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6.出陣

 レオンはイーヴォに勝利した勢いで、次は小隊長ハインリッヒに挑む。だが、さすがに小隊長だけあって勝利は掴めず、コテンパンにやられた。


「手も足も出ねえって感じだな」

「ああ、悔しいが事実だ……」

「小隊長は、俺の時もそうだけど、容赦しないぜ」


 仰向けに倒れて青空を眩しそうに見上げるレオンの視界に、イーヴォの顔が現れて同情を寄せる。起き上がって木剣を拾い、指導者ハンスと何やら話し込んでいるハインリッヒの背中を見やると、不意にハインリッヒが振り向いて手招きする。レオンとイーヴォが二人とも同時に自分の顔を指差すと、ハインリッヒが頷くので、二人が同時に走り寄る。


「お前ら。本物の剣が届いたらしいから、それを使って練習を始めるぞ」


 レオンとイーヴォが顔を見合わせて、木剣じゃないと打ち合うのは危険だろうと懸念する表情を浮かべると、ハインリッヒが「人形を立てるから手伝え」と命令を下し、それなら大丈夫だなと二人は笑顔になった。


 真剣で斬られる哀れな人形は、二本の長短の丸太を十字に組み合わせ、上着を着せて帽子をかぶせたもので、一種の()()()だった。


 配給されたのはトオルのロングソードと比べると2/3程度の長さで、素人向けと言うよりは、単に鋼不足によるものと思われる。またレオンとイーヴォの剣は長さが違い、納期に間に合わせるために突貫で作った粗製濫造品ではないかと二人は怪しんだ。なお、防具は、トオルから聞いていたとおり、肩当てと深鍋みたいな鉄帽だった。


「こんな防具じゃ守るところがほとんどねーから、相手からみたら攻撃し放題だぜ」

「なら、イーヴォは付けるのをやめるか?」

「ああ、お前にやるよ」

「いいのか? でも、帽子は要らんぞ」

「あ、やっぱ、付けねーと怒られるから付けてやっか」

「結局、要るんかい」


 防具を装着して、案山子相手に真剣で斬りかかる。


 短いけれど重い。さすがに木剣とは訳が違う。これがトオルの剣並みに長かったらと思うとゾッとする。


「腰が引けている!」


 指導者ハンスの檄が飛ぶ。しかし、剣を振り回すと言うよりも剣に体が振り回される感じだから、思うようにはいかない。レオンは、ハンスに木剣で何度も腰や背中を叩かれた。


 案山子は複数の小隊で共有したので、他の小隊が練習中は地面に腰を下ろして休憩する。


「あの野郎、大きく振りかぶりすぎ。その間にやられるぞ」

「確かに」

「あっちの馬鹿野郎、突進して突き刺してやんの。イノシシかよ」

「戦闘の場面でああいう攻撃ってあるんじゃないか? 相手にとって突撃は恐ろしいだろうし」

「ねーよ。(かわ)されたら終わりだろが」


 イーヴォがあくびをしながら他の小隊の訓練を見ているので飽きたのかと思っていたレオンは、ちゃんと相手の動きを見て批評していることに感心した。


「剣で人を刺すと抜けなくなる時があるから気をつけな」

「そうなのか?」

「ああ。だから、基本はぶった切るのさ」

「抜けなくなったらどうする?」

「おいおい、てめーの頭は豆のスープしか詰まってねーのかよ? 考えりゃわかんだろが。足を使え、足を」

「ああ、蹴って抜くのか」


 昼になると、ニナとゾフィーが訓練用ではなく本物の槍を持ってレオン達の所へやって来た。防具もお揃いで装着している。


「ニナ達も本物を配給か」

「そうだよ。人形相手に張り合いがないけど。レオンもついに本物だな」

「ああ、いよいよ決戦が近いって実感が湧く」

「みんなでお昼食べに行かない?」

「行くか」


 武器を置いて町に繰り出そうとすると、遠くで「昼を配るから集まれ!」と声が聞こえてきた。午前の訓練を終えた連中がゾロゾロと集まった先では、黒パンと何かの干し肉とリンゴみたいな果物が配られた。


「これ、何の肉だ?」

「多分、鹿だ」


 早速かぶりついたイーヴォが、顔の前で干し肉をぶら下げて首を傾げるレオンの問いに答える。


「戦争中もこういう配給があるのか?」

「知らねーのか? 兵隊の後方支援に兵站部ってのがあって、武器や食糧を補給してくれるんだが、討伐隊にもそれがある。それがないと、敵地では略奪の手段で調達するしかなくなる」

「早速配給の訓練って訳だ」

「まずい飯を食う訓練だけどな」


 四人で地べたに座って確かにまずい昼食を我慢して食べていたら、怒りで真っ赤な顔をしたハインリッヒがやって来て「武器を放り出して何をやっている!」と怒鳴られた。


 レオンは、全身義体のニナが人と同じく食事を取っていることが不思議でならなかった。ジロジロ見るレオンの視線を感じて彼の疑問まで察した彼女は、睨むような目つきをしてから横を向く。ゾフィーはそれを別の意味に勘違いして、「仲良くしようよ」と気を回した。


