11.生還
レオンもニナも、十歩走ったら一回振り返るくらい、何度もシュナイダー達の追跡がないかを確認する。道には姿が見えなくても、横を併走しているのではないかと警戒して真横を見るが、時折、首が切り落とされた村人の遺体が視界に入り、慌てて目を背ける。
道の左右に広がるのは地獄の光景だ。
彼らはいつ殺されたのだろう。悲鳴など何も聞こえなかった。強い風の音が絶叫をかき消していたのでもない。
家と家との間はかなり距離が離れていて、家の周辺に広がる畑は隣の畑と木々が境界の壁のようになっている。また、道を挟んで隣に家がないので、隣人同士、互いの様子が見えない。だから、作業中の農民の背後から近づいて一人一人殺害に及んでも、短い悲鳴は隣の家まで聞こえず、隣人の悲劇に誰も気づかなかったのだろう。
敵の追跡の恐怖と殺戮の地獄絵で神経がズタズタになりそうだったが、本能のお陰で村を駆け抜け、街道に出た。そこからシュネルローダ村に向かって逃走を続けようとしたが、レオンの息が上がってしまった。
「ニナ……ちょっと……待ってくれ」
「まあ、追ってきそうもないからいいけど」
両膝に両手を当てて地面へ顔を向け、大きな口を開けて激しく呼吸を繰り返すレオンを見たニナは、もう一度村への道へ目を向けた。
「こんなに……走っても……息が……切れないのか?」
「全然」
「ニナの……動力って……何?」
「魔力。正確にはマナ」
「空中から……補充?」
「そう。空中だけとは限らないけど」
「食事とかも?」
「そっちは、どっちかというと脳みその欲求を満たすため」
「そう……だったんだ」
「食事の後、どうなるかは詮索するなよ」
「言うと……かえって……詮索するから……やめな」
「レオンは体の中の魔力回路が壊れたって言ってたけど、そっちの魔力は体内生成だからオド」
「なるほど……」
「感心してないで、さあ行くよ」
ニナはもう一度後方を確認してから小走りに去って行く。それを見送るレオンは「俺も全身義体になりたいよ」と呟いて後を追った。
大分日が傾いた頃、二人はシュネルローダ村に到着した。ここで水と食糧を分けてもらっていると、外から地響きが聞こえてきた。あれは、竜の足音だ。ニナとレオンが家の外へ飛び出すと、街道の所に竜騎兵の一団が集まっていた。総勢三十騎といったところだ。
「マイヤー騎士長! 討伐隊と思われる者がいます!」
かつての魔人討伐で大活躍した英雄の名前を聞いて、ニナもレオンも緊張が走る。特にレオンは、最初にシュナイダーと対峙したとき、マイヤー騎士長達が現れて慌ててシュナイダーが逃走したことを思い出す。レオンはトオルの姿を探すが、全員が目しか露出していない兜を被っているので、区別が付かないでいると、
「おい、レオン! それにニナ! お前達、なぜここにいる!?」
一団の中からトオルの声が聞こえ、竜から降りてこちらに駆け寄ってくる竜騎兵がいた。
「トオルか?」
「そうだよ!」
トオルは兜を脱いで笑顔を見せ、髪を何度も撫でた。そんな整髪が終わるのを待たずにレオンは急報する。
「第4小隊は全滅した。第5小隊は俺たちだけ生き残った」
「何だって!?」
愕然とするトオルの顔が、すぐに安堵の色に塗り変わった。そして、彼はレオンを強く抱きしめて背中をバンバンと手で叩く。
「良かった、生きていてくれて。本当に良かった」
次にトオルは潤む目でニナを見つめ、その体勢から次はニナを抱きしめようとしたが、ニナが後退りしたので空気だけを抱きしめた。
「つれないなぁ、ニナは」
「それより、報告すると、敵は二刀流のシュナイダー、本名ジロー・カイキ。それと女の剣術使いマキナ……なんだっけ?」
ど忘れしたニナがレオンに助け船を求める。
「マキナ・ムサシサカイ。ついでに言うと、サム・テリーって奴もいた。三人とも異界から召還された奴ら。間違いなく用心棒だ」
急にトオルの顔が曇った。
「そうそう、それ。他に魔人二人と魔獣一匹を確認。魔人二人は殺した。サムなんたらは生死不明。他は逃走したと思われる」
ニナが報告していると、いつの間にか竜に乗った竜騎兵達が集まってきた。彼らを見渡したニナが報告を続ける。
「シュネーベルク村の村民は三十六人が殺害された。おそらく、全員だと思う。討伐隊は、さっきレオンが言ったとおり、第4小隊全滅、第5小隊は私たちだけ生き残った」
竜騎兵の間に動揺が広がった。
「それに、討伐隊に内通者がいると言っていた」
これでさらに騒ぎが大きくなった。
「よく激戦地から生還したな」
太くて良く響く声が聞こえ、ザワザワする声が潮を引くように消えると、巨躯の竜騎兵が竜から降りた。彼は兜を脱ぐと、赤髪碧眼で精悍な顔つきの中年兵士だった。眼光が鋭く、威圧的な視線を浴びると身震いがする。
「私は、マイヤー騎士長。二人とも町に戻ってゆっくり休め。内通者の取り調べは、すぐに行う」
それからマイヤー騎士長はレオンとニナを町へ護送するため二名の竜騎兵を残し、他はシュネーベルク村へ検分に向かった。
レオンの護送を志願したトオルは、出立する仲間を見送った後、兜を被り直してレオンの肩を叩く。
「初陣おめでとう」
「ありがとう。ニナがいなかったら、今頃首が草むらに転がっていたよ」
「そうしたら、俺がその首を拾ってドリッテシュタットにいるハロルド・ズルツェンバッハの所へ持ち込んで、全身義体にしてやるよ」
「マジか!?」
すると、半眼になったニナがレオンの顔を覗き込む。
「本気にすんなよ。死体からそんな真似なんか出来っこないだろ」
「いや、錬金術師だからなんとか――」
「ばーか。死霊魔術なんか使える奴は、帝国にしかいないよ」
「ずいぶん、詳しいな」
急にニナの目が泳いだ。
「父ちゃんから聞いただけ」
彼女は背を向けて、自分が乗る予定の竜の方へ歩いて行った。