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4.

 レオンの焦点の合わない目が金髪を両サイドに垂らす頭をボンヤリと捉えたとき、道行く誰かに何か同情されたのかと思っていたが、目をこらしてそれが眉をひそめたアケミだと分かると、子供みたいに泣き出した。


「一緒に……住んでいた一家が……魔人の奴らに……殺されたんだ」


 しゃがみ込んだアケミは、両手をレオンの肩に乗せて「気をしっかり持って」と声をかける。


「それで、ここにいる()()は?」

「三つ子が(さら)われて……」

「それは大変。で、なぜここに? 誰か運んでたみたいだけど、その子はどこに?」

「一人だけ……生き残ったんだ。今、応急処置を……」

「そう。ここ、医者だったんだ」

「え?」

「錬金術師って聞いてたけど」

「ああ、医者でもあるらしい」


 アケミがレオンの肩から手を離して立ち上がり、二階の窓に目をやる。


「うちの店主からはそう聞いていた。中にこーんな背の高いメイドさんいなかった?」


 右手を高く上げて背を伸ばすアケミに、レオンは軽く(うなず)いた。


「店主の話だと、あれ、機巧人形(オートマトン)なんだって」

「えっ!?」

「うちも驚いた。ここに花届けに来たことがあって、綺麗すぎる人だなって思ってたんだけど。人間と区別付かないでしょう?」


 ロボットが処置をする。本当に大丈夫なのか。


 立ち上がりかけたレオンの後ろで扉が開き、「じゃ、後は頼んだぞ」と後ろに声をかけながらトオルが外に出てきて、レオンの背中に足をぶつける。


「おい、そんな所にいるなよ。こけそうになったぞ。……ん? この()、誰?」


 レオンの頭から金髪だが頭頂が黒くて黒い目の少女の顔に目を向けたトオルが、その特徴から仲間かもと推測していると、レオンが顔を上げて問いかける。


「なあ、トオル。あのジークリンデってメイド、機巧人形(オートマトン)なのか?」

「ん? そうだよ。言い方間違えると、毒舌吐くスイッチが入るから、気をつけろよ」

「人間じゃないのに、治療を任せていいのか?」


 兜をまだ被ったままのトオルが、目で笑いながらしゃがみ込んでレオンの右肩を叩く。


「俺が保証する。あいつ、すげーぞ。元は戦闘型機巧人形(オートマトン)で、一騎当千だからな」

「それ、人を殺す方だろ」

「見たろ、一目で怪我の箇所を言い当てるところ。ハロルドが医者をやっていられるのも、あいつのお陰さ」

「それ、ハロルドが藪医者って言ってないか?」

「大丈夫大丈夫。ジークリンデを作ったのはハロルドだから」

「説得力ないんだけど」

「で、こちらのお嬢さん、どちらさんで?」


 トオルに指差されたアケミが、腕組みをして歯を剥く。


「さっき、この子って言ってなかった?」

「ごめん。失言撤回。もしや、日本(あつち)から連れて来られたとか?」

「そうよ。もしかして、あんたも日本(あつち)の人?」


 兜を脱いだトオルがにこやかな笑顔を見せる。


「俺はトオル・コウエンジ」

「アケミ・トーゴー。昨日ここに来たばかり」

「すげー偶然だな。俺は今日、レオンと再開して怪我人を届けたところ。この広い世界に俺たちみたいのが溢れているわけでもないのに、こうやって会えるのは――」

「積もる話は横に置いて、話に取り残されたレオンが可愛そう」

「おお、そうだった。わりぃ」


 膝を抱えたまま石畳に目を落とすレオンを見下ろす二人は、かける言葉を失った。


「俺は、ここで応急処置が終わるのを待つ」


 レオンの決意を聞いた二人は、途中でまた来ることを約束し、それぞれの持ち場に戻った。


 しかし、しばらくして様子を見に行ったアケミは、レオンの姿がないことに焦りを覚えた。獅子のドアノックで扉を叩いても、一向に中からメイドが出て来る様子がない。かける慰めの言葉を抱えたまま、アケミは花屋へ引き返した。



   ■■■



 その頃、レオンは竜騎兵の詰め所で事情を聴取されていた。汗や土や血液で汚れた作業服を着る農民レオンに不快な目を向ける兵士は、金髪碧眼ででっぷり太った男だったが、鎧を脱いで軍服を上から羽織っていても、下着に染み付いた汗の臭いを部屋中に発散させてレオンの眉間に皺を寄せさせる。


