2.訓練
討伐隊は領主に雇われて戦闘訓練を受ける兵士達と異なり、有志が自発的に編成する義勇軍と同じで、魔人や魔獣を討伐しようという使命感は強いものの、ニーダーエスターマルク辺境伯領が中立国だったため戦闘経験ゼロのメンバーばかりだった。
使命感だけでは戦いに勝てない。なので、俄仕立ての討伐隊を小編成に分けてそれぞれの単位で訓練を受けることになった。
まずは、集まった二百人を五人単位の「小隊」に分ける。小隊の中で一人が小隊長となって五人が共に行動する。小隊を5つ集めて二十五人で「中隊」を作る。中隊は小隊長を兼務する中隊長がリーダーとなって小隊に指示を出す。中隊を4つ集めて百人で「大隊」を作る。大隊は中隊長を兼務する大隊長がリーダーとなって中隊に指示を出す。
大隊が2つ出来たので、それぞれ第1大隊、第2大隊と名付けられた。以下、中隊、小隊とも数字が振られ、ニナとレオンは第1大隊第3中隊第5小隊に所属した。
小隊ごとに竜騎兵一人が指導者として割り当てられ、朝から晩まで剣もしくは槍の訓練を受けた。なお、剣か槍かは自分で選択することが出来た。
「ニナは、その力があるから槍なんて要らないんじゃないか?」
「ばーか。いくら拳や蹴りが人間離れしているからって、接近戦でしか使えない。腕が槍みたいに飛んでいくか?」
レオンは、何かの漫画で見た、腕がミサイルのように一直線に飛んでいって相手にパンチを食らわせる場面を思い起こす。ただ、その腕は自分で取りに行かなければいけないという難点があった。
「何笑ってんだよ」
「いや、考え事していた」
「ボケーッとしてると後ろからやられるぞ。敵は正面にいるとは限らないからな」
「わかった」
「じゃあ、槍の合同訓練に行ってくる」
「頑張れよ」
と、その時、レオンは後頭部に打撃を食らって目から火花が出た。頭を押さえて振り向くと、同じ小隊のイーヴォ・フィッシャーが木剣を肩に掛けてそばかすだらけの丸顔に嘲笑を浮かべている。レオンの抱いた第一印象がカウチポテトのこの少年は、もじゃもじゃの金髪、半眼の碧眼、低い鼻に分厚い唇。背丈は同じなのに体重が5割増しくらいありそうなでっぷりとした体型だ。
「小隊長がお前と訓練だとよ」
「叩かないで言葉で言えよ」
「訓練終わりって小隊長は言ってねえ。ってことは、常に訓練の最中だ」
「だからって不意打ちはないだろ」
「あの女が言ってただろ? 敵は正面にいるとは限らないからなって」
「じゃあ、訓練続行中って事で――」
レオンは左手で握って剣先を地面に向けていた木剣を、予告無しに上へ振り上げる。ところが、イーヴォは巨体を軽々としたステップで後ろへ移動し、木剣の軌道から体を退避した。
「へへ。お前の攻撃は目で分かる」
侮辱された怒りで肩に力が入ったレオンは、頭の中ではテレビで観た殺陣に合わせた動きをしていたが、実際には闇雲に木剣を振り回していた。
「動きも緩慢。相手を斬る覚悟が剣捌きに見られねえ。この能なしが、よく討伐隊に志願したな?」
レオンの無軌道な剣捌きを笑いながら軽やかに避けるイーヴォは、わざと体を前に出して挑発する。しかし、木剣を薙いでも袈裟懸けに振り下ろしても、そこにはすでに彼の肉体はないのだ。
勢いよく木剣を振り回したため自分の右足を殴打してしまい、レオンは足を押さえて体を折り曲げる。
「あーあ、ついに自分の足を斬っちまったぜ。いるんだよな、ごくたーまに、戦闘中自分の足を切断する奴が。よう、能なし? 木で命拾いしただろ?」
イーヴォは、レオンの背後に回って木剣で後頭部を軽く3回叩く。
「討伐隊なんてみんな自分の事しか考えねえから、負傷者は戦場に置き去りにされるぜ。魔獣に食われて終わりだな。第1大隊第3中隊第5小隊の最初の死者は――お前だ。不名誉の死だから褒美も出ないけどな」
