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17.日記

 レオンが食事を終えると、エリーゼがお盆を持って建物の中に入って行き、彼女と入れ替わりにエルザが日記を手にして外へ出てきた。


「これがそうです」

「ありがとう。しばらく借りるがいいか?」

「ええ。何でしたら、お持ちになっても」

「いいのか?」

「後から来る人のために何か役に立つことを書いていたのかも知れませんから」

「かたじけない。納屋へ案内してくれるか? そこで読みたいから」

「ええ、どうぞ。こちらです」


 エルザに案内された納屋は、今にも傾きそうな木造の小屋で、中は左半分に木箱が積まれ、右半分に二人が横になれる広さに藁が敷かれていた。


「もしかして、俺の仲間がここに寝ていたのか?」

「男性の方はそうです。女性は建物の中ですが」

「ここで看取ったとか?」

「はい、そうです」


 この納屋で被召還者達が熱に浮かされて死んでいった。何だか事故物件で寝起きするようで背筋が寒くなる。なお、魔石のランプが不足しているので貸し出せず、陽が落ちたら当然納屋の中は真っ暗になるとのことだったので、日記を読むなら今しかない


 エルザが立ち去ると、レオンは納屋の外に出て地べたに腰を下ろして日記を読み始めた。


 官製葉書の大きさで薄茶色の紙が綴じられていて小指の太さほど厚みのある日記は、表紙に何かのエンブレムが描かれているが、その周囲に読めない文字があるので、この日記帳は日本から持ってきたのではなく、明らかに現地でもらったのだろう。


 少し緊張して1ページ目から読み始める。黒インクで細めに書かれた文字は、もちろん日本語で、筆跡は女性っぽい。裏のページに書いてある文字が透けて見えるほど紙が薄く、次のページに何が書いてあるか気になって目がそれらの文字を拾ってしまうが、先を読みたくなる気持ちを抑えて紙の表に書かれた文字を目で追う。


『到着1日目。三日前に王宮から追い出されて、この修道院でようやく食事が出来た。寝床まで用意され、ここにしばらくいていいという。ハイリゲンヴァルト公国は異界から来た者への偏見が強く、どこへ行っても石を投げられ棒で叩かれた。彼らは私が熱病を持ち込んだという。悪魔だという。いわれのない非難を受けて腹が立つと言うより悲しい。この修道院は天国だ』


『2日目。公国の住民の非道ぶりをエルザに伝えたら、町によると言われた。選んだ道が悪かったのか。運がない。タダで恵んでもらうのも悪いので、掃除と洗濯を手伝い、牛の乳搾りも手伝った。この広い修道院にエルザの他は三人しかいない。他は全員、熱病で死んだという。さらに、私と同じく召還された五人がここで死んだのだという。心が痛む』


『3日目。近くの森で、珍しく魔獣が出たという。牛の大きさで真っ黒な体らしい。人を食うのだという。注意が必要だ』


『4日目。エルザが買い物をするついでに、公国の人々が寛容なところを見せたいからと言うので、フェルテンの町まで同行した。ジロジロ見られたが石は投げられなかった。これを寛容というのかはわからないが。フェルテンは割と大きい町で、物が溢れていた。メイド服を着たマネキン人形があったのには驚いた。なんでも、ハロルド・ズルツェンバッハという錬金術師が作ったオートマトンで、人間と同じ動きをするという。500タレルという巨額に驚く。誰が買うのだろう。売りたくなくて、話題作りか』


 1タレルは432ペニヒで、外食一食分の4ペニヒが1000円だとすると10万800円になり、オートマトン一体が5400万円の計算だ。レオンも口をポカンと開けて続きを読む。


『5日目。エルザの話では、ハイリゲンヴァルト公国の兵士の不足をオートマトンで補おうとしているとのこと。あの値段では、補充を終えた頃に国が傾くだろう。ちなみに、グーテンクヴェレン公国はドラゴンを手なずけようとしているらしい。何がしたいのか不明。戦争準備のためか。だとしたら、不幸しかもたらさない。彼らは歴史から何も学ばなかったのか』


 この後、その日にあったことを淡々と綴っているだけで、すっかり修道院の生活に溶け込んでいった様子が伝わる。異世界に興味がなくなったというより、修道院でスローライフを楽しんだようだ。


