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12.誤解

 竜騎兵の護衛でミッテルベルクの町へ戻ったニナとレオンは、群衆が自分達に向ける視線を避けるようにしてニナが宿泊している宿屋へと向かう。部屋まで送り届けたレオンが帰ろうとすると、ニナは「一緒にいて欲しい」とレオンの腕を掴む。


「女の子の部屋に男がいてはまずいだろ」

「怖いから一緒にいて」


 魔人を屠り、シュナイダー達の包囲を突破したニナには恐怖心がないように思えたが、この部屋で寝起きをともにしたゾフィーが死んだ今、一人で寝ることが怖くなったのだろう。ゾフィーの生首を思い出してしまったレオンの方も、第4小隊や村人達の殺害現場を連鎖的に思い出してしまい、背筋に悪寒が走る。


 宿屋の他の部屋が空いているので、ブリュッケン村に派遣された討伐隊は戻ってきていないようだが、シュネーベルク村の惨劇はまだ情報が広まっていないだろうから、帰還したらニナを質問攻めにするはずだ。困惑顔のニナを想像すると『守ってあげないと』という気持ちが湧いてくる。


「わかった。いてあげる」

「じゃあ、まずは約束通り――」


 そう言ってニナはレオンの頭を軽くコツンと叩く。十分手加減したはずだが、レオンは激痛で頭を抱えて(うずくま)った。


「何すんだよ!」

「あの時、ぶん殴るって言ったよ」

「……ああ、あれか」

「そう、あれ」

「嘘を言って悪かった」


 レオンは平謝りに謝る。


「マリアばあちゃんが黒髪の人は遠い所から来たって言ったとき、うちはそれを地の果てだと信じたんだけど、あの時、なんで否定しなかった?」

「異界から来たと言ったら、信じてもらえないと思ったからだ。異界も地の果て並みに遠いところだから、まあ間違いではないだろうと」

「なんで、異界から来たの?」

「帝国に(えん)()という召喚士がいて、俺の意志に反してこの世界に召喚されたんだ」

「エンマ様でしょう? 知っている」

「ニナも知っているとは驚きだ」

「知らない人がいる方が驚きだけど」


 ニナは槍を壁に立て掛けてベッドに体を投げ出すと、ベッドがミシッと音を立てた。


「もしかして、ドロテアも知っているのか?」

「ドロテア様でしょう? 呼び捨てにすると帝国の衛兵や竜騎兵にしょっ引かれるよ」

「みんなそう言うんだよなぁ。あんな猫がって思うんだけど」

「そんなこと口にしたら首を刎ねられるよ」

「まるで見たことがあるような」

「そりゃあ、あるさ」

「どこで?」

「ミッテで」

「行ったことあるのか?」

「行ったって言うかなんて言うか……」

「ん? まさか、ニナって、いや、マッハ一家って帝国の関係者だったりする?」


 ニナが深い溜め息をついて、床に目を落とした後、ゆっくり顔を上げた。


「父ちゃんは、帝国の宮廷魔導師だったんだ」

「マジで!?」

「戦争反対論者で、戦争が始まった時、中立国のニーダーエスターマルク辺境伯領に一家で亡命して、身分を隠して農民になっていたわけ」

「なるほど。だから、三つ子にあんな能力があるんだ」

「それはどうだか。偶然だと思うけど」

「なんで?」

「だって、うち、なんも能力ないもん」


 ニナの寂しそうな顔に、レオンは自分の不用意な発言を反省する。


「ごめんな。変なこと言ったみたいで」

「いつものことだけど」

「うっ、エアーで殴られた気分」


 と、その時、開いていた窓から突然に部屋の中へ白いフクロウが入ってきて、床に薄紫色の角封筒を落とすと旋回して去って行った。レオンが角封筒を拾うと、表に宛名も何も書かれておらず、裏には赤い封蝋が押されている。いつもの魔法の手紙だということは簡単に予想が付いた。


