な目つきで出迎えるが、ハロルドは媚びる様子を変えずに答える。
「とんでもございません。わたくしめは自慢の機巧人形を採用していただくことで、より一層の――」
「我々少数精鋭の軍隊に機関人形など要らぬ。魔人騒ぎに便乗する商売上手なお前は、まさに錬金術師だ」
「前回はお話だけで終わってしまいまして、ご高覧に供せず至極残念でありましたが、今回はニーダーエスターマルク伯爵が直々に――」
「直々に実戦に使えるか見たいということだろうが、仮に伯爵が採用を許可しても、このエバーハルトが許可しない」
「いえ、こちらの兵団に所属させることまでは希望しておりません。討伐隊への参加で結構でございます」
アダルヘルムが片眉を上げて首を傾げる。
「討伐隊は今回の魔人討伐の役目が終わったら解散する。そんな臨時の集団に投入する機関人形に巨額を払うのか?」
「…………」
「金を払ったから軍隊に置いておけって話になることを期待しておるのか? 置けたらまた次の人形を売りに行こうと画策しておるのか? お前の錬金術には騙されんぞ!」
押され気味のハロルドに居た堪れなくなったレオンが助け船を出す。
「今回披露する機巧人形は、戦力になるだけではなく、怪我人の治療も出来ます。つまり、兵士でもあり軍医でもあります。最前線に立たなくても、活用できる場があるのではないかと――」
「人間と人形が一緒に戦うこと自体馬鹿げていると思わんのか? それに、人形に人間の治療をさせるなど、危険極まりない」
「いいえ、治療は危険ではありません。こちらの少女は瀕死の重傷を負いましたが、治療したのは機巧人形です」
「出任せを言うな」
「…………」
確かに、レオンは治療の場所に立ち会っていないので言い返せない。助け船のつもりが、かえって火に油を注ぐ結果になっていく。焦るレオンは深呼吸をして心を落ち着かせた。
「出任せではございません。まずはご覧に入れますので、それからご判断いただけないでしょうか?」
「…………」
今度は、アダルヘルムが無言になった。苛ついているのがよくわかるが、自軍の兵士の前でそれを見せるのは控えているのだろう。
「まあ、今回は伯爵がお決めになったことだから、とりあえずは見てやる。ところで、人形はどこにおるのか?」
アダルヘルムがハロルド以外の三人を順繰りに見渡すが、最終的にはレオンの方で視線が留まった。
「まさか『この私です』なんて言い出さないだろうな?」
「いいえ。こちらです」
レオンがジークリンデを指差すと、アダルヘルムが吹き出した。兵士達もつられて笑っている。
「この小間使いがか? しかも、兵士相手に戦うだと?」
「はい」
「こんな女だとは聞いていなかったぞ。伯爵の怒りを買う前に立ち去れ。今すぐにだ」
慌てたハロルドが二人の間に割って入る。
「お待ちください、アダルヘルム・エバーハルト大将。ニーダーエスターマルク伯爵はこの者が機巧人形であることはご存じです」
「それは誠か?」
「はい、左様でございます」
「……まあ、こちらも伯爵に人形が男かどうか聞かなかったのもいけないが」
「まずは、この者の戦力がどれほどのものかをご覧いただいて、お気に召さない場合はわたくしめも引き下がります」
と、その時、兵士の横列の上に直径1メートルほどの魔方陣が出現し、それが丸鏡のような物に変化した。その鏡が急に暗くなると、銀髪碧眼の壮年男性の顔が現れた。
「そろそろエバーハルト大将が納得する頃かと思って余は参ったが、どうじゃ? そろそろ始めてはもらえぬか?」
上空を見上げた兵士達は、丸鏡に写る人物に向かって胸に右手を当てて敬礼し、アダルヘルムも同じ姿勢を取った。
「ニーダーエスターマルク伯爵。この女がそうだとこの者どもが申すのですが――」
「女であることは、余は手紙で知っておった」
「そうでございますか……」
アダルヘルムは、なぜ教えてくれなかったのだと言いたげな顔をしている。
「前にこの者が売り込みに来たときも女であることはご存じだったのでしょうか?」
「いいや。単に、機巧人形の話を聞いただけで、性別までは聞いておらなかった」
「女でもよいのでしょうか?」
「力があれば男でも女でも構わぬ。違うか?」
「……御意にござります」
「さて、実際に戦うところを見るのが楽しみじゃ。さあ、早く見せてみよ」
伯爵が言い終えると、ハロルドはジークリンデを見上げて微笑んだ。
「さあ、あれを見せてやれ」
「承知いたしました」
無表情のジークリンデがハロルドへ一礼すると、ゆっくりと兵士達の方へ歩いて行った。