 それがきっかけで、レオンはゾフィーと話をする機会が増えた。美少女に話しかけられて頬を染めるレオンをニナは気に入らない。そんなニナを見たゾフィーがまた気を回して二人の仲を取り持とうとする。



 訓練は5日続いた。ニナが「近々掃討作戦が始まるらしい」と言っていた割に何も起こらないから、まさか魔人は討伐隊に怖れを成したのかと思っていると、ミッテルベルクから歩いて半日の所にあるシュネーベルク村で魔人の目撃情報ありとの(しら)せがもたらされた。


 3日目でようやく小隊長に一矢を報いることが出来るまで成長したレオンは、指導者ハンスと良い勝負をしている最中にこの情報が舞い込んできてハンスが勝負を中断したので悔しがる。



 翌日、マッハ一家がいたブリュッケン村でも魔人の目撃情報があり、第2大隊がそちらへ急行することになった。


「……それで、シュネーベルク村の方だが、うちと第3中隊第4小隊とが向かうことになった」


 ハインリッヒの言葉にレオン達は耳を疑った。ブリュッケン村には第2大隊百人が派遣されるのに、シュネーベルク村へは小隊が2つ、たったの十人なのだ。


「なんで十分の一の戦力で向かうんだ? 竜騎兵の支援の違いか?」

「竜騎兵の支援はない」


 眉間の皺を揉むイーヴォにハインリッヒはあっさりと言葉を返した。


「残りの3中隊は温存?」

「そうなる」

「俺らで大丈夫って根拠はあんのか?」

「聞いてない」

「聞いてないって何だよ! あんたはそれで納得してんのかよ!?」

「命令には従え」


 口を尖らせるイーヴォは不承不承で従ったが、今度はレオンが納得しない。


「魔人が出たって、相手の数とかは情報がないのか?」

「ない」

「何となくだが、作戦を立てた側は、シュネーベルク村の方が魔人の陽動で、ブリュッケン村に本体がいると考えてそっちを厚めに配備したように思う。でも、シュネーベルク村の方が陽動じゃなかったら、こっちが危ないぞ」

「それは仮説に過ぎない」

「せめて、竜騎兵の後ろ盾が欲しい」

「竜騎兵はブリュッケン村に向かった。とにかく、俺たちで行くしかない」


 レオンが引き下がると、今度はゾフィーが前に進み出た。


「この作戦は無理があります」

「次から次へと何なんだお前達は?」

「魔人の中には魔法が使える者がいます。ところが、討伐隊に魔法が使える人間はほとんどいないと聞いています。魔法に対抗できる竜騎兵がいないのなら、誰が魔法に対抗できるのですか?」

「お前は魔法が使えるだろう?」

「治癒魔法ですが。攻撃魔法には対処できません」

「攻撃魔法を使われたらとにかく逃げろ。それでも戦えとは言わない。それでいいな?」

「はあ……」


 ニナはこの話し合いには参加せず、唇を噛んで無言を通した。



 十人で行軍が始まると、ニナがレオンに囁いた。


「第5小隊が選ばれたのは、うちが義体だからだ」

「そうなのか?」

「違いない。人間離れしている力を持っているからな」

「第4小隊は?」

「あっちに、攻撃魔法が使える槍持ちのヤネルとアデリンダがいる。ただし、大したことは出来ない。使えるってだけで選ばれたと思う」


 ニナが指差した方へ目を向けると、前方を歩くクルトとフリード――酒場で知り合った第4小隊の二人――の横に槍を持った女性が二人がいる。彼女達のことだろう。


「ゾフィーはほとんど魔法使いがいないって言ってたじゃないか?」

「彼女の目には、あの二人は魔法使いに見えないんだと思う」

「本当に十人で大丈夫と思うか?」

「レオンは、何を基準に大丈夫って判断するんだ?」

「そりゃ、相手の人数とか、魔獣の数とか」

「今、それを正確に言えるのは誰?」

「…………」

「まずは行ってみて、敵が少なかったら全部やっつける。多かったら逃げる。それでいいんじゃないか?」

「まあ、そうだけど、なんか引っかかる」

「レオン得意の直感?」

「そうだ。直感がヤバいと言っている」


 ニナが左手で軽くレオンの背中を叩く。それでも、レオンは前に飛び出して足がもつれた。


「いずれにしても、兵站部がついてこなくて、食糧も持たされなかった。ってことは、上としては斥候のつもりだと思うよ、うちらは」


 ちょうどその時、クルトが後ろを振り返りフリードが遅れて振り返った。彼らはレオンを見てにこやかに手を振る。レオンも微笑み返して手を振るが、それが最後の別れにしか思えなかった。


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