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18.旅立ちの朝の黒い影

 夕陽が落ちようとしている頃、レオンは修道院の扉の外で地べたに座っていた。夕食を運んできてくれるであろうエリーゼが、納屋に来るまでの間に魔獣が襲ってくるのではないかと不安になったのが原因なのだが、自分でも何でこんなに心配性なのかと呆れるほどであった。


 クララとゲオルグに次いでエリーゼも死んでしまうなんて隕石が頭の上に落ちてくる確率みたいなものだと、もう一人の自分が笑う。それに対して、確率はゼロではないのだからやるだけのことはやるべきだ、と反論する自分がいる。


 互いに譲らず胃が痛くなったが、最終的には『後悔先に立たず』の言葉が背中を押して今に至る。


『明日にはここを()とう。彼女から離れるのが一番だ』


 そう心に決めたとき、扉が開いてエリーゼが顔を出し、予期せぬレオンの登場に動揺してお盆をひっくり返しそうになった。


「驚きました。まさかそこで待っているとは……」

「ビックリさせて悪い。こうも暗いと、エリーゼが納屋に来るまでの間がちょっと心配になって」

「ランプが必要なほど暗くはありませんから、心配のし過ぎです」

「魔獣が心配で――」

「外でずっと待っている貴方の方が危ないです」

「…………」

「貴方はわたくしが納屋へ行くのが心配なら、わたくしは貴方がお盆を返しに来るのが心配です。その頃にはもっと暗くなりますから。――と、そう言う理屈になりませんか?」

「それもそうか……」

「心配のし過ぎです。日記の内容を気にしすぎです」

「じゃあ、こうしよう。お盆は明日の朝返す。それでいいよな?」


 エリーゼはいつまでもお盆を持っていても仕方ないとレオンに手渡した。


「その日記に、魔獣は夜に出た、と書いてありましたか?」

「いや、何とも」

「なら、朝にだって出るかも知れませんよ?」

「…………」

「いつどうなるか分からないことにビクビクして生活することは無意味です。何も行動が出来なくなりますよ」

「…………」


 言葉を返せないレオンは、俯いてしまう。沈黙が流れる中、顔を上げたレオンはエリーゼが何か言おうとしたのを遮った。


「やっぱり俺、明日ここを()つ。フェルテンって町へ行ってみる」


 突然の言葉に、エリーゼが眉を寄せた。


「もう旅立つのですか?」

「ああ。俺のせいで何かが起こる気がするから」

「魔獣ですか?」

「そうかも知れない。熱病かも知れない。エリーゼが心配だ。いや、ここにいるみんなが心配だ」

「急にどうされたのですか?」

「不安で仕方ないんだ」


 レオンの状況を理解したエリーゼは、軽く頷いた。


「では、マティルダさんに貴方の悩みを聞いていただきます」

「マティルダさんって誰?」

「この修道院で一緒に生活している人です。きっと貴方の心を癒やしてくれると思います。後で納屋へ行ってもらい――」

「ダメだ!」


 レオンの叫びがエリーゼを飛び上がらせた。


「……では、この建物の中で聞いてもらいましょう」

「男子禁制では?」

「仕方ありません。貴方のその状態では」


 レオンの涙が頬を伝う。心を制御できなくなっている自分がわかる。いつどうなるか分からないことに過敏になっている自分を笑い飛ばせない。予知能力があるわけでもないのに、魔獣が来て彼女達を襲うことが確定事項になっている。


「さあ、こちらへ」


 扉を開けてレオンを招き入れたエリーゼは、彼を3畳間に満たない狭い部屋へ案内して一つしかない椅子に座らせた。


「ここで食事をしていてください。終わりましたらお盆を床に置いてください」

「わかった。……その、マティルダさんは、こんな狭い部屋に入ってくるのか?」

「いえ、壁の向こうで話を聞きます」

「なるほど。ここは、一種の懺悔する部屋ってわけか」


 それには答えないエリーゼは、静かに扉を閉めた。


 時折、正面の木の壁に目をやりながらパンとスープの食事を終えたレオンは、モグモグしながらお盆を床に置くと、


「レオン・マクシミリアンさん」


 壁の向こうから不意に声をかけられて驚愕し、喉が詰まって胸を拳で叩く。


「ゲホッ……、は、はい」

「貴方がここに来るまでにあったことをお話しください」


 落ち着いた声で中年の女性を感じさせる。レオンは過去を振り返り、頭の中で言葉を組み立て、深呼吸をしてから語り出した。


 強制的に召還されたこと。記憶が欠落していること。最強の魔法を得て帝国のトップらに披露したが、ライバル登場で対決したときに魔法回路が壊れたこと。


 王宮を追われてクララと一緒に旅に出たこと。熱病でクララを失ったこと。追放されてゲオルグに助けられたが、山賊に襲われて彼を失ったこと。


 (ばん)(こく)の涙が流れる。しゃくり泣きになる。初めて会った相手にこんな自分を見せるのは恥ずかしいが、口を衝いて出る言葉が止まらない。


「俺の手がクララに触れたからだ。俺がゲオルグと一緒に行動したからだ。だから俺は明日旅立つ。みんなに迷惑を掛けたくない」

「わかりました。では、そうなさい」

「え?」


 壁の向こうのマティルダは、結論が至極当たり前のように言葉を結んだ。


『慰めてくれるんじゃなかったのか?』


 静かに話を聞いてくれているから、同情してくれて、もしかしたら涙を浮かべてくれていたかも知れないと思っていた。何らかのアドバイスがもらえるかもと期待もしていた。


 しかし、自分が決めたとおりにしろと言う。


 静かな言葉だが、強い意志を感じた。


 レオンは、散々語った自分は人に慰めてもらいたかったのだ、だったらこうしろと導いてもらいたかったのだと気づいた。


 これで一気に目が覚めた。涙を拭いて冷静になったレオンは、


「わかった。そうする」

「貴方は今まで自分が信じる道を歩んできました。これからもそうするべきです。過去に得た知見で自らが決めた行動なら、悔いはないはずです」

「そうだな。ありがとう。後でフェルテンの町までの行き方を教えて欲しい」

「エリーゼに地図を持たせます」


 少しして扉が開き、エリーゼが紙片を渡してくれた。そこには町までの行き方が描かれていた。所々に添えられている文字が読めなかったので、彼女に読んでもらった。


「もっと異界のお話を伺いたかったのに残念です」

「悪いな。決めたことだから」

「朝の食事はどうなさいます?」

「要らない。半日かかるだろう? 急がないと」

「食事の時間くらいは取れると思いますが」

「早く職に就きたいし」

「……そうですか」


 残念そうなエリーゼに見送られて、レオンは修道院を出て納屋へ向かった



 翌朝、誰かが納屋の扉をノックする音で目が覚めた。開けてみると、朝食を載せたお盆を持ったエリーゼが立っていた。


「要らないのに」

「腹ごしらえは必要です」

「いいって」

「いいえ。食べてください」


 強情だなと思いつつお盆を受け取ると、エリーゼは一礼して去って行く。


 輝く碧眼を持ち幼顔の可愛い少女ともお別れだ。


 胸が一杯になったレオンは納屋を出てエリーゼの背中を見送った。


 と、その時、修道院の建物の陰から巨大な黒い塊がヒョイッと現れ、弾丸のようにエリーゼへ突進した。


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