23.能力者
マッハ家に招かれたレオンは、エマとニナにパンと豆のスープを振る舞われ、傷口にはマリアの太い人差し指で軟膏を塗られた。長女リーナと三つ子達は、離れたところからジッとレオンの様子を窺っていたが、怖がっているというよりかは、話しかけるきっかけを探っているように見えた。
腹一杯食べて落ち着いたレオンが四人に向かってニコッと微笑むと、三つ子が次々に微笑み、最後にリーナがはにかむ。でも、近寄ってこない。もう少し時間が必要なようだ。
家の中にはあいにく空き部屋がなく、エマとニナが農機具などを格納する納屋の中を整理して一角に3畳間ほどのスペースを作り、藁を敷き、そこがレオンの寝起きする部屋となった。
森の中で寝たときの冷たい落ち葉が藁になり、地を這う木の根が柔らかい枕になって、レオンは幸せな気持ちに包まれた。
『よく見ていると、今日、動き回っている子供はニナだけだ。リーナも三つ子もお客さんみたいだな』
不機嫌そうな顔をしているがやることはキチンとやるのがニナ。納屋の片付けだって、エマに言われるよりも前に率先して自分でやっていた。しかし、リーナ達は、何もしていない。ニナがやるからいいや、とでも思っているのだろうか。
『ニナは世話好き少女なんだろうな。まずは行動するっていうタイプ。ちょっとツンツンしているけど、もしかしてツンデレだったりして』
ニナがデレデレする姿を妄想していると、納屋の扉が勢いよく開いた。顔を扉の方へ向けると、妄想に登場していたニナが現実に現れたので、レオンは慌てて上半身を起こす。
「あしたは早いからね!」
「お、おお」
「寝坊したら承知しないからね!」
「わかった」
「じゃ」
「おい、ちょっと待った」
言うだけ言って姿が見えなくなったニナだが、レオンの呼び止めに顔だけ見せた。
「何?」
「早いって何時?」
「何時って?」
「いや、時計とかないのか?」
「時計なんかこの家にないよ」
「じゃ、いつ起きればいい?」
「日の出と共に」
「そんな早く?」
ニナは両手を腰に当てて全身を見せた。
「日の出と共に起きて井戸水で顔を洗って、朝食を取ったら、陽が落ちる頃まで仕事をする。仕事が終わったら夕食を食べて、真っ暗になったら寝る。わかった?」
「わかった。時計が要らない理由もな」
「時計に縛られるのは商人と職人。農民は太陽があれば時計なんか要らないのさ」
「なるほど。なら、貴族は?」
鼻を鳴らしたニナが横歩きを始めて体を半分隠し、
「知らないね、そんな雲の上に住んでいる人のことなんか」
言い終わると同時にニナの姿が消えた。
翌朝、遅刻が気になるレオンは、何度か起きて扉を開け、まだ太陽が昇っていないことを確認する。5回目くらいでうっすらと地平線が明るくなってきたのを確認した時、納屋に向かって歩いてくるニナの姿を認めた。
「ニナ、おはよう」
「おはよう」
「何をすればいい?」
「昨日言ったろ! まずは、顔洗いな!」
「そうだった」
「しっかりしてくれよ。これから仕事をたくさん教えるんだからさ」
「なら、まだ聞いていなかったことを教えてくれ」
「何?」
「井戸はどこ?」
朝食に呼ばれて家の中へ入ると、ダイニングの中央に横長で十二人掛けのテーブルがあった。ここにレオンを入れて八人が着席するのだが、どこに座っていいのかわからないレオンが席が埋まるのを待って立っていると、席が決まっている七人の位置をニナが教えてくれて、お誕生日席に相当する位置の席以外ならどこでもいいから座れと言われた。ちょうどニナの左が開いていたのでそこに座ると、椅子が右にずらされ距離を開けられた。
パンと豆のスープ――昨日分けてもらったのと同じ献立――が食卓に並び、食べる前に六人が両手を握って目を閉じて祈りを捧げるので、レオンも真似をする。
それからは、三つ子がはしゃぎ、マリアとエマが笑い、大層賑やかな朝食となったが、リーナはすまし顔でニナは仏頂面で黙々と食べ物を喉へ流し込んだ。いることも忘れ去られたレオンは、工作機械の如くパンを千切り口へ運び、木のスプーンですくったスープを口に流し込む定型動作を繰り返す。
レオンがニナからその日に教えてもらった作業は、畑の耕し方だった。鍬を使って土を掘り返していくのだが、怪我していることをお構いなしに、腕の振りが悪いだの腰の使い方が悪いだの駄目出しを食らう。
マリアもエマもレオンの教育はニナに任せたらしく、一切口出しをしないし、もう少し手加減しろとも言わない。
その間、リーナと三つ子は何をしているのかと、レオンは鍬を振るいながら四人の動きを観察していると、彼女達はマリアとエマのそばにいてしゃがんで何やら手伝いをしている。だが、リーナだけは、ふと空を見上げて立ち上がったかと思うと、フラフラとどこかへ行ってしまう。しばらくすると戻ってきて、またしゃがんで仕事の続きをする。
「どこ見てんだよ!」
叱るニナの声に驚いて声の方を見たレオンは、リーナに親指を向け、
「あの子――リーナが何やってんのかなと思って」
「よそ見すんなよ!」
「気になるだろ、ああもフラフラあちこち歩き回ってたら」
ニナは両手を腰に当て、レオンの肩越しにリーナを見る。
「リーナは、チョウチョが飛んでいるとそれを追いかけて、カエルが跳ねていると付いていくんだ」
「へー」
「生き物大好きなんだよ。記憶力もいいし。ばあちゃんも母ちゃんも『金があれば教育を受けさせたい』って言っているけど、農民を受け入れる学校は隣のハイニンゲン公国とかまだ一部の国しかないから無理だけどね」
「才能あるのにもったいないなぁ」
レオンもリーナの方を向くと、また何かを見つけたらしく、地面に目を落としながらしゃがんだ姿勢で歩いて行く。
「才能っていったら、三つ子の方が凄いよ」
「へー」
「あのさ」
「何?」
「レオンってさ、驚くときって、へーしか言わないの?」
「いや、そうでもないけど」
「じゃあ、他の言葉言ってみな」
「そうなんだ」
「へいぼーん」
ニナが初めて笑った。と言っても微苦笑だが。
「レオンは、うちとおんなじで平凡なんだ。安心したよ」
「そうか?」
「才能のある姉と妹に囲まれてみな? 惨めになるから」
「三つ子ってそんなに凄いのか?」
「…………」
「聞いちゃまずかったか?」
「……まあ、そのうち分かるよ。それより、手を動かす!」
「了解」
三日が経った。
レオンは、三つ子と接していて、ニナの言葉の意味をようやく理解した。
この三つ子は能力者だったのだ。




