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8.敵襲

 道の行き止まりの所に一軒の農家があった。ザックスがその家を訪ねると、畑仕事をしていて来訪者に気づいた老婆がやって来て、魔人が現れたときの状況を説明した。


「森の奥へキノコを取りに行ったときだよ。水牛くらい大きくてさ、豹に似た魔獣がおって、そばに黒い服を着て剣を持った魔人がいただよ」

「キノコがある場所は近いのか?」

「すぐそこさ」


 老婆の指差す先は、深い森の入り口だった。一歩踏み込むと吸い込まれそうな気持ちになる暗い森は、いかにも魔人や魔獣が隠れていそうな雰囲気が漂う。


「遭遇したのは何回だ?」

「一回さ」

「つまり、一回見ただけで、それ以来見ていないのだな?」

「そうさ」


 ザックスはハインリッヒを手招きする。


「ハインリッヒ。第4小隊は森の中を一応検分する」

「一緒に俺たちも行かなくて大丈夫か?」

「大丈夫だろう。一回目撃されただけなら、もういない可能性が高いからな」

「なら、調べなくてもいいのではないか?」

「村人の話だけ聞いて、『いませんでした』って報告はまずいだろ。一応、自分達の目で見ておかないとな」

「見たという事実だけ作ると?」

「そうだ。第3中隊長が細かいことに結構うるさい奴でな。あの調子なら、どうやって調べたのだって訊いてくると思う。小隊の連中で口裏合わせて、やっていないことを『やった』って言うのも良いが、そっちにも協力してもらうことになるから大掛かりだぞ」

「面倒なことは背負いたくないな」

「だろ?」

「ああ」

「じゃ、第5小隊は外で待機してくれ。退路の確保を頼む」

「了解」


 ヤネルとアデリンダは槍の穂鞘を外し、他の男三人は鞘から剣を抜く。それから無言で慎重に歩を進めて、五人は森の中へ吸い込まれていった。


 残ったレオン達五人も彼らと同じく武器の準備をして四方を警戒し、森の木々の間や家の陰に動く影がないか警戒する。



 感覚的に5分は経過したように思えた。姿が見えるのは畑仕事をしている老婆だけで、その老婆も休憩をするためか家の中へ入っていった。


 森の中からは何も聞こえない。時折吹く風の音だけが鼓膜に届く。


「小隊長」


 イーヴォの突然の問いかけに、緊張しながら警戒していた四人の心臓が跳ね上がった。


「ビックリさせるなよ。なんだ?」

「戻るのが遅すぎないか?」

「そろそろ戻ってくるだろう。心配するな」

「静かすぎるんだよなぁ。気持ち悪いくらい」

「もう少し待ってみて、戻ってこなかったら道に迷っているかも知れないから、探しに行く」


 ハインリッヒの落ち着きぶりに安心できないのか、イーヴォは今度はレオンに話しかける。


「なあ、黒髪。お前の直感はなんて言っている?」

「何も」

「おい、昨夜は『襲ってくるのは明日』って言ってなかったか? ってことは、今日だろ? だったら、今のお前はヤバいよヤバいよってなっていないのか?」

「まだなっていない」

「ああ、畜生! 来るなら来い!」


 イーヴォの叫びが森に()(だま)する。


「おいおい、そんな大声出すな。敵に気づかれ――」


 ハインリッヒがたしなめたその時、ザックス達が森へ入っていって姿を消した場所にムクッと黒い影が立ち上がった。


 最初に目撃したハインリッヒとイーヴォの二人は、体が硬直した。


 真っ黒で巨体の豹――魔獣だ。距離は10メートルほど。まるで、地面から湧いてきたような登場の仕方だ。


 喉を鳴らす重低音が残りの三人の視線を集めた。


「ヒイッ!」


 悲鳴を上げて槍を抱えたまま腰を抜かしたのはゾフィーだった。


「ゾフィーは俺の後ろにいろ!」


 イーヴォがゾフィーの正面に立ち、魔獣を睨み付けて剣を右肩の上に構える。ニナは槍を突き出して突進しようとしたが、ハインリッヒに止められた。


「相手が攻撃するまで待て」

「第4小隊を背後から襲うのでは?」

「こっちから仕掛けて逃げたら、第4小隊の方へ追いやることと同じだ」

「じゃあ、逃げたら追いかける?」

「それでいい」


 ところが、魔獣は通せんぼうをしているようで、全く動かない。しきりに唸り声を上げて威嚇しているようだ。


 睨み合いが続くので、イーヴォが早々に痺れを切らした。


「お前ら、何やってんだよ!!」


 激昂したイーヴォが、剣を構えた姿勢のまま魔獣へ突進した。


「やめろ!」

「うわああああああああああっ!!」


 ハインリッヒの制止を無視したイーヴォは鬨の声を上げて猛進する。


「一人じゃ無理!」


 ニナも叫んで駆けだし、加勢に回る。これには、レオンも遅れまじと追随した。


 すると、魔獣が右方向へ逃げていった。そちらはザックス達が向かった方向ではない。彼らと魔獣が遭遇する恐れがなくなったので、イーヴォは叫び声を上げながら猛追する。


 ニナもイーヴォの後を追ったが、振り返るとレオンが違う方向へ走って行くのを見て立ち止まった。


「レオン! なぜそっちへ行く!」

「第4小隊が心配なんだ!」


 舌打ちしたニナが踵を返してレオンを追いかけた。途中で左方向を見ると、木々の間からハインリッヒが腰を抜かしたゾフィーを介抱しているのが見えたので、安心してレオンを追いかけた。


