9.絶体絶命
「ご名答。二つ名は『シュニッター』だけどね」
「なんであいつがここにいる!?」
すると、マキナがサーベルを高く上げて左右に振り、長いドレスを揺らして小躍りする。
「おーい、お前ら! そこでゴチャゴチャと何を話してるんだ? こっちへ来いよ!」
「あーらあら。お呼びよ」
口角を吊り上げるシュナイダーは二本のサーベルの切っ先をレオンとニナへ向けて脅し、二人を森の外へ追い出した。
「やあ、へたれの天狗くん! 久しぶり! ……ん? クララと喧嘩別れでもしたのか? 新しい彼女なんか連れちゃってさ」
「あーらあら。レオンの二つ名は『へたれの天狗』だったの? しかも女を二人も作っちゃって? 異世界でハーレム王目指す真っ最中?」
怒りで血が沸騰するレオンは、中段の構えで剣先をシュナイダーの顔へ向ける。一方、ニナはレオンの背後に回ってマキナの胸へ槍の穂先を向ける。
「レオン。なんでこいつらと知り合いなんだ?」
自分だけ会話が置いてきぼりにされているニナが小声でレオンに疑問をぶつけると、ついに白状するときが来た、とレオンは腹をくくった。
「ミッテで――」
言いかけたレオンが深呼吸をして言葉を続ける。
「王宮で一緒だった」
「王宮でだと? なんでまたそんな所で?」
「……今まで隠しててごめん」
「何を?」
「俺たち、異界から召還されてこの世界へ来たんだ」
「はあ!?」
ニナが振り向いて大声を上げたが、すぐにマキナの方へ顔を向ける。
「地の果てから来たって言ってなかったか?」
「言った」
「うちを騙してたのか?」
「ごめん。当たらずとも遠からずだったから、そういう設定にしていた」
「設定だぁ? 後でぶん殴ってやるからな。覚悟しろよ、この嘘つき」
「骨が折れない程度にしてくれ」
「フッ。ぶん殴るためには、お互い生き残らないとな」
「ああ――そうだな」
二人は背中をくっつけて、同時にニッと笑った。
痺れを切らしたマキナが、サーベルの切っ先を二人の方へ向ける。
「何をブツブツ言ってるの? あの世で逢おうという約束とか? くー、泣けるねぇ」
すると、シュナイダーがヘラヘラと笑いながら、レオン達の代わりに答えた。
「レオンったら、そこの娘に異界出身だってことを隠してたみたいよ。嘘つきなんて言われちゃって、ぶん殴る話になったみたい」
「ハーハハハッ! おもしれー! おーい、そこの彼女! その男に近づくと不幸になるから、離れた方が良いよ!」
「すでに不幸が訪れているけどね、見てのとーり」
腹をよじって笑っているマキナの言葉に、嗤うシュナイダーが補足する。
「ところで、シュニッターさーぁ」
「やめなよ、その二つ名。マキナにしてくれよ、ジロー」
「あら、お返し? 私はシュナイダーが気に入っているのにぃ」
シュナイダーはそう言って、二本のサーベルを交差させてハサミで切る格好をする。
「裁縫師なんて迫力のない名前に満足しているなんてお笑い種なのに、そんな奴に草刈り人なんて言われて笑われているみたいで、やだね」
「あら、死神という意味があるの、知ってるわよね? その意味で尊敬を込めて使っているわよ」
「嘘つくんじゃないよ。そう思わせておいて、草刈り人だと笑ってんだろ」
「笑わないわよ」
「信用できない。今度、シュニッターって言ったらぶった斬る」
「おお、怖っ。それより、ヴァシュベーアはどこ?」
マキナは、左手を握って親指を立て、その指で後方を指す。
「サムなら魔人らと村人狩りをしてるよ」
「サムじゃなくヴァシュベーア」
「奴もそのアライグマの二つ名に怒ってるから、本人の前で言うのはやめな」
