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16.直談判

 翌朝、宿屋を出たレオンとニナは、目の前に横付けされた竜車に乗り込み、中にいたハロルドに丁寧に挨拶した後、宿代から食事代まで全て支払ってくれたことに感謝の意を述べた。


「ここまでしていただいて、何とお礼を申し上げて良いのやら」

「いやいや。むしろ、今回の彼女の手術によって、行き詰まっていた2号機の製作に大きな前進があったのだから、感謝するのはわしの方。だから、気にせんでもいい」


 ニナを全身義体化することが機巧人形(オートマトン)製作の推進に役だったようだが、取りようによっては、ニナが実験台になったかのようにも思える。レオンはその辺りに探りを入れようとしたが、ハロルドは言葉巧みにはぐらかしたので窺い知ることは出来なかった。


「2号機も戦闘型なのですか?」

「もちろん」


 ここでレオンは、マリア・アイーダの日記にあった『ハイリゲンヴァルト公国の兵士の不足をオートマトンで補おうとしている』という記述を思い出す。しかし、今のハロルドはニーダーエスターマルク辺境伯領に移住している。これは、ハイリゲンヴァルト公国――帝国側に付いて戦った国――が資金難で最終的に商談が成立せず、中立国で戦費にお金を使っていなかったこの国に移ってきたのではないだろうか。


「戦闘型の機巧人形(オートマトン)が何体もあると、軍隊は心強いでしょうねぇ」

「そりゃそうだ。戦局がガラリと変わる」

「なるほど」

「しかし、この国の頭が固い連中は兵士が人間であることに固執して、機巧人形(オートマトン)をおいそれとは採用しない。自分達が職を失うことを恐れているからだ。戦争は機械に任せて、自分はゆっくり戦況を眺めていればいいものを」


 ハロルドは、レオンなら自分の考えを理解してくれるだろうと、今後のアイデアを披露した。


 次に予定している3号機は機巧人形(オートマトン)を製造する機巧人形(オートマトン)であること。それは、自分を複製する機能を持つ機巧人形(オートマトン)であること。だから、自己増殖して倍倍ゲームの如く増えていくことも。


 レオンは、異世界でもこのような発想をする人物がいたことに驚きを隠せない。そもそも戦闘型機巧人形(オートマトン)を作ること自体、レオンが元いた世界では未来の話であって、それを今この町で実現していることは驚異的である。目を輝かせて話に夢中なレオンを前にして、ハロルドはより饒舌になっていく。


 だが、聞けば聞くほど現実から乖離していることに気づいた。自分が有する技術を使って商品化して販売するに当たり、いろいろと直面する問題点に目をつぶって右肩上がりの成長を夢見ているのと同じだ。


 人並み外れた技術力を持つハロルドが一種の夢想家に見えてくると、レオンも熱が冷めていき、目の前で身振り手振りを交えて熱弁を振るう老人に問題点を気づかせてあげたくなった。


「……という感じで、この国はたちどころに新規の1個大隊を有することになる。これは素晴らしいことではないか?」

「それだけの資材があればの話ですが」

「資材の数なぞ、軽量化である程度は対応出来る」

「それでも1個大隊となると、この国は膨大な軍事予算が必要になりますね。払えるのでしょうか?」


 このレオンの発言が地雷を踏んだらしく、笑顔が消えたハロルドは眉間の皺が倍に増えた。


「……お前さんはわしの考えにケチを付けたいのか?」

「いえ、ちょっと気になったもので」

「みんな、お前さんのようなことを言う。判で押したように」

「…………」

「だが、生身の兵士が戦争に行って金に換えられない命を落とすよりも、機巧人形(オートマトン)を作って戦争をする方が賢いことは明らか。戦争が始まって気付いたときには、すでに遅いのだ。人間は生まれてから兵士になるまで十数年もかかる。機巧人形(オートマトン)はそれが一日で済むのだぞ」


 言い終えると、ハロルドは深い溜め息を吐き、車窓の枠に左肘を突いて手に顎を乗せた。



 実に長い間、気不味い沈黙が流れる二人の左横でニナは外の単調な景色を眺めていたが、何かに気づいたらしく、レオンの左袖を引っ張った。


「どうした?」

「道が違う。ミッテルベルクに向かっていない」


 ニナの見ている景色を確認したレオンは、確かに見たことがない家々が田園風景の中に点在していることに気づく。


「この竜車はどこに向かっているのですか?」


 今頃気づいたのかとハロルドは一瞬だがニヤリと笑ったものの、すぐに不機嫌な顔になった。


「エルステシュタット」


 それはニーダーエスターマルク辺境伯領の首都と言うべき城郭都市。辺境伯の宮殿がある場所だ。


 町の名前でこれから行く目的が分かるだろうと思っているのか、ハロルドはそれ以外何も言わずに二人の表情を観察する。


「もしかして、いきなり辺境伯へ売り込みに行くのですか?」

「当然。討伐隊の申請にミッテルベルクへなんか行くのは時間の無駄。あそこには下っ端の役人しかいないはず。そいつらに3000タレルでどうだなんて言おうものなら、老いぼれが気でも狂ったのかと追い出されるまで」

「いつ話を付けたのですか?」

「お前さん達が帰ってから。フクロウ便でこちらの条件を送ったら、即返事をよこしてきた」

「先方――辺境伯はなんと?」

「模擬戦を行って、実際に見てから決めるので、ジークリンデを連れて来いと」



 エルステシュタットの堅牢な城郭が見えてきて、衛兵にジロジロと車内を見られてから立派な門をくぐり抜けた。


 町の喧騒に迎えられ、人間や亜人が大勢行き交う通りの様子をレオンとニナは御上りさんの如く食い入るように見る。


「他の国は、帝国を除いて、ここまでは賑わっておらん。みな、戦後の復興に忙しいからの」


 ハロルドは窓の外を左端から右端まで見渡し、大袈裟に肩をすくめる。


「この平和を享受している市民が大勢死ぬのだぞ。戦争になったらすぐにな」

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