「俺も、ここで生活した方がいいのかな? スローライフを堪能するのも悪くないし。まあ、フェルテンの町で見かけたというメイドのマネキン――ってか機巧人形(オートマトン)も気になるので、町にも行ってみたいが」


 さらに読み進めていくと、15日目から『○日目』だけ書いているページが続いた。書くことがなくなったのだろうかと思っていると、


『20日目。だるさが少し収まったので、久々に書く。仕事疲れだから休めと皆は言うが、違う気がする』


『21日目。食事が喉を通らない。水も飲めない。けんたい感がひどい』


『22日目。エルザが薬を買ってきてくれたが、体が受け付けず、吐いた』


『23日目。少し持ち直す。みんなが世話をしてくれるので、涙が出た。私は異界の人間だが、分け隔てなく親切にしてくれる。こんなに嬉しいことはない』


『24日目。動けるようになったので、外で体を動かす。村人が食糧を分けてくれたので受け取った。村で熱病が流行っているので注意しろと言われた』


『25日目。急に熱が出た。風邪なのか。みんなに病気をうつさないようにしないと』


 日記はここで終わっていた。以降のページに『○日目』もないから、書くのが途絶えたとしか思えない。


 原因は、間違いなく熱病だ。


「マリアは、おそらく、病み上がりのところに村人から熱病を移されたんだ」


 日記を閉じたレオンは、独り言を呟いて立ち上がった。


 ちょうどその時、エリーゼがレオンを見つけ、手を振って近づいてきた。


「夕食に、美味しいキノコを食べてもらいたいので、これから森へ行きます」

「もうそろそろ暗くなるから、無理しなくていい」

「今が時期ですから、食べてください」

「いいっていいって」

「いえ、食べていただきたいのです」

「ダメだ」

「??」

「女の子が森の中に行ってはダメだと言っている」

「…………」

「絶対にダメだ!」


 エリーゼはレオンの剣幕に()()されて、後退りし、目が潤んだ。


「言い過ぎたかも知れないが、俺はエリーゼが心配だから言っている。もしどうしても行きたいのなら俺が付いていく」

「なら、今日は諦めます。明日のお昼なら採りに行っていいですね?」

「森はダメだ」

「なぜですか? いつも行っていますよ?」


 レオンは、日記の記載を今一度思い起こす。


「魔獣が出る。この日記に書いてあった」


 該当のページを開いてエリーゼに見せると、紙の上で視線を走らせる彼女は首を傾げる。


「あ、読めないか。ごめん」

「そこにそう書いてあるのですか?」

「そうだ」

「誰が書いたのですか?」

「ああ、知らなかったか。エリーゼがここに来る前にマリア・アイーダという名前の俺と同じ異界から来た女がいて、ここに世話になったときに書いた物だ。と、エルザから聞いた」

「その人のことは知りませんでした」

「とにかく、出たらしいから行ってはダメだ」

「昔は出たそうですが、わたくしがここに来てからは出ていません」

「だからと言って、出ないとは限らない」

「なぜそこまで(かたく)なに行くなと言うのですか?」


 マキナの言葉が口から出かかったレオンは、思い直す。言ったところで、根拠もないと笑われるだろう。だが、直感がダメだと訴えている以上、止めないといけない。


「俺の直感だ。笑うかも知れないが、この直感、結構当たるから」

「直感と言われても――」

「エリーゼが心配なんだ!」


 頬を染めたエリーゼが、軽く頷いた。


「心配性なのですね」

「そうだ。異世界に来てから特にそうなった」

「では、明日もキノコ狩りは諦めます」

「あさってもな」


 エリーゼは一礼して去って行った。それが明後日もキノコ狩りに行かないことの約束なのかは分からなかった。


 恩人を失いたくない一心で、強引に説得させてしまった。これで良かったと思う反面、相手の行為を無下にした心苦しさもある。


『エリーゼ、悪かった。でも、恩人に死亡フラグが立つのが続いたから、もうこりごりなんだ。悪循環をここで断ち切りたいから、強く言ったんだ。……ごめんな』


 レオンは肩を落として、納屋の中へ入っていった。

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