1.討伐隊への志願
今回の魔人の襲撃は、ニーダーエスターマルク辺境伯領にある6箇所の村で同時に発生し、百人以上の村人が犠牲になった。それまで散発的に発生していた襲撃は竜騎兵の魔人掃討によって収まったと誰もが安心しきっていたのだが、水面下で魔人は仲間を増やし、用心棒を雇って補強し、入念に襲撃計画を練っていたのだ。
この異世界で『魔人』とは、人間や亜人が魔力を制御できず心まで乗っ取られて邪悪な行為をする悪しき存在として認識されていた。
魔人は主に人や家畜を襲って食らい、人が利用する車や施設を人間離れした能力で破壊する。これは、魔人になる前に抱いていた宿怨を晴らすだけではなく、超人的な力を行使し悪行を重ねることが此の上ない快楽になっているからだろうと考えられていた。
この魔人が共通の目的を持って組織化するのは早かった。彼らは、長を決めて『魔王』と崇め、仲間のことを『構成員』と呼んだ。この小集団が衝突を繰り返し、相手を飲み込み、組織を大きくしていった。
こうして、強弁派と呼ばれ無差別に殺戮と破壊を行う集団Aと、穏健派と呼ばれ破壊のみ行う集団Bの二大派閥が出来た。後者は、戦争時に相手の国を弱体化させる戦力として活用されたが、それが人に屈服した行為であると見なす集団Aは集団Bを執拗に攻撃したため、かなり弱体化した。
ところが、戦後になって各国の戦力が魔人掃討へ向けられるようになると、先代の魔王が人を簡単に魔人化する方法を編み出し、構成員の増強を図った。それでも攻撃により組織が縮小し魔王が倒されると、魔人化が出来なくなり、やむなく現魔王ガウナー――元詐欺師――が用心棒を雇うようになった。その中に、王宮から追い出されて各地で厄介者扱いされて生活が困窮していた被召還者達が多数いた。
異世界生活に馴染めず異世界人に反感を抱いていた彼らは、魔人の甘い言葉に乗せられ、ガウナーによって――魔人化ほどではないが――戦闘能力や魔力の上限が引き上げられ、働きに応じて戦利品の分配に授かった。
一方で、ガウナーは集団Bを巧妙な策略と恫喝で屈服させ、自組織に吸収した。
こうして魔人の集団が魔王ガウナーを頂点として一つになった時、彼らの記念すべき第一号の襲撃が今回の同時多発テロだったのだ。
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「何迷ってんだよ!」
「いや、俺みたいのが採用されるのかと思って」
「討伐隊の採用条件に黒髪不可なんてないぞ!」
「そっちじゃなくて、戦闘経験ないのに入れるのかって――」
「見てみろ! 農民だって一杯いるぞ!」
ニーダーエスターマルク辺境伯領のミッテルベルクの町で討伐隊の志願者が長蛇の列を成しているのをニナは力強く指差す。彼女の剣幕にレオンは返す言葉がない。
農民だって戦争中は戦いに志願しただろう等と推測して反論の言葉をこねてみるが、結局、自分が異世界の人間ではないということで門前払いされるのが火を見るよりも明らかでありニナをガッカリさせるのではという不安が裏にあると気づく。
さらに、魔人や魔獣を相手にする怖さもある。魔人が雇った用心棒のシュナイダーが恐怖を植え付けたから、なおさらだ。恐怖が、志願しようという気持ちの足を引っ張り、言い訳を考えることにエネルギーを使わせている。
「ニナはその力あるから一発合格だよな」
「なんだ、急に?」
「俺にはそんな力がないし」
「てめー、何言ってんだ!? この討伐隊の入隊に必要なのは、敵をやっつけたいという気持ちだけだ!」
それは分かっている。分かっているけど、愚痴りたくなる。こんな自分の非力ぶりを。
竜騎兵の詰め所で「ああ、いいさ! あんたらには頼らないよ!」と啖呵を切ったはずなのに三つ子の捜索には着手していないという矛盾。ニナが全身義体になって復讐に燃える姿を見た途端に纏わり付いた『あんな力のない俺に何が出来る?』という無力感。
そんな弱気な自分を見かねて、『異世界最強のチート能力さえ手に入れれば全てを解決出来るんだがなぁ』ともう一人の自分が呟く。
チート能力は現実に存在したが、魔法回路が壊れた今は永遠に手に入らない。でも、それに縋りたい。
ギルガメシュに土下座をして、仲間に引き込むか。
『だめだ……。異世界最強の魔力を失ったことをまだ引きずっている』
「なあ、レオン」
「え?」