「ウワーッ!!」


 ちょうど、太い木の陰に隠れたレオンが叫び声を上げたので、ニナは驚愕して飛び上がった。


「レオン! 大丈夫か!?」


 だが、それには応答がない。槍を構えて一歩一歩木へ近づいて右に回ると、立ったままのレオンの背中が見えた。


「レオン?」


 ニナの声にビクッとしたレオンが、ロボットの如くギクシャクしながら後ろへゆっくりと振り返る。


「ニ……ニナ……あ……あれ」


 ブルブル震える左手が指差す先に、五人が倒れている。


 落ち葉の上に仰向け、あるいはうつ伏せに倒れる彼らは斬り殺され、落ち葉の上や近くの低木の枝葉を広範囲に鮮血で染めている。


 道中賑やかだったクルトもフリードも、ヤネルもアデリンダも、彼らに寛容だったザックスも、叫び声を上げる間もなく惨殺された。


 初めて死体を見たニナは卒倒しそうになったが、両手で掴んだ槍の(いし)(づき)の部分を地面に突き刺し、何とか体を支える。襲ってくる嘔吐感に堪えながら、声を振り絞る。


「レオン……」


 だが、レオンはしゃがみ込み、激しく嘔吐した。


「に、逃げろ……。や、()られるぞ……」


 死の恐怖に駆られたニナは、顎がガクガクしてまともに声が出ない。だが、この場にいては同じ目に遭うかも知れない。勇気を振り絞ったニナは、レオンの背後に近づいて彼の後襟を掴んで強く引っ張る。


「早く。戻るぞ。小隊長に報告だ」


 レオンがようやく立ち上がると、ニナは()()めきながら方向転換する。しかし、現場の衝撃的な映像が目に焼き付いてしまい、まだ眼前にちらつき、呆然としてしまう。走るはずが歩いている。その後ろのレオンも同様だった。


 いつの間に彼らが殺されたのだろう。声を上げる間もなく五人を殺害するのは単独犯とは考えにくい。そうなると、かなりの魔人が潜んでいるのと思われる。そう考えたニナは、後ろを振り返る。


「レオン。敵は複数いるはずだ。一刻も早く、ここを抜けるぞ」

「わ、わかった」


 二人は早歩きで来た道を戻った。


 来たときよりずいぶん長く感じられる帰還だったが、森を抜けようとした頃、木々の間からまた殺害現場を見てしまったニナは、立ちすくんだ。急に立ち止まったニナの後ろから、レオンがぶつかってしまう。


「う、嘘……」


 倒れたゾフィーのそばに、サーベルを持った黒髪で黒いドレス姿の女が立っていて、ニナの方を見ている。少し離れたところにハインリッヒも倒れている。そのゾフィーもハインリッヒも斬り殺されていた。


 レオンは、女と目が合って、眼球が飛び出るほど目を見開いた。ところが、女の方は驚いた様子もなく、ニヤニヤと笑っている。


「お、お前は……」


 レオンは怒りに震え、剣の柄を握る左手に力を込めた。


 と、その時、ニナとレオンの左から落ち葉を踏みしめる足音が聞こえてきた。二人が同時に振り向くと、


「あーらあら。おひさー、レオン。恋人でも作ったの?」


 聞き覚えのある裏声でオネエ言葉が聞こえたと同時に、木の陰から血が滴る二本のサーベルを手にした人物が現れた。


 執事服を纏った背が高い男。黒い双眸を持ち黒髪を真ん中分けにした、幽霊みたいに青白くて頬がこけた顔。この異世界に召還されたものの、王宮から追われて魔人に用心棒として雇われたジロー・カイキ――今はシュナイダーだ。


「何よ。挨拶くらいしたっていいじゃない?」

「…………」

「何、呆けてんのよ? あ、それとも、あの坊やがどうしたのかって訊きたいの? これ見てわかるでしょう?」


 シュナイダーが右手のサーベルを持ち上げると、血が滴り落ちた。


「そうそう。あっちにいる私の新しいお仲間、知ってるわよね。向こうはあーんたのこと知ってるって言ってたし」

「ああ、知ってる」


 レオンは女を睨み、次はシュナイダーへ射るような眼光を向ける。


「じゃあ、名前を言ってごらんなさい?」

「マキナ! マキナ・ムサシサカイだ!」

事件現場の描写を一部書き換えました。

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