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13.協力要請

 翌朝、起床したレオンの着替える音でニナが目を覚ました。


「練習行くの?」

「ああ。起きてくれて良かった。戸締まりをお願いしようと思ってて、まだ寝てたら起こそうかと思ってたところ」

「今日、体の調整があるから」

「知ってる。ジークリンデが来るんだよな?」

「うん」

「ジークリンデによろしく」


 剣を携えたレオンは片手を上げて「それじゃ」と部屋を出て、練習場へと向かった。



 討伐隊のメンバーが数名練習しているのを横目に、剣の素振りの練習から始まり、目の前に仮想の敵がいることを思い描いて、様々な角度から剣を振り下ろす。


『動きが鈍い。こう振り下ろしたら、次はこうやって』


 自分なりに殺陣の動きを考えて、剣を薙ぐ。太刀風とまではいかないが、剣を鋭く切るときの風の音が心地よく、自分が剣豪の卵にでもなったかのような錯覚を起こす。


「全然なっていない」


 気持ちよく剣術の練習をしているところへ水を差す指導者ハンスの言葉が背中を叩く。


「全然?」

「格好を付けて振っているだけ。相手を斬る覚悟がない」


 頭だけ振り返ったレオンを見て、兜を脱いだハンスは眉間に皺を寄せながら近づいてくる。相手がいないからやりにくいという言い訳を飲み込んだレオンは、ハンスの次の言葉を待つ。


「芝居で剣を振っているのと同じ()(ぬる)さだ。剣に殺気がこもっていないから、相手は自分に向かって剣を振られても怖くはない。嘗めてかかる。結局、優位に立った相手に敗北を喫する」


 理屈は分かる。でも、頭の中に描いているのは実写やアニメなど、テレビで観た殺陣の場面。それ以上のことは知らない。


「俺は木剣を使う。お前はその真剣でいい。それでかかってこい」


 ハンスは兜を装着して、木剣を構える。レオンは真剣の柄を握りしめて、中段の構えを取る。


 しかし、竜騎兵の中の下の兵士が、一応は魔人を倒しているものの所詮は素人のレオンの剣を木剣で軽く受け流す。普通なら「危ない」と避けそうなものを、切れない剣でも振り回しているようにしか見えないのか。


「分かった気がする。俺の剣が怖くないから、木剣でずっと相手しているってわけか」

「当たり前だ。これでよく、シュネーベルクから帰って来れたな」


 瞬間湯沸かし器の如く怒りが沸点に達したレオンは、手を休めているハンスに抜き胴をお見舞いする。鎧がカーンと音を立てて、ハンスが仰け反った。レオンは、ハンスの背後に回り、鎧の背中に向かって剣を振り下ろすと、またカーンと音を立てた。


「こうやって魔人を一人倒した。だから帰って来れた」

「急に危ないだろ!」

「どうやって倒したかを実演したまで。あんたは鎧だから大丈夫だと思った」

「…………」

「素人相手に油断はしていないと思ったが」

「なら、もっとかかってこい」


 それからハンスは、一本お見舞いされた敵討ちを十分果たす。


「五回は死んだな」


 屈辱的敗北を喫したレオンは、地面の上に仰向けに転がり、青空に向かって悔し涙を流した。


「今、討伐隊の募集を再開した。採用が終わったらお前ら二人の所に入れて第5小隊を復活させる」

「第4小隊は?」

「それも募集中」


 レオンは起き上がって、そばに落ちた剣を拾う。


「帝国の支援はないのか?」

「ない。辺境伯が帝国と交渉中だが、中立をやめれば考えてもいいという条件に苦慮されているらしい」

「辺境伯はどうするつもりだ?」

「わからん。ただ、昔から中立を頑なに守ってきたから、決裂するだろうな」

「決裂したら、帝国の支援抜きで魔人と全面戦争になるが、勝算は?」

「ない」


 ハンスは即答し、レオンに対して諦めの表情を見せる。


「俺みたいな素人集団の討伐隊じゃ、訓練している間に犠牲者が増えるだろうな」

「剣術は一朝一夕で身につかぬ。それなのに、上は鍛えろって言うだけだ」


 そこで言葉を切ったハンスは『出来るわけないだろう』という気持ちを溜め息に乗せた。


 帝国の支援がないまま各地で魔人が殺戮を繰り返したら、領民が恐怖のどん底に突き落とされる。意地の張り合いをやめて互いに手を結ぶことを決断するようにと、レオンの地位の人間が大声を上げて進言したところで聞く耳を持っているだろうか。


