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14.森の逃避行

 なぜ、あの行動が出来たのか、後々考えても分からない。でも、とにかく体が反射的に動き、立ち上がりざま髭面男に肩から体当たりして、意図せず脳天が相手の顎を突き上げて目から火花が出た。


「――っ!」


 いきなりの体当たり&アッパーカットに、髭面男が顔を歪めて仰け反り、仰向けに倒れた。レオンが駆け出すと、ちょうど男の手から離れたランプを蹴ってしまい、逃走方向へ転がる。


 ランプがレオンと他の男二人を下から照らす。


「野郎!」


 背が低くてでっぷり太った男が、右手を伸ばしてレオンを捕まえようと前に出た。レオンはランプを拾い上げて後ろに振りかぶり勢いよく横へ振り払うと、見事にランプが男の顔面を殴打した。


「ぐあっ!」


 男は、背後にいた痩せた髭面男を巻き込みながら後ろ向きに倒れ、哀れな痩せ男は木箱の角に頭を打ち付けた。


 レオンは戦果を確認する間もなく、まだ目の前で無数の星がちらつく状態で、長く伸びる夕陽の光を頼りに扉を駆け抜けた。右を見ると遠くの方で山賊の集団が集まっている。左は誰もいない。


「誰かいるぞ!」


 左方向へ全力で駆けだしたレオンの背後から、無数の足音が迫り来る。それが怖くて、後ろを振り返ることが出来ず、ただひたすらに走る。


 おそらく、竜に乗って追いかけてくる奴もいると判断したレオンは、早々に竜との追いかけっこを諦め、街道ではなく町の外にあった林へ逃げ込んだ。


 林の奥深く入っていくと、木の数も増え、低木が密生しているところもあった。夕陽の光は木々の重なり合う葉に隠され、所々に闇が広がる。低木の葉を掻き分け枝を折る音を残しつつ前進し、様子を窺うためしゃがんで体を隠してから耳を澄ます。


 ガサガサガサッ。ガサガサガサッ。


 遠くから物音が聞こえる。しかし、距離はある。レオンは派手に音を出さないよう注意しながら手探りで奥へと向かった。


「そっちはどうだ!?」

「こうも暗くちゃ分からねえ!」

「耳を澄ませ! 音がする方へ行け!」


 感覚的だが、20メートルほど後方で声がする。途絶えた声で訪れた静寂の中、レオンは足を止めた。


「聞こえねえな!」

「あっ、今、向こうでガサガサ言った!」

「行ってみるか!?」

「熊かも知れねえから気をつけろよ!」

「大声を出せば大丈夫だ!」


 熊という言葉に(きよう)()して、足が(すく)む。ガサガサと物音が遠ざかるが、実はそれがこちらに聞こえるように言った作戦で、本当は音を極力立てないようにさらに前進して近づいてくるかも知れない。


 レオンは腰を低くしながら低木を抜け、木の裏に回って耳を澄まし、ランプの明かりが見えないか目を凝らす。


『安心は出来ないな。もっと奥へ行こう』


 闇が支配する林の奥は、苔の匂いが強い。空気も湿っぽい。沼でもあるのだろうか。


『森か? 精霊でも出てきそうだな』


 ファンタジー的な展開を想像したが、落ち葉を踏みしめる音や小枝を折る音しか耳に届かず、現実世界に引き戻される。こうも視界が奪われると、進行方向の危険を察知できず、恐怖が助長する。沼に落ちたら、それが底なし沼だったら一巻の終わりだ。


『この辺りでいったん停まろう』


 ヌルッとする太い木の幹らしいのが手に触れたので、腰を下ろして幹を背にして休息した。


 山賊はあの拠点を放棄するだろうから、帝国の竜騎兵に通報しても無駄だろう。移動の足手まといになるので放置された盗品があるのだったら、それを取り戻すことが出来るが、酒瓶が戻って酒屋を喜ばせる程度だ。


 ポケットに手を入れて銀貨と銅貨があることを確認する。逃走中に弾みで何枚かは落としたかも知れないが、命あっての物種なので、こぼれた金など惜しくはない。


『異世界で逃走中かよ……。笑いたいところだが、自分の身に降りかかっていることは笑えねえな』


 風はないらしく、木々の葉がさざめく音も聞こえない無音の世界。自分の呼吸音だけ耳に入ってくる。


『今日の所はここで野宿だな』


 これからのことをあれこれ考えていると目が冴えるが、しばらくすると睡魔が襲ってきて、いつしか膝を抱えたまま眠りこけた。



 翌朝、何かの物音で目が覚めた。ついに見つかったかと鳥肌が立つが、素速く周囲を窺っても、差し込む僅かの朝日で薄暗く映る森の光景には生き物の影はない。


『うわっ、鬱蒼とした森って感じだな』


 アニメとかで観たことがある森の光景が目の前に広がることに感動し、立ち上がって深呼吸をする。


『これが異世界の森の匂いか』


 堪能するのもそこそこに、逃走を再開する。


 途中で追っ手に遭遇したらとか魔獣が現れたらとか、不測の事態をあれこれ想定して、落ちていた手頃な太さと長さの枝を拾い、小枝を落として武器代わりに握りしめる。


 森を進んでいくと、鳥たちの声が聞こえ始め、枝も減って明るくなってきた。森の出口へ近づいたようだ。


『こういうときに限って、山賊が外で待ち受けていたりして』


 お約束的なストーリーを思い描いていたら、遠くの方から声が聞こえてきた。


「出口はここだよな?」

「ああ。他は沼があって、森から出て来るとしたらこの辺りしかない」

「本当に出て来るのかよ? 他へ行ったんじゃないか?」

「もしかして戻ったとか?」

「その可能性もあって、反対側から連中が探している」

「挟み撃ちか?」

「そうよ」


 まずいまずいまずい。山賊の挟み撃ち作戦が展開している。予感的中に喜ぶ間もなく足が止まったレオンは、近くの木の裏側へ隠れた。


「いっそのこと、こっちから出迎えに行くか?」

「めんどくせー」

「待とうぜ」


 動く様子がないのでホッと胸をなで下ろし、試しに右手の方向へ行ってみた。すると、確かに大きな沼が広がっていることを確認出来た。ならばと180度向きを変えて進んでいくとと、そちらにも大きな沼がある。この沼を迂回した先に何があるのか気になるが、それを探っているうちに背後から山賊が追いついてくる可能性もある。


 いったん元の位置に戻り、冷静になって次に取るべき行動を思案していると、森の出口で待ち構えている山賊が騒ぎ出した。


「帝国の奴らが来るぞ!」

「なぜここが分かったんだ!?」

「まずい! 逃げろ!」


 重量感のある音が左から右方向へ遠ざかるので、竜に乗った山賊と竜騎兵の追いかけっこが始まったのだろう。


 レオンは、急いで森の出口へ向かい、広がる草原に出て左右を確認する。誰もいない。


『左右に沼があるということは、この出口以外から山賊が出てこない。ならば――』


 レオンは左方向へ足を向け、森の端に沿って駆けだした。左から竜の足音が聞こえたから左に行けば街道があるはず、という自分の直感を信じて。

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