「ニナ。手紙が来たぞ」

「うち宛て?」

「ここに来たってことは、おそらくそうだ」

「読んでいいよ」

「これは頭の中で言葉が鳴り響く魔法の手紙だ。やり方を教えるから、自分で読みな」


 レオンは封を切って広げ、ニナに手渡ししてから、読み方を教えてやる。それに従ってニナが紙の上に指を走らせると、


「ジークリンデからだ。体の調整をするから、明日竜車で迎えに来るって」

「なるほど。じゃあ、酒場に行って食い物をもらってくるから、今夜はここで籠城しよう」


 そう言って、レオンは窓を閉める。


「食べたくない。レオンが欲しいものだけ持ってきたら?」

「なら、パンでももらってくるか」


 レオンがそう言って部屋を出ようとしたとき、ドヤドヤと足音が聞こえてきて、ガヤガヤと大人数の声が聞こえてきた。


 どうやら、討伐隊の連中が宿屋に戻ってきたらしい。今ここで彼らに顔を見せる勇気がないので、レオンは扉の鍵を閉め、扉に背を凭れて聞き耳を立てる。


『シュネーベルク村へ向かった奴らが殺されたってよ』

『いや、二人は敵を倒して戻ったらしい』

『よく生きて帰ってきたよな』

『本当は逃げたんじゃね?』


 その言葉に、レオンは心臓がズキンと痛んだ。


『あり得るな』

『でもよ。シュネーベルク村に行った小隊の中に、あの志願者が集まった部屋で剣を素手で折った娘がいたろ?』

『ああ、いたな』

『あんな怪力娘が何もしねえで逃げ帰ったとは思えねえが』

『そうかなぁ?』

『なんだ、信じないのか?』

『所詮は女だぜ?』

『じゃあ、訊いてみるか?』

『その娘の部屋ってここだったよな?』

『いるかどうか、調べてみるか? いたら、話を聞こうぜ』


 ドンドンドン!


 レオンの背中の後ろで扉を叩く音がする。


『おい、誰もいねえのか!?』


 ドンドンドン!


『鍵掛かっているみたいだぞ』


 居留守を使うレオンは、男達が扉を開けようとガタガタ揺らすので気が気でない。


 ところが、ニナは立ち上がり、「どうぞ!」と声を張り上げて扉まで歩いて鍵を開ける。それから、内開きにしてレオンを扉の陰に隠し、自分は廊下に出て行って扉を閉めた。


 ニナは、シュネーベルク村で魔人二人と用心棒一人を倒したが、手強い用心棒が二人いたので逃走したと述べた。


「……という具合だ」

「そいつはすげえや」

「さすがだな」

「だから、魔人はなんとかなっても、用心棒には注意しな。手強いから、無理せず、引くときは引いた方が良い」

「役立つ情報をありがとうよ」


 討伐隊の連中が部屋へ戻っていった後、ニナは素速く扉を開けて、部屋に体を滑り込ませて鍵を閉めた。


「ありがとう」

「誤解は早く解いた方が良い」


 そう言って、ニナは床にゴロッと寝っ転がった。


「どうした?」

「いつもここで寝ているから」

「ベッドで寝ないのか?」

「レオンはそこに寝て良いよ」

「そう?」

「ゾフィーが寝ていたけど」

「マジでか……」

「まさか、うちの横で寝ないよね?」

「それはまずいだろ」


 レオンはベッドに腰掛けるも、横になるのは躊躇した。


「怖い?」

「いや、それよりも、あの時もっと何とかならなかったのかと思うと、悔しくて仕方ない」

「それは、うちも同じ。完全に魔獣に騙されたし」

「足止め食らったからな。まさか時間稼ぎとは思わなかったし」

「でも、こうして生きて帰ってこれたんだから、あれが最善だったと思うしかないよ」

「……だな」


 すると、ニナが上半身を起こして、レオンの方へ心配げな顔を向けた。


「それよりも気になるのは、敵がレオンを仲間に引き入れようとしたこと」

「大丈夫。奴らに投降することはないから」

「それは信じている。でも、連れ去られる危険性はある」

「…………」

「これから行動には十分注意して欲しい。うちだって、常にレオンを守り切れるとは断言できないから」


 レオンは、まだ魔人を斬ったときの感覚が残っている両手を開いたり閉じたりする。初勝利ではあるが、自信が持てたかというとそうでもない。次は失敗するのではないかと不安がまだまだある。


『明日も練習だな。ニナは全身義体だといっても弱点はある。俺がニナを守れるようにならないと』


 決意を固めたレオンは、ベッドの上へ仰向けに転がった。

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