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11.山賊の襲撃

 ゲオルグは、クーンの町外れにある問屋を母親と妹とで切り盛りしていた。主に扱うのは日用品で、生産者から直接仕入れて各地の小売店へ地道に販売して歩く。一家が食べていけばいいと薄利な商売を続けていて、亡くなった父親が残したこの店を大きくしようという考えはさらさらないようだ。


 レオンは店の空き部屋で寝泊まりすることになったが、ゲオルグの母親と妹は歓迎とは程遠い表情で見つめてくるため、この家で食事の世話にはならず、外食で済ませると宣言した。母親と妹が席を外したのを確認してから、ゲオルグがレオンの耳元で囁く。


「今までここで働いた人間はすぐ辞めていくから、あまり良く思っていないんだ。しかもその髪の色知られたし」

「わりぃ。つい頭巾を取って挨拶してしまった」

「仕事先では注意してほしいな」

「了解。でも、この髪をジロジロ見られるのは慣れているから大丈夫」

「そっちは大丈夫でも、僕は大丈夫じゃないから」

「肝に銘じておこう」

「仕事で音を上げないよね?」

「そっちの大丈夫を言うのは仕事を見てから」


 早速倉庫に案内されたレオンは、うずたかく積まれた箱や樽の山に驚いた。


 レオンの仕事は、これらの荷物を荷車に載せて小売店への搬入に同行し、現地で積み下ろすことだった。


「大丈夫だよね」

「OK」

「桶? 桶なんかないけど」

「いや、こっちの独り言」

「独り言の割には、僕の方を見て親指を上げたよね?」

「癖だよ癖」


 すぐに油の樽を積んで、今度はハイデンハイムに行くというので、一緒に荷車へ乗り込んだ。荷車前面の台の右にゲオルグが左にレオンが座り、ゲオルグは手綱を握りレオンは頭巾を正す。


 トカゲ車が街道を走っていると、雇ったのはこれが目的だったような気がしてくるほどゲオルグはよく喋った。


「彼女とどこまでいったんですか?」

「え?」

「当然、抱いたんでしょう?」

「まあ……そのくらいは」

「それから? 一緒に寝るところまで?」

「ま……まあな」


 本当は、部屋の中をカーテンの間仕切りで二人のプライベート空間を作り、自分は床に寝ていたのだが、曖昧な言葉でゲオルグの妄想を膨らませる。ニヤッと笑ったゲオルグは、広大な田園風景の先にある青い山脈へ目をやって短い溜め息を漏らす。


「いいなぁ。僕にはそこまで経験はないし」

「俺よりイイ男だからモテるんじゃないのか?」

「持てる?」

「多分、違うこと考えていると思う。人気があるって意味」

「いやぁ、この商売をしていると、女の子は滅多に寄りつかないですよ。みんな、兵士とかハンターとか格好いい男の方に行ってしまうので。……そう言えば、元魔法使いって言ってませんでした?」

