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19.英雄の旅立ち

 黒い塊は水牛の大きさで豹に似た黒い獣。土埃を上げてエリーゼ目がけ加速してくる巨体は、開いた口から唾液を垂らし、無数の白い牙を光らせた。


 短い悲鳴を上げたエリーゼが、その場へしゃがみ込む。


 獣の黒い目がレオンを捕らえた。


 これが魔獣。想像以上にデカい。


 だが、レオンの恐怖は瞬時に消えた。かねてから不安を抱いていたので、仮想の敵――魔獣の襲撃に対抗する行動を頭の中に描いており、その予定行動への移行は早かった。


「野郎!!」


 お盆を地面に置いたレオンは、そばに転がっていた拳大の石を握りしめ、短く振りかぶって魔獣へ投げつける。手首のスナップが利きすぎて石は想定より低い軌道を取り、エリーゼの頭上をかすめて、獣の下顎に当たった。


 これに怯んだ魔獣が足を止めると、すかさず同じ大きさの石を拾って(とう)(てき)する。これは、魔獣の鼻を直撃し、敵は一歩下がった。


 次は、納屋に立て掛けてあったフォーク――四本の尖った長い歯を待つ農機具を手にして、槍を持つ構えで獣目がけて突き進む。


「納屋に隠れろ!」


 エリーゼの横を走るときに彼女へ声をかけ、後ろを振り向かず、敵の鼻っ柱に鋭利な刃を向けた。


「うあああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 レオンの雄叫びに魔獣がビクッと巨体を揺らすと、体を翻して地面を蹴り、退却を始めた。


「魔獣だあああああっ!! 外に出るなあああああっ!!」


 自分の声に他の修道女達が何事かと建物から表へ出ないために、大声で警告を発する。その言葉に魔獣が振り向き、レオンがなおもフォークを突き出して走るのを見て、加速をつけて遁走する。


 レオンは威嚇の声を上げながら20メートルほど追い、魔獣が林の中へ逃げ込んでいくのを確認してから立ち止まった。


 悲劇を回避した。


 この手でエリーゼを救ったのだ。


 安心した途端、急に腰が抜けそうになったので、フォークを地面に突き立て、両手で握ったままへたり込む。そのまま失禁してしまい、天を仰いだ。


「レオン!」


 エリーゼの声が背後から聞こえるので、頭だけ振り返り、


「来るな! また魔獣が来るかも知れない! 中に入れ! 扉は閉めておけ!」


 本当は、ズボンの悲劇を見せたくないのだが、理由をすり替えた。


「レオンは大丈夫なのですか!?」

「いいから、言う通りにしろ!!」


 修道院の扉を開けたエリーゼが深々と頭を下げて中へ入っていくのを確認したレオンは、フォークに掴まりながらゆっくりと腰を上げた。


「川へ洗濯に行くか……。出立は遅くなるな」



 レオンは川で洗濯を終えて濡れたままのズボンを穿き、フォークを持って修道院の前にたどり着くと、番兵の如く肩を怒らせて左右に歩き、目は魔獣が消えた先を見つめていた。


 しばらくすると、扉が開く音がする。エリーゼかと思い怖い顔を向けるとエルザだったので、表情を緩めた。


「本当にありがとうございました。魔獣を追い払ってくれて、なんとお礼を申し上げてよいのかわかりません」

「いいえ。当然のことをしたまで。油断できないから、しばらく中へ入っていた方がいい」

「貴方も危ないですから、町へ行くのはもっと後にしてはいかがですか?」

「うーん……」


 守ってあげたいから残るという選択肢もある。しかし、長くいればいるほど、不幸を招くという不安もある。


 どうするか決めかねていると、エルザが遠方へ目をやった。レオンが彼女の視線を追って目を向けると、十人ほどの犬頭の男達がフォークや大鎌を持って土埃を上げてやって来た。


「誰だろう?」

「近くの村の人達です」


 彼ら全員が自分の方に視線を注いでいることに気づいたレオンは頭を撫で、頭巾を被っていなかったことに気づき、背筋が寒くなった。


「グーテンベルク様。なんでまた、忌まわしい黒髪の人間を近づけるんですかい?」

「もう懲りたんではないですかい?」


 先頭を歩いていた二人が殺気立った目でレオンを睨み、足を止めた。他の八人も次々と足を止める。


「この人は、レオン・マクシミリアンさんです。魔獣を撃退してくれて、また来るかも知れないと見張りまでしてくれました」


 だが、村人達は冷たい目でレオンを見つめる。


「魔獣は俺らで退治したから、もう来ませんぜ」

「前もそうだったが、黒髪の奴が来ると必ず魔獣が出た。グーテンベルク様はご存じですよね?」


 エルザは渋々同意するように、無言で頷いた。


「これで5回目でさあ」

「グーテンベルク様は、なんでこんな疫病神を追い払わないんですかい?」

「こいつが魔獣を呼び寄せてるんですぜ」

「間違いねえ」

「んだんだ」


 村の男達のボルテージが上がっていき、全員が殺気立った目つきになった。


「あの女の時は、頭に怪我してるからって我慢してやったが!」

「そしたら、熱病がはやった!」

「災いが起きるときは、いつも黒髪の奴がいる!」

「グーテンベルク様! 慈悲なんかかけなくていいって、こんな野郎に!」

「そうだそうだ!」


 彼らをなだめようとするエルザに、レオンは手で制した。


「いいよ、何も言わないで。ちょうどここから去ろうとしていたところだから」

「でも――」

「魔獣は退治されたから、用心棒はお役御免ってことで」


 レオンはエルザにフォークを手渡し、村人一人一人に目を向ける。


「修道院はあんたらが守れよ」

「当たり前だ」

「だったら、さっきの魔獣の時はどこにいたんだよ?」

「…………」

「どこにいたんだって聞いてんだよ!?」

「それは……」

「たまたま俺がいたから良かったようなものの、通りがかりの旅人に助けを借りてんじゃねえよ」

「うるせえ! とっとと消えろ!」

「言われなくても消えてやる」


 レオンは彼らから視線を切ると、大股で立ち去った。後頭部から背中にかけて視線の痛みを感じるが、それを振り切るように足を速める。


「レオン!」


 エリーゼの声が背中を叩くが、レオンは振り向かない。


「レオン!!」


 歩きながらソッと目を閉じる。


『エリーゼ。呼ぶな。涙が出るじゃないかよ……』


 ハラハラと涙を流しながら、レオンは草原を横切る小道を歩いて行った。

少し台詞を変更しました。(12/30)

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