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12.恩人の死

 レオンは街道の凸凹による上下の揺れで腰が浮き、右に倒れてはゲオルグと肩がぶつかり、左に傾いては台から落ちそうになるので、曲げた膝が当たる座席の部分を両手で掴んだ。


 視界に映る景色は、ハンディカメラを持ちながら走って撮影した映像を見せられているみたいで、仕舞いには吐き気に襲われる。


「ああ、畜生!」


 背後の幌が邪魔なのでゲオルグが右横から顔を出して後ろを振り返り、忌々しく言葉を吐いた。


「奴ら、あんなものを持っていやがる! 山賊のくせに!」


 レオンが左横から顔を出して振り返ると、先ほどの二人の男が竜に乗って追いかけてくる。その後ろに、これまた竜にまたがった四人の加勢がいる。二本足で大股に突進する竜は、緑色の鱗に覆われた体を前傾姿勢にし、白い牙を剥き出しにして逃走者を威嚇する。


「竜を持っているとは聞かなかった! ええい!! 忌々しい!!」


 ゲオルグは両足で思いっきり台を蹴り、手綱を勢いよく振ってトカゲを()かせた。


 林から出て草原が広がる場所に出た。


 荷車は搬入する油の樽が満載で重い。しかも、今は二人乗りだ。トカゲはこの重量でも、走ったまま町と町の間を往復できるほど体力はあるが、徐々に距離を詰める竜を振り切るほどの脚力と持久力があるのかはわからない。


「僕がなんで逃げているかわかりますか!?」


 突然、ゲオルグが前を向いたまま手綱を振って問いかけた。


 ()(すさ)ぶ風の音に彼の言葉が所々千切れてレオンの鼓膜に届く。


「え!?」

「金ならあるだけ払えばいい! 荷物だって奪われたっていい! でも……守りたいものがある!」


 これは、ゲオルグの心の声だ。自分に言い聞かせている。レオンはそう直感した。


「いいですか!? 僕の言う通りにしてください!」

「わかった! どうすれば――」

「前のトカゲに乗り移って!」

「――――!」

「レオン!! 早く!! またがって!!」


 爆走するトカゲ車からトカゲの背中へ乗り移る。そんなことが出来るのか。


 腰を上げたレオンの体が固まると、ゲオルグの左手の拳がレオンの尻を叩いた。それで体の硬直から解放されたレオンが宙を飛び、トカゲの尻尾の付け根に股間を打ち付け、背中に両手でしがみついて這い上がる。


 振り落とされまいと歯を食い縛り、腕の力でなんとか前方の背中で安定する位置にまたがると、急にトカゲが加速して景色がどんどん後ろへ遠ざかる。


「ゲオルグ! こいつすげーな! こんなに速く走れるなんて――」


 振り返ったレオンは、視界に映る光景に呆然となった。トカゲがいなくなった荷車が減速し、四人の山賊が追いつき、残りの二人が全力でレオンを追いかけてくる。


 いつトカゲだけが切り離されたのだろう。爆走する間にどんな手品や魔法を使ったのか。


「おい! 戻れ! ゲオルグを置いていくな!」


 だが、トカゲは道をひたすら走り続ける。振り返ると、距離を詰めてきた山賊達は見えるが、荷車は遥か遠くに点となった。


 止め方が分からないレオンは、両足で腹を蹴ったり拳で背中を叩いたりしたが、かえって加速するだけだ。


 また振り返ると、山賊との距離は半分に縮まった。いよいよお陀仏かと思ったその時、進行方向からこちらに向かってやって来る緑の竜の一団が見えた。四匹いて銀色に光る何かが乗っている。よく見ると、甲冑を着た人物らしい。


『まさか、挟み撃ち!?』


 しかし、竜にまたがる甲冑の人物は、二人は覚悟を決めたレオンの横を通り過ぎ、二人はトカゲの行く手を塞いだ。行き場を失ったトカゲは、急に右折して草原に入って行く。


「おい! そいつを止めろ!」

「止まらないんだ!」

「なら、飛び降りろ!」


 言われるままにレオンが飛び降りると、トカゲはそのままどこまでも走って逃げていった。


 草がクッションとなって軽い打撲で済んだレオンは、後頭部を押さえて上半身を起こす。すると、竜が近づいてきて、甲冑の人物の一人が見下ろして問う。


「山賊に追われていたみたいだが?」

「ああ。荷物を運搬中に」

「なぜ、荷車がない?」

「わからん……」

「変な奴だな。……ん? その頭巾を取れ」


 レオンは(ため)()いがちに頭巾を外すと、二人が同時に「ほう」と声を上げた。


「お前のような者がここにまで流れているとはな」

「俺のことを知っているのか?」

「その髪と目の色は、異界から来た奴だろう?」

「知っていたか。もしかして、お前らは帝国の兵士か?」

「兵士……まあ、竜騎兵だが」

「山賊狩りか?」

「まあな。それより、他の者に見られるとまずいから、それを被れ」

「取れと言ったり被れと言ったり……」

「つべこべ言うな」

「へいへい」


 レオンが頭巾を被り直すと、竜騎兵の二人が集まってきた。


「山賊二人を取り逃がしました」

「荷車は見なかったか?」

「見ていません」

「こいつの話だと、荷車が襲われたらしいから、こいつを連れて全員で確かめに行く」

「わかりました」


 レオンは一人の竜騎兵の後ろにまたがらせてもらい、四人で荷車の様子を見に行った。遠くに見える荷車が近づくにつれて、レオンの全身は不安に包まれていく。


『……守りたいものがある!』


 ゲオルグの守りたいものとは、レオンではなかったのか。


 山賊がどういう連中で、捕まると何をされるのかはゲオルグがよく知っていたはずだ。


 だから、トカゲに乗り移らせ、切り離したのではないか。


 そう思うと、最悪の事態が起きている可能性があり、とても現場を正視できなくなる。レオンは銀色の甲冑の背中へ視線を移してから、さらに竜の緑の鱗へ目を落とす。そして、体が小刻みに震え、歯の根が合わなくなった。


「お前ら、様子を見てこい。こいつが怖がっているみたいだから、俺はここに残る」


 竜が停まった。複数の足音が遠ざかり風の音が獣の遠吠えの如く聞こえていたが、しばらくして、足音が近づいてきた。


「商人が一人死んでいます」


 竜騎兵の報告に、レオンは涙が堰を切ったように溢れ出て、嗚咽を乗せた風が草原の草花を揺らした。


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