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16.機巧人形師

 エリーゼは途中で重そうな洗濯物の籠を持って歩き始めたので、レオンは「持ってあげる」と棒を脇に挟んで籠を受け取った。水分を含んでズシリと重い洗濯物は女物の下着が上の方にあったので、見ないように歩くのは結構な試練で、自分でも頬が赤くなっていくのが分かった。


 100メートルほど歩くと、右へカーブする川の向こうに橋が見えてきた。エリーゼが後ろを振り向いて橋を指差し、


「この川がグーテンクヴェレン公国とハイリゲンヴァルト公国の境で、あの橋が国境を渡る橋です」

「へー。検問とかないんだ」

「ここでは必要ありません」

「右に見える建物は?」

「わたくしの所属する修道院です」

「何? 洗濯しに国境を越えているってこと?」

「そうなります」

「なぜ、わざわざあそこで?」

「昔からあそこが洗濯場なのです」


 エリーゼはレオンの方を向いて、後ろ歩きする。


「実は、この辺一帯は修道院の土地でした。戦争が終わって、二国間で勝手に川を境界線として定めたので、わたくしたちの土地が二分されたのです」

「でも、どちらの土地も所有している」

「そうです。左側は耕作地も牧場もあって右側は居住地だけですから、分離されると困るので特別に両方を所有しているのです」

「税金は両国に支払っているとか?」

「修道院は徴税の対象外です」

「なるほど」


 話をしながら修道院の前に到着した。木造の建物は幅が50メートルほどの平屋で、かなりの大人数が生活しているように見えた。


「ここで待っていてください」

「じゃあ、これ」


 レオンが持ち上げた籠をエリーゼが受け取ると、重さで腕が下へまっすぐに伸びた。


「ありがとうございました」

「なんか、重そうだけど」

「大丈夫です。慣れていますから」

「中まで持っていってあげたいけど、男子禁制だよな?」

「はい。申し訳ありません」

「いいって。……で、飯屋は見当たらないけど、近くにあるとか?」

「いえ、ここへお持ちいたします」

「修道院の食事を分けてくれるってこと?」

「はい」

「それは困る。金ならあるから、食べさせてくれる店があればそこへ連れて行ってもらえるだけで――」

「ここから歩いて半日かかります」

「マジか……」


 レオンが天を仰ぐと、エリーゼがニコッと笑う。


「大した物はありませんが、少しお待ちください」

「金なら払うから」

「ここは食堂ではありませんから」

「まさか、タダとか?」

「はい」

「いや、それは困るって、マジで」


 それには答えないエリーゼが扉の前に立ち、何やら暗号めいた言葉を発すると、扉は内側に開いて年配の修道女が顔を出した。彼女はレオンを見ると目を見開いて立ちすくむ。


「貴方は異界からの訪問者ですね?」

「訪問者っちゃ訪問者だが、強制的に召還させられた。名前はレオン・マクシミリアンだ」

「わたくしは、エルザ・グーテンベルクです」


 エルザは、エリーゼを中に入れると建物の外へ出て扉を閉めた。


「ここを訪れた異界からの訪問者は、貴方で七人目です」


 今度はレオンが目を見開いた。


「そんなにいるのか!? エリーゼは二人いたと言っていたが」

「エリーゼはここに来たのが4ヶ月前です。それより前から訪問者はいたのです」

「全員ミッテから来たと言っていたのか?」

「はい。貴方もそうでしょうか?」

「そうだ。それにしても、この広い世界でこの修道院に何人もたどり着くなんて、一体全体何人が召還されているんだ?」

「わかりません」

「だよな。聞いた俺が悪かった。で、名前とか覚えていないか? エリーゼの知らない四人でいいから」

「ケースケ・クワータとトモーヤス・ホーテイと……」

「今度はミュージシャンの名前を名乗っていたな」

「バナーナ・ヨシーモトと、それから……」

「作家も拝借していたか……。名前の記憶が飛んで適当に名乗ったんだろな」

「マリア・アイーダ」

「そっちは分からないな」

「バナーナとマリアは女性でしたので、ここにしばらくいました」


 建物の方に目をやったレオンは、左奥の草むらに墓標らしい物が見えたので、エリーゼの言葉を思い出した。


「エリーゼが教えてくれた二人は病死したと聞いた。他の四人はどうなった?」

「全員が熱病で亡くなりました」

「……そうなんだ。あんたらは病気に罹らないのか?」

「罹ります。異界の訪問者だけが特別なのではありません」

「じゃあ、かなりの数が病に冒されているんだな」

「はい。貴方もお気をつけください」

「まあ、気をつけると言っても、手洗いとうがいくらいしか思いつかないが」


 レオンの記憶にあるアニメとラノベには、このように異世界転移者が次々と死亡する話はなかった。なので、思いつきの対策しか浮かばず、これからの旅に不安がつきまとう。