殴打の痛みと悔しさで涙がにじむレオンは、「しょーたいちょー。自滅した奴がいて訓練にならないんだけど、どーしましょー」と嗤笑するイーヴォの声を背中に受け、木剣を杖代わりにして立ち上がる。振り返ると、小隊長はイーヴォの相手を務めるようだ。自分が所属する小隊には槍を使う者が二人いるので、自分だけあぶれた形になる。
「仕方ない。基本に立ち返るか」
昔、剣道をやっていた友人から教わった素振りの練習をする。右足が痛いので格好の悪い素振りだったが、本人は様になっていると思っていた。ところが、笑い声が聞こえてきて自分に視線が集まっていることに気づき、木剣を振り下ろして動作を止めた。
「あれを見ろよ」
「何やってんだ、あいつ」
「見たこともねえ剣の振り方をしている」
「薪割りか?」
周囲の小隊の連中が手を休めて失笑する。仕方なく、相手がいることを想定して、みんなと同じような動きを真似てみる。
「やっぱ、ダメだ」
「なまくらな奴が剣を振り回しているみてえだ」
「ありゃ、相手を斬れねえ」
「さっき自分の足を斬ったってよ」
注目を一身に集めて笑いの的になって、レオンは憤怒相を晒す。折れそうになる心を怒りで支える。魔力を手に入れたいという渇望を心の奥底へ封じ込める。
元々、剣を志望したのは、ニナが槍を所望したから自分は剣でというのもあるが、勇者の活躍に憧れていたからだ。もし技を身につければハンターとしてやっていけるという色気もあったのは事実。
『異世界と言ったら剣だよな』
レオンは仮想の相手を前方に見て、剣を振るうのを再開する。
『何もかもが中途半端に終わっている俺の異世界生活の悪循環をこの剣で断ち切る!』
と、勢いよく振った木剣がまた右足を殴打する。
『畜生! でも、負けないぞ!』
何事もなかったかのように剣を振り続け、心の中では激しい痛みに涕涙する。
「おい。デタラメに剣を振るな」
背後から声がかかり、剣を振りかぶったまま頭だけ振り返る。そこには、竜騎兵の姿があった。彼は第1大隊第3中隊第5小隊担当のハンス・リンデンバウムだが、指導らしい指導をせずに自分の剣の練習をするためどこかへフラッと行ってしまうことが多かった。
レオンは、もう練習に飽きてからかいに来たのかと思って彼の目を見ていると、嘲りとは程遠い真剣な眼差しだった。
「木剣だって立派な剣だぞ。軽いからつい振り回してしまうが、それがそもそも間違っている」
「初めてなんだ、剣を扱うのは」
「そんな奴らは周りにゴロゴロしている。戦いに縁のない市民や農民だからな。でも、お前だけなぜかデタラメだ」
「自分では分からないが……」
レオンは木剣を下ろして体ごと振り返る。
「そうそれ。それがお前の上達を妨げている。いや、最初から上達する気がないかもな」
「俺は強くなりたい!」
「イヤイヤ剣を振っているようにしか見えんぞ」
「…………」
「迷いがあるだろ? 異界から連れて来られてなんでこんなことをしなきゃいかんのかと」
「それはない! ってか、なんで俺が異界から来たことを知っている?」
「竜騎兵の間では、黒髪が異界から召還されたってことは常識だ」
「トオル・コウエンジが言ったのか?」
「そうだ。それより――」
ハンスの木剣の剣先がレオンの顔へ向けられた。
「剣の動きは人の心を映す。口では否定していても、剣は心がそのまま現れるから、嘘に聞こえる」
「…………」
「分からないなら、相手をしてやる。かかってこい」
ハンスは頭の右側に木剣を構え、切っ先を相手の顔に向ける。雄牛の構えだ。
剣が闘牛の角に見えてそれで突かれるのではないかという怖さもあるが、相手が鎧を着ているから威圧感が甚だしく、体が震えてくる。
「怖くて震えているだろう? 剣がそう言っているぞ」
手元を見ると、確かに木剣が小刻みに震えている。これが、心を表すと言うことらしい。
深呼吸を2回続けたレオンは、中段の構えを見せた。