 その時、レオンはふとあるアイデアを思いついた。


「討伐隊の志願は推薦でもいいか?」

「本人が来ないとダメだ」

「わかった。説得する」



 練習場を後にしたレオンは、ニナの部屋へ戻る。それは、アイデアを相談するためだった。


 早く相談したいため部屋の扉をノックせずに勢いよく開けて部屋に足を踏み入れたレオンは、体が固まった。


「あっ……」


 部屋の中では、ベッドの上に腰掛けて全裸でこちらに体の正面を向けるニナと、彼女の背後で座って何かをしているジークリンデがいて、二人が同時に目を向けた。


 初めて見る術後のニナの身体。


 それは鋼の色の肌ではなく、人間の肌にそっくりな色をしている。


 視線で肌をなぞると、成長途中の少女の体型が子細に再現されていることが分かる。デッサン人形みたいな肩や腕の関節部分がなく、生身の人間と見紛うほどだ。


 全身義体というとロボットみたいな関節を持つ体型のイメージがあり、長袖長ズボンはそれを隠すために着用しているという先入観があったから、ニナの服の下をデッサン人形のようだと想像していたが、それは完全に覆されてしまった。


 いや、そんなイメージの訂正を頭の中で処理している暇はない。


「ご、ごめん! まさか調整中とは――」


 急いで謝罪をするレオンの顔に、ニナが投げた枕が見事に命中する。


「見んな! 馬鹿!」


 慌てて退室して扉を閉めたレオンは、みるみる頬を染め、顔が火照るのを感じながら酒場へ走った。



 酒場で軽く朝食を取ったレオンは、ニナの裸体が瞼に焼き付いて離れられない。少しなで肩、形の良い双丘、女性にしてはやや太い腕と太腿。


『激おこだよな。……どうしよう。相談しようと思ったんだが、話を聞いてくれるかな?』


 1時間ほど悶々としていると、客が増えてきて狐頭の女店員がしきりにこちらを見るので、レオンは酒場を退出した。


 重い足取りで部屋に向かい、扉をノックすると、ジークリンデが現れた。彼女は背が高いので扉の上の方に顔があり、シニヨンの青髪とその上に乗っている白いヘッドドレスが見えないほどだ。黒いメイド服は昔と何も変わらない。


「レオン・マクシミリアン様。貴方様が好色漢であることは先ほどの行いで十分証明されたものと(わたくし)は判断いたしました。まだニナ・マッハお嬢様が全裸でいらっしゃることを期待されての二度目の来訪かと思いますが、さすがに同じ手口を使いますとお嬢様の鉄拳を顔に受ける可能性があり、その覚悟が出来ていないので扉を叩いて中の反応を窺ったと思われますが――」

「もういい、ジークリンデ。早い話、ニナの調整は終わったのか?」

「はい。少し前に終わりまして、これからドリッテシュタットへ戻ろうかと思っておりました」


 レオンは、「間に合った」と呟いてにこやかに笑った。


「なあ、ジークリンデって、元は戦闘型機巧人形(オートマトン)だよな?」

「はい。今でもそうでございます」

「マジで?」

「はい。まじ、でございます」

「それは都合が良い。てっきり、医者の助手だけかと思ってたから安心した」

「なぜでございましょうか?」

「治療以外に頼みたいことがあるからだ。聞いてくれるか?」

「何でございましょうか?」


 レオンは、深々とジークリンデに頭を下げた。


「お願いだ! 討伐隊に入ってくれ!」


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