「そうそう。マリアが手記を書いていました」

「手記? 日記みたいな物か?」

「毎日書いていたので日記ではないかと思いますが、文字が読めないので、何とも分かりません」

「差し支えなければ見せてくれないか?」

「ええ。お待ちください」


 先輩が何を記していたのか、大いに興味がある。体験談とか生活のヒントとか、これから役に立つことがあるかも知れない。


 エルザが修道院の中へ入っていったので首を長くして待っていると、エリーゼがパンとスープの皿を乗せたお盆を持って現れた。


「これしか差し上げられませんが」

「いいっていいって。はい、これ」


 レオンは、銅貨を4枚差し出す。もちろん、一食分の相場である4ペニヒのつもりだった。


「お金は要りません」

「なら、お布施だと思って受け取ってくれ」

「おふせ?」

「寄進なら分かるか?」

「きしん?」

「まあいい。とにかく、受け取ってくれ。タダで恵んでもらったら、野宿で足を向けて寝られない」

「修道院で施した食事に金銭を受け取ったと言われるのは、大いに困ります」

「誰も言わないって。俺、こう見えて結構口が堅いから」

「いいえ、神様が見ていらっしゃいます」

「……郷に入っては郷に従うだな。ありがとう。恩に着る」

「??」

「異界の感謝の言葉だ。気にするな」


 お盆を受け取ったレオンは、近くの草むらに腰を下ろした。すると、エリーゼがスルスルッと近づいてきた。まさか、パンを千切って「あーん」って食べさせてくれるのかと思っていると、


「貴方の世界の事を詳しく教えていただけますか?」


 目を輝かせたエリーゼがレオンの左横に腰を下ろした。袖が触れ合うほどの近さに、レオンはこそばゆくなり、鼓動が高鳴った。


「お、おお。何でも聞きたいことがあったら」

「異界にも機巧人形(オートマトン)がありますか?」


 レオンは千切ったパンをお盆の上に落とした。


「いきなりその質問?」

「はい」

「なんで?」

「??」

「なんでそれが気になる?」

「実は、ハイリゲンヴァルト公国にハロルド・ズルツェンバッハという錬金術師がいまして、機巧人形(オートマトン)を作っているのです。人形師と言う人もいます」

「へー。異世界(こつち)機巧人形(オートマトン)なんてあるんだ」

「はい」


 レオンはお盆に転がったパンの欠片を頬張り、スープを木のスプーンですくって口に含む。


「うーん。俺の世界にもあるっちゃあるな。ロボットとかアンドロイドとか呼んでいる」

「あるのですね」

「その質問、まさかと思うが、エーサク・ヨスダとユージロー・イスバラにもしてない?」

「正直申し上げますと、しました」

「裏を取ったってことな?」

「はい。嘘かも知れませんので」

「何? 二人は嘘っぽく答えたとか?」


 正直に答えるエリーゼは、屈託無く笑う。


「ええ。冗談ぽく答えていました」

「どういう風に?」

「青くて耳のない猫の形をしているとか、すごーく大きくて人間が中に入って操縦して空を飛ぶとか」


 スープを吹いたレオンは、手で口を拭う。


「それ、空想だから」

「そうですよね!? 聞いて良かった」

「紙と鉛筆――いや、書くものがあれば書いてあげる」

機巧人形(オートマトン)をですか?」

「いや、猫型ロボットと強化服を」

「もう書いてもらいました」

「あっそ……」

「ご覧になりますか?」

「いらない。見なくても分かるから」

「異界では一般的なのでしょうか?」

「アニメ好きの常識ってとこ。世間でもある程度は知っていると思うが」


 それから、エリーゼは思いつくままに異界の生活習慣などを聞いてきた。碧眼を輝かせて楽しそうに話す姿がとても可愛くて、レオンはキュンときてしまう。しかも、腰を浮かせて距離を縮めてきた。ますます胸が早鐘を打つ。


『あれ? 俺って、この子が好きになっている?』


 そう思った途端、またマキナの声が頭に響いてきた。


『その男に近づくと不幸になるよ』


 急に目が覚めた。


「話の途中で悪いが、忙しくない? 大丈夫?」

「はい。掃除も洗濯も終わりました。後は夕食だけです。夕食も食べていきますか?」

「そう言えば、日も傾いたな。近くに町があれば、そこへ行く」

「半日かかります。今からですと、夜になります」

「構わない」

「夜は危険です」

「速く歩くから夕方には着けるかも」

「近くに納屋があります。そこで泊まっていってください」

「いや、悪いって」


 とにかく、エリーゼから離れなければいけない。直感がそう呼びかけているのだ。


「いいえ。大丈夫です。遠慮は不要ですから」

「……もしかして、話の続きがしたいとか?」


 エリーゼが眉尻を下げて微笑んだ。


「はい。貴方とお話をするのが楽しいので」


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