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7.罠

 2つの小隊十人が向かうシュネーベルク村は、到着が夜中になってしまうので、途中にあるシュネルローダ村に宿を借りることにした。宿と言っても停車場ではないので宿屋はなく、討伐隊の威光を借りて部屋を開けてもらい、食事まで振る舞ってもらうという強引なやり方だった。


 討伐隊の服装は各自バラバラで、男は色とりどりのシャツと黒ズボン、女はスカートでは動きにくいのでズボンだがシャツは花柄だったりレースが付いていたりと民族衣装の上半分という姿。シャツも半袖長袖、ズボンも半ズボン長ズボンというちぐはぐぶり。ニナだけは長袖シャツに長ズボンでどちらも白だが、訓練で薄汚れていた。


 こんな討伐隊が夕暮れ時に「寝床と飯をくれ」と村に現れたのだから、シュネルローダの村民も目を白黒して当然だ。全員が剣か槍を持っていたし、村民から3名ほど討伐隊に志願していたので受け入れてくれたが、レオンは山賊がまともな身なりをして現れても迎え入れてしまうのではないかと心配になった。



 レオンはイーヴォと一緒に老夫婦の家で世話になり、結婚して巣立ったので空いている子供部屋へ入った。魔石のランプがあるのは、農家としては珍しかった。おそらく、ここは裕福な家なのだろう。


 イーヴォが真っ先にベッドを占拠して大の字になったので、レオンは床にあぐらを掻く。


「なあ。黒髪よう」


 問いかけられたレオンは、組んだ手を枕にして天井を向いたままのイーヴォの方へ顔を向けて「何だ?」と応じる。


「いよいよ決戦だが、どうだ? 震えているか?」

「お前と同じだ」

「嘘言え。ずっと下を向いて歩いていたくせに。落ちている金を拾うためとか言わせないぞ」

「言わねーし」


 イーヴォが右手を空中へ何度か振り上げる。彼の頭の中では、剣を振っているつもりなのだろう。


「相手は血に飢えた連中だ。殺戮はお手の物だ。本気でかからないと、こっちがやられるぞ」

「ああ」


 レオンは、イーヴォが自分に向かって忠告しているのではなく、己の心を静めるために口に出しているのだろうと思った。


「明日、戦うときは俺が前に出る。お前は後ろにいろ」

「ああ。背中は任せろ。明日とは言わず、今夜からな」


 イーヴォがレオンの方へ緊張した顔を向けた。


「おい。魔人が今から襲ってくると思うのか?」

「いや。俺の直感では襲ってくるのは明日。今日は大丈夫だ」

「黒髪は時々直感のことを言うが、当たるのか?」

「割と当たっている。外れもあるが」

「今外れたら今夜来るってことだぞ。呑気にしてていいのか?」

「いい」


 イーヴォは肩をすくめて苦笑する。


「根拠は?」

「俺は、シュネーベルク村付近にいる魔人どもが本体だと思う。やってくる討伐隊を手ぐすね引いて待っている。だから、夜にわざわざここまで出迎えに来る確率は低い。ブリュッケン村の方は陽動作戦で、あっちに本体はいない――下手すると誰もいないから、肩透かしを食らうはず」

「なぜ言い切れる?」

「シュネーベルク村には今まで魔人が出なかったと聞いている。ブリュッケン村は俺がいたところだが、一度村人がたくさん殺された。お前なら次に魔人がどっちで待ち構えていると思う?」