「だから、三つ子がドラゴンに攫われて行方不明だから、捜して欲しいと言っている」

「生きているかどうか、わからんだろ。ドラゴンが人を食らうのは知っているはずだ。そのもう一人の子が魔獣に食われたんだろう? だったら、残りの三人も一緒だ」

「決めつけるな!」

「こっちは、少人数で手一杯なんだ! 骨を拾う付き合いなど出来ぬ!」

「骨になったかどうか、わからんだろ!」

「骨でも何でも、探すなら自分でやれ!」

「ああ、いいさ! あんたらには頼らないよ!」

「だったら、死んだ家族の遺体は、お前が埋めろ! 俺たちを頼らないのなら、全部自分でやれ!」

「今も放置しているのか!?」

「検分のため、すぐには埋めないのが決まりだ」

「野ざらしか!?」

「当たり前だ」

「仏さんに失礼だろ!?」

「ほとけさん? 何だそれ? 変な言葉で(けむ)に巻くな! もういいから、とっとと帰れ!」


 恩人の惨殺で涙を誘い、同情されて三つ子の捜索に力を貸してくれるかと思いきや、兵士は一貫して最下層の身分相手に高圧的な態度を取り、挙げ句の果てに汚い者をつまみ出すように詰め所の外に放り出されて尻を蹴られた。


「ああ、俺がやってやる! 必ず捜し出してやる!!」


 尻を(はた)いて閉ざされた扉へ向き直り、拳を振り上げて吠えたものの、何をして良いのかわからない。(うつむ)きながら勘を頼りにとぼとぼとハロルドの家まで歩くと、道行く人々はレオンの血だらけの服に目を背けて道を空ける。いや、そもそも農民がこんな所をうろつくのが不快なのだ。町に入るのは品物を搬入するときだけ。終わったら、さっさと姿を消すのが鉄則になっている。


 ようやくハロルドの家の前に近づくと、ちょうど扉が内側に開いて、キョロキョロするジークリンデと目が合った。あれがメイドの格好をした戦闘型機巧人形(オートマトン)かと思うと背筋がゾクッとしたが、何事かと駆けつけると、


「ちょうどお知らせしようと思っておりました」

「ニナの容体はどうですか!?」

「あのお嬢様は、ニナとおっしゃるのですか?」


 農民をお嬢様扱いしてくれるジークリンデの言葉に目が潤む。


「ニナ・マッハと言います」

「そう言えば、貴方様のお名前を伺っておりませんでした」

「農民相手にそんな敬語はやめてください。レオン・マクシミリアンと言います」

「レオン・マクシミリアン様。(わたくし)が敬語を使う理由はございます。貴方様はこの世界で最強の魔力を()()()()()()方ですから」


 ジークリンデの言葉にレオンの心臓が飛び上がる。


「それをどこで!?」

「見れば分かります。ただ、お気に障ることを申し上げるようで恐縮ですが、その魔法回路は完全に壊れております」

「ええ、壊れています。治せますか!?」


 首を横に振るジークリンデがレオンを深く落胆させる。


「それより、ニナ・マッハ様のご容体は最悪です。5時間と申し上げましたが、三日はかかるでしょう」

「三日……」


 石畳に膝を突いたレオンは、天を仰ぐ。


「そんなに悪いのですか!?」

「はい。生きているのが奇跡です。三日はお時間をいただきます」

「待ちます! 何日でも!」

「まじ、でしょうか?」

「はい! マジです! ……あっ」


 そんなことをすれば、殺された恩人の遺体を三日放置することになる。全部自分でやると見得を切った以上、やらざるを得ない。


「すみません。家に戻ります。後で連絡をください」

「承知いたしました。三日後にフクロウ便で手紙をお送りいたしますので、それを受け取ってからこちらにいらしてください」

「場所は分かりますか?」

「後でトオル・コウエンジ様から伺います」

「毎日来てもいいですか?」

「申し訳ございませんが、お待ちになっても面会は出来ません」

「出来なくてもいいです。そばにいたいのです。ここで無事を祈りたいのです」

「お祈りなさるのでしたら、教会へいらしてはいかがでしょうか? ここでお祈りを捧げても、人目が気になるばかりで、お祈りどころではないと思います」


 本当は、薄汚い農民が家の前にいるのがいやなのかも知れないが、ここは悔しいが機巧人形(オートマトン)の言葉に従うことにした。


「どうか、ニナのことをよろしくお願いします!」

「承知いたしました。ただし、十中八九ですが――」

「お願いします!!」

「承知いたしました。ただし、十中八九ですが、ご了承ください」


 ロボットが同じ言葉を繰り返すので、諦めたレオンは無言で頭を下げて背を向けた。

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