22.恩義
道中に水筒からまた水を飲んだレオンが、空腹で目眩がすると訴える。
「ニナ! あれを分けてあげなよ!」
「えー!?」
渋るニナがエマに急かされてレオンの鼻先へ突きつけたのは、掌に載る大きさの薄くて丸い形をした焦げ茶色い物。それは、口に入れるとほろほろと崩れて、ほんのりと甘いクッキーだった。
エマの話では、自家の野菜を町の得意先へ搬入する仕事をニナが手伝ってくれるのだが、行き帰りに腹が減るのでこの自家製焼き菓子を持参するのだそうだ。
むさぼるように食べるレオンを見て、マリアがレオンとニナを交互に指差す。
「一枚じゃ足りないよ。もっとあげなさい」
「えー!? なくなっちゃう!」
文句を言うものの、マリアに逆らえないニナは、もう一枚を差し出す。
「家に帰ればまだまだある。全部あげなさい」
「そんなー!」
結局、ニナが農作業用の服のポケットに隠し持っていた物も含めて、6枚のクッキーがレオンの腹の中に収まった。
レオンは水筒の水で喉を潤し、フーッと息を吐く。そんなレオンを見つめるマリアが心配そうに声をかけた。
「その全身の青あざ、ひどい目に遭ったねぇ」
「山賊も金だけ奪っていけばいいのに、動けないようにするとか余計なこと言って殴るわ蹴るわでこうなって……」
「こっちでも農作物を盗まれるよ。生きるためなんだろうけど、真っ当に働けばいいのにと思うよ」
「まったくだ」
すると、苛ついた様子のニナが会話に割り込んできた。
「お礼は?」
「おっと、悪かった。ありがとう」
焼き菓子の礼を今頃言われたニナは、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「着いたよ! あれが家さ!」
エマの声で体を起こしたレオンがマッハ一家の家を見る。この異世界では農民の典型的な家である三角屋根の木造平屋だったが、レオンが道中で見かけた他の農民の家よりも横の長さが2倍あった。
「家がずいぶんと横長だな」
「子供が多いから増築したのさ!」
レオンの質問にエマが笑って答えると、戸口の扉が内側に開き、青髪ポニーテールで背の高い女の子と、緑髪サイドテールで背が低く同じ顔をした三人が駆け寄ってきた。四人とも目の色はエマ達と同じく金色だ。しかも、服はクララが着ていたのに似ている民族衣装で、エプロンだけ色や図案が四人とも違う。
エマは荷車から降りると、裸のレオンを見てキョトンとして立っている四人の子供達を笑顔で紹介する。
「この背のでかいのが長女のリーナ! こっちのちっこい三つ子はルイーザとアロイジアとブレンダ!」
名前を呼ぶ度にエマが子供の頭の上へ手を置くが、三つ子は背丈も顔も髪型までほぼ同じなので、エプロンの違いを覚えないと区別が付かない。とりあえず、リーナのエプロンは白地に青色の花柄、ルイーザは赤地に黄色の花柄、アロイジアは青地に桃色の花柄、ブレンダは黄地に赤色の花柄だったが、まだボンヤリしている頭ではすぐに忘れること間違い無しだ。
「あの兄ちゃんはレオン・マクシミリアンって言うんだって! 今日からうちで働くことになったから、仲良くするんだよ!」
エマがリーナとルイーザの頭の上に手を乗せて髪の毛をクシャクシャと撫でるが、四人とも状況を飲み込めない様子だった。
四人に目をやるレオンを見たニナは、荷台から飛び降りるとまっしぐらに家へ走った。
「ニナは気が利くねぇ。あんたの服を取りに行ったみたいだよ」
走り去るニナの背中を見送ったマリアが、柔和な顔をレオンに向けた。
「俺、ニナが楽しみにしていた菓子を全部食べちゃって、嫌われたかも」
「家にまだまだあるから大丈夫。それはニナも知っている。そんなことで腹を立てる子じゃないよ」
「でも、なんか怒ってたみたいだけど」
「男に対して強く当たることがあるだけ。心の中ではそうは思っていないよ」
「ならいいけど」
「一緒に暮らせばわかる」
少しすると、家から民族衣装に着替えたニナが両手に服を抱えて小走りにやって来た。エプロンは白地に桃色の花柄だ。
少し怖い顔に、目のやり場に困るという戸惑いの色を混ぜて、ニナが「ほら!」と服をレオンへ力強く差し出す。
「早く着なよ。裸じゃ寒いだろ?」
「ありがとう」
「父ちゃんの形見なんだ。大事にしろよ」
「わかった」
「サイズが合わなくても文句を言うなよ」
「言わないよ」
大人のサイズだから自分の体型に合わないと思っていたら案の定で、着てみたらダボダボだった。それを見たマリアが苦笑する。
「新しいのを買った方がいいね。それまで、とりあえず、袖や裾を折り返すなどして着ていて」
「助けてもらって、さらにそこまでされると痛み入る」
「困っている人を助けるのは当たり前さ。遠慮しないでおくれ」
「この恩は一生忘れない」
「大袈裟だねぇ。水と焼き菓子くらいで一生忘れないだなんて」
マリアは頭を深く下げるレオンを見て破顔微笑した。