「一度出たところ――かな?」

「それが盲点だ」


 イーヴォが起き上がってあぐらを掻いて腕組みをした。


「つまり、俺たちがシュネーベルク村へ行くことは魔人の本体に誘われているってことか」

「そうだ」

「何のために?」

「討伐隊の初戦の出鼻をくじくため」

「…………」

「討伐隊は所詮義勇兵。職業軍人じゃない。だから、小隊2つが全滅でもしたら、たちまち恐慌状態になる」


 俯いてしばらく考えていたイーヴォがゆっくりと顔を上げた。


「黒髪の話は理屈は通るが、直感だろ?」

「そうだ。どちらかと言うと、俺ならそうするというのに近い考えだ。だから、小隊長の言葉には反論出来なかった」

「まあ、索敵魔法とかが使えれば本体の位置が掴めて良いんだが、使えるのは王宮直属の上級魔法使いしかいないしな」

「今回、帝国からの支援はないのか?」

「あるわけない」

「百人以上が虐殺されたのにか?」


 イーヴォが怒りで顔を歪める。


「中立国は、帝国を支援しなかったって理由から冷遇されてんだよ。戦いで血を流していれば、魔法使いとかの支援も送ってきたんだろうがな」

「つまり、中立国で起きた事件は中立国で解決しろと?」

「それが帝国の考えよ」


 と、その時、扉が開いて老婆が夕食の準備が出来たことを告げた。


「最後の晩餐にならないといいがな」


 イーヴォが珍しく弱気な顔をしてベッドから降りた。



 食後に部屋へ戻ると、赤ら顔のクルトとフリードが酒瓶と木のジョッキを持って訪問してきた。


「いよー、少年二人でのろけ話してた?」


 クルトが酒臭い息を吐いてイーヴォの右肩へ肘打ちをする。


「なんでそうなるんだよ!」

「男が集まると、どの()がいいって話になるだろうが?」

「ならないって」

「おいおい、お前、ゾフィーちゃんにぞっこんじゃなかったのか?」

「こら! 酔っ払い!」

「そして、黒髪はニナちゃんにぞっこん。違うか?」


 レオンはみるみる頬を染めた。


「二人とも、今夜、口説いちゃいな! ()()()()()()()、口説けねーぞ!」

「そういうあんたらは、どうなんだよ!?」


 すると、クルトとフリードが顔を見合わせてニヤッと笑って、クルトがイーヴォとレオンに自慢げな顔を見せた。


「俺はヤネルに、こいつはアデリンダに口説いたぜ。勝ったら結婚しようって」

「許可をもらったのか?」

「ニヒヒ……終わったらそうしましょって」

「嘘くせー」

「嘘じゃねえぞ!」

「だったら、明日訊いてやる」

「訊いても無駄だ。乙女は恥じらうのが商売だからな」

「そんな商売あるかよ!」



 それから、クルトとフリードが大人の話を散々披露して少年達をドッと疲れさせて帰って行った。


「あのおっさん達、怖いんだな」

「そうか?」

「俺達を激励に来たつもりだろうけど、戦いが怖いんだ、きっと」


 ベッドに横たわったイーヴォが、そう言って布団を頭から被り、そのまま何も言わなくなった。


 レオンは、酒場でのクルトの言葉を思い出す。あの時、フリードが酒場にいる討伐隊の半分が生き残るかどうかを口にしたときだった。


『知りたきゃ、()()()()()()()ことだな。そして、お前が当たったかどうかを見届けるためにも()()()()()()


 レオンは、イーヴォがクルトの本心を見抜いていることに感心しながら、床に横たわる。そして、自分の直感が何を囁くのか耳を傾けた。


『……間違いない。シュネーベルク村で全面戦争になる。気をつけないと』



 翌朝、十人は村人に礼を述べてシュネーベルク村へ向かった。途中、クルトとフリードがガヤガヤと喋って、時折ヤネルとアデリンダを笑わせたが、第4小隊の小隊長ザックスは巨躯を揺らして歩くだけで注意をしようとしなかった。一方、レオン達第5小隊は終始無言であった。


「緊張するなよ」


 小隊長ハインリッヒがレオン達を振り返って声をかけるが、顔を上げたのはレオンとニナだけだった。


「小隊長。声を出さないのは緊張じゃないです」

「と言うと?」

「そろそろ村が近いから、声を出すなって前の連中に言ってやってください」


 ニナの真顔にハインリッヒが頷いて、前の一団に向かって走って行く。


「馬鹿野郎。遊びじゃないんだからな」


 レオンは、歯ぎしりするニナの独り言に、魔人への復讐に燃える彼女の心を感じた。



 昼を少し回ったところで一行はシュネーベルク村に到着した。蛇行する一本道が森の中へ向かい、そこを進んでいくと、両脇に三角屋根の木造家屋とそれを囲む耕作地が点在する。周囲は森に囲まれているため、いかにも魔人や魔獣が潜んでいてヌッと出て来そうな雰囲気があった。


 手前の家で村長の家の場所を訊き、ここから五軒先だというのでそちらへ向かう。途中、耕作地で農民が畑仕事をしているところを見かけたが、彼らは手を休めてじっとこちらの様子を窺っていた。討伐隊の服がちぐはぐなことよりも、全員武装していることが物々しい雰囲気だったのだろう。


 それから村長の家に行って、魔人が出没した場所を教えてもらうと、村の一番奥の家から森に入ってすぐの所とのこと。キノコ狩りに行った村民が水牛の大きさの豹に似た魔獣と一緒にいる魔人を見たという。


 聞き込みをしているザックスと村長の話に、レオンが割って入った。


「誰か魔人に襲われたのか?」

「いや、誰も」

「追いかけてきたか?」

「いや。逃げたが追ってこなかったと聞いている」


 村長の言葉に、レオンがザックスに向かって不思議だという顔をする。


「魔人は人を襲うのに、なぜ追いかけてこなかったのだと思う?」

「さあな」

「それって、いかにも『魔人はここにいるぞ』って教えただけじゃないか。おかしくないか?」

「逃げたから追いかけてこなかったんだろう? こっちに口出すな。言いたいことがあればハインリッヒに言え」


 すると、クルトが話に割り込んできた。


「黒髪の言葉にも一理あるぞ。もしかして、罠じゃないのか?」

「罠?」

「そうさ。『魔人はここにいるぞ』って手を振っているから、『すわ、一大事』ってここにやって来たところを、取り囲む」

「証拠は?」

「ない」

「ないなら、どうすればいい?」

「……小隊長に従う」

「じゃあ、俺に従え。一番奥の家に行くぞ」


 スタスタと歩いていくザックスの後ろを、肩をすくめるクルトが従い、残りの皆もバラバラと従った。

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