「分からないでもない」
「何が?」
「今の自分に何が出来るのかって迷っていること」
図星だ。年下のニナに痛いところを突かれて、事実なのにムッとする。無意識のうちに拳を握りしめる。
これには答えないレオンの顔を、ニナが睨み付ける目つきで覗き込んだ。
「地の果ての遠いところからやって来て、たった5ヶ月しかここにいないのに、なんで俺がやらなければいけないのかってことも分かる」
「いや、それはない」
「フッ。即答してくれて安心したよ」
ニナが安堵の息を吐く。
「なんで?」
「否定してくれたから。もし肯いたら、ぶん殴るところだった」
「もしかして、鎌を掛けた?」
「だって、何考えてんのか分かんないから」
「……ニナに殴られたら即死だな。その一撃必殺の拳で。デコピンでも額に穴が開く」
「この力は敵を討つために得たもの。無闇に殴るためのものじゃないよ」
目を細めるニナに、レオンは真顔で応じる。
「さっき言われた迷いは事実だ」
「顔に書いてあるからある程度はバレバレだけど、ちゃんと言葉にしてくれないと。こっちだって、もしかして思ってること違うんじゃないかって、あれこれ考えちゃうから」
「悪かった。迷いがあるから、言い訳ばかり口にしてた」
頭を掻くニナがうつむき加減になった。
「ちゃんと言葉にしてって言う割に、こっちから言ってなかったけど……一緒に来てくれて嬉しい」
本当は、ニナが強引にレオンをジークリンデが御者を務める竜車に乗せてここまで連れて来たのだが、そのことをレオンは口にしない。
「だって……ばあちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも死んじゃって……ひとりぼっちになっちゃって…………頼れるのはレオンしかいないんだから」
だから、自分にきつく言っていたのだ。しっかりしろと。レオンは桁違いの力を得たニナが足りない物――心の支え――を自分に求めていたことを知って身が引き締まる。
僅かに潤むニナの目はレオンの胸を見て、右手の拳がそこを軽く突く。それだけで後ろへ倒れそうになったレオンは、後退りして踏みとどまった。
「大袈裟だな」
「いや、ズシンときたぞ」
「ごめん。まだ加減が分からないんだ」
「萎縮する必要はないが、少しは気をつけた方が良い」
「わかってる。ジークリンデもそんなことを言ってた」
二人で志願者の列の最後尾に並び、順番が来るのを待っていると、レオンは衆目を集めた。ざわざわする声の中に「なんであんな奴がいるんだ?」という疑問の声が多数混じる。
耳に神経が集中してしまうが気づかないふりをしてやり過ごすと、列が役所の建物へ吸い込まれ、往来の人間や亜人の目から逃れたのでホッとする。
列の先頭には、机に座った竜騎兵が三人いた。その一人が首を伸ばして列の後方にいるレオンの姿を発見すると、立ち上がってレオンの方へ近づいていった。早々につまみ出されるのかと警戒していると、
「貴様の志願理由は?」
順番が来る前にもう受付でも始まったのかと思って、レオンは正直に「魔人に殺された恩人の敵討ちだ」と答えた。
「魔人に接触はしていないだろうな?」
すると、ニナが竜騎兵とレオンの間に割って入った。
「なんでそんなことを今ここで訊く?」
竜騎兵の質問を質問で返したのはニナだった。
「本来なら黒い髪の人間はお断りなのだが」
「一緒に志願したいと言ってるから連れて来た。悪いか?」
「知り合いか? まさか家族って事はないはずだが」
「長い付き合いの知り合いだ」
「その程度の理由で採用するわけにはいかない」
「そうかよ。なら、誰でも良いから、折れても良い剣を貸しな」
竜騎兵は面倒くさそうな顔をして奥の部屋へ入っていき、剣を持ってきてそれで床を叩いて金属音を響かせ、特に問題がないことを確認した。
「見てな。うちの力を」
ニナは剣を受け取ると、右手で柄を左手で剣先を握って剣を真ん中から折ってしまった。ニナの手は人間の肉で出来ていないので、剣先は普通に握れてしまうのだが、それを知らない順番待ちのギャラリーは息を飲んだり小さな悲鳴を上げたりした。
ニナは両手をパンパンと叩いて、呆気にとられる竜騎兵に向かって眼光を鋭くする。
「知り合いを採用しないって言うなら、帰るよ」
「わ、わかった。順番を待て」
この後、ニナのパフォーマンスのお陰もあって、二人は討伐隊に採用された。