「そうなの? 意外だわ」
「仕事の速いサムのことだから、そろそろ終わってる頃じゃない?」
「あら、噂をすれば、やって来たわね」
シュナイダーが道の向こうから近づいてくる三人に目をやった。
「あと何人来た?」
レオンが後ろを振り向かずに小声でニナに尋ねる。
「三人。真ん中にいるのは背が高くて黒い服を着た赤髪の男。目は灰色。両脇に全身真っ黒で牛頭の男が二人いる。目は金色」
敵は総勢五人。討伐隊の生き残りはレオンとニナだけ。数から言っても戦力差から見ても圧倒的に不利だ。
「こっちは終わったぜ。殺したのは三十五人」
赤髪の男――サム・テリーが親指を立ててほくそ笑む。
「いや、三十六。そこで茶を飲んでた婆さんは、私が殺した」
マキナが左手でレオン達のそばにある小屋を指さした。二人の報告を聞いたシュナイダーは、笑いの壺にはまったらしく、爆笑する。
「こんなに人を殺して何がおかしい!」
レオンの一喝でもシュナイダーの笑いは止まらない。
「だってだって、こっちの作戦どおりにお馬鹿な竜騎兵と討伐隊がまんまと動いたんだから! これが笑わずにいられないわよ!」
「何だと!?」
「もぬけの殻のブリュッケン村に連中が大挙して押しかけたのよ。こちらの狙いはシュネーベルク村だったのに。逆だったら、こっちは尻尾を巻いて逃げてたわ」
わかっていた。自分はその陽動作戦を。だけど、自分の直感だけでは大部隊を動かせなかった。
一小隊の駆け出しの発言に誰が耳を傾けるものか。
込み上げる悔しさに胸が掻きむしられるレオンは、死んだ仲間の言葉を代弁した。
「畜生! 嵌めやがったな!」
「竜騎兵や討伐隊の動きなんか筒抜けよ」
「何だと!?」
「そりゃ、討伐隊に内通者――おっと、口が滑ったわ」
「――!」
「そうそう。もう一人仲間を紹介しておくわ。ヴァシュベーア――じゃなくってサム・テリー」
シュナイダーのわざとらしい言い間違いに赤髪の男が目を吊り上げた。
「おい、ジロー。いい加減、その名前はやめろ」
「はいはい。ねえ、サム。レオンのことは知ってるわよね?」
「もちろんさ。あんなド派手な魔法を見せつけられちゃ、忘れるはずがない。それに、王宮の廊下で何度もすれ違っているからな。おい、レオン。俺の顔を覚えているか?」
レオンは後ろをチラッと振り返って、確かにジローと二人で歩いているところを何度か見た覚えがある気がした。
「黒髪じゃない被召還者がいるのか?」
「いる。現に俺がそうだ」
レオンの問いかけにサムはさも当然と答えた。
「黒髪だけが異世界に連れて来られた思ったら大間違いだ。……ところで、ジローよ。こいつら、どうするつもりだ?」
「レオンは、捕獲するわよ。仲間に引き入れるために。そっち向いてる娘は殺っちゃって」
間髪入れず、レオンは断言する。
「貴様の仲間になどならない! ニナも殺させない!」
「魔法回路を修復できても?」
「それでもならない!」
「あらそう? じゃあ、その娘――ニナちゃんの命を助けてあげるという条件でも投降しないの?」
「…………」
「どうなのよ?」
「投降なんかしない!」
「まあ、勇ましいこと。ねえ、ニナちゃん、あんたレオンに見放されたわよ。死んでもいいんだって」
すると、ニナは不敵な笑いを浮かべた。
「死なないね。レオンをぶっ飛ばすんだから」
「へー。あんた達、この状況で逃げられるとでも思ってるの?」
二本のサーベルの切っ先をレオンの顔へ突きつけるシュナイダーが、摺り足でジリッとレオンに近づき、マキナとサム達がゆっくりとニナの方へ迫っていった。
抜けていた内通者情報を会話に追記しました。(1/11)