「ああ。魔法回路が壊れて、廃業だ」

「それはお気の毒に。でも、彼女、壊れても付いてきてくれたんでしょう?」

「どういうわけか、ね」

「どういうわけかって、決まっているじゃないですか」


 ゲオルグは山から視線を切り、レオンに顔を向けてウインクする。


「惚れていたからですよ」


 赤面するレオンを見て小さく笑った後、また溜め息を吐いた。


「レオンにあやかりたいなぁ。母親を喜ばせたいし。……でも、妹がいるから」

「ん? それどっち?」

「どっちって?」

「ゲオルグは彼女を作りたいのか、妹が――好きなのか」

「なんでそんな話になるんですか? 彼女を作りたいに決まっているじゃないですか」

「いや、だって、妹がって言うから」


 レオンの誤解に苦笑するゲオルグは、手綱を握ったまま軽く肩をすくめる。


「妹は、彼女を連れてくると嫉妬を燃やすんです」

「何? 経験済み?」

「はい。なんか、経験済みって言うとあっちの方もって思ってしまいますが」

「そっち行ったか」

「でも、レオンみたいに一緒に寝てはいませんよ」

「寝てから家族に彼女を紹介する前提!?」

「仲間はそうしていますが」

「それ、お仲間は結婚前提にしてないか?」

「いいえ、結婚した奴はいませんよ」

「寝ておきながら!?」

「ええ」

「そんなお仲間とは手を切れ」

「それは無理です。商売の情報を交換する仲間なので」


 ゲオルグは進行方向に向き直り、どこまでも続く単調な田園風景を見ているようでその実、過去の一件に思いを馳せた後、ゆっくりと口を開いた。


「僕は普通に付き合っていて、友達を紹介する感じで彼女を連れて行ったら、『商売している振りして、陰で女を作ってるの!?』って怒られて」

「言われちゃったのか」

「言われちゃいました」

「――それ、お兄ちゃん大好きだからじゃないのか?」

「そ、そうなんですかねぇ?」


 今度はゲオルグが頬を染めるのをレオンが楽しんだ。


 二足歩行のトカゲが軽快に歩を進め、街道の小さな凸凹が適度な揺れとなって、無言でいると眠りこけてしまいそうになる。二人は無言の間は次の話題のネタを考え、常にどちらが先ということはなく声を掛け合った。


 ただし、ゲオルグはレオンの出自については一切探ろうとしなかった。いつ訊かれるのかと内心ドキドキしていたレオンだったが、同じ被召還者のカミジョーとニラヤマから何か聞いていて、同情の念を抱いているのだろうかと推測した。



 こうして二十日が過ぎた。


 毎日、悪貨の1銀グロシェン2枚――20ペニヒをもらって、朝昼晩4ペニヒの定食を3回食べると8ペニヒ残る。最初の三日間はそうしていたが、途中から気が変わり、この土地の農民がしているように、あえて朝夕の二回だけにし、一品抜いて3ペニヒに節約した。こうすれば一日14ペニヒが手元に残る。1ペニヒ銅貨がポケットの中でジャラジャラ音を立てるのが気になるので、時々10ペニヒに相当する悪貨の1銀グロシェンと交換してもらった。


 買い物はしないで、とにかく出費を切り詰める。増えていく貨幣を見て、貯蓄の喜びに浸る。


 金をコツコツ貯めてはみたものの、ふとこれからのことを考えると、ノープランであることに今更ながら気づいた。


『このまま貯めるだけ貯めて、次の新しい仕事にチャレンジするかな? この土地に居着いてもいいし。他に行ってもいいし』


 他に行くとしても、ゲオルグと一緒に訪ねる町しか知らない。町の雰囲気から考えると、クーンの町の方が温かみを感じる。だとすると、ここを拠点にする方が良さそうだ。


「なあ。このまま俺がお金を貯めたら、いつかは()(れん)()けとかしてもらえるのか?」

「何その、のれんわけって?」

「あ、早い話、ゲオルグの店の支店を出して、そこの店主に俺が収まるってこと」

「ああ、そういった店を大きくすることは考えていないです。レオンは商売したいの?」

「商売に限らなくていい。畑を耕して作物を栽培して売って、って感じでゆっくり暮らしても」


 急にゲオルグが眉をひそめた。


「農民は、やめた方がいいですよ」

「なんで?」

「身分が一番低いから。商売人は兵士の次の身分です。その下に職人がいて、その下に農民がいるのです」

「士商工農って奴か?」

「さあ。ししょうこうのうなんて言葉は知りませんが」


 身分の違いが腑に落ちないレオンが腕を組む。


「なあ。ゲオルグは自分が農民より偉いと思っているのか?」

「身分がそうですから。生まれたときからそう教えられています」

「親が――ちゅうか先祖代々受け継がれているのが悪いって事か」

「身分の話はやめましょう。結構、神経質な話題ですし」

「ああ、悪かった」


 身振りで早く話題を変えることを伝えるゲオルグに、レオンは腕組みをやめて同意する。


「魔法使いは兵士の身分です。それがこうして商人の手伝いをしてもらっているのは、実は心苦しかったんですよ。レオンの身分が下になったんですから」

「そうだったんだ」

「レオンは僕らの上の存在です。早く魔法回路が治って元の身分に戻れるといいですね」

「身分は別に気にしていない」

「それ、ここでは口にしない方がいいですよ。厄介なことに巻き込まれますから」


 身分制度には絶対納得がいかないが、この異世界がその古くさい身分制度に縛られているなら、そこで生きていくためには認める振りをしないといけないようだ。


「……なるほど。気をつけよう。で、魔法回路って治せると思うか?」

「あの医者に聞いてみてはいかがですか?」


 早速、山羊頭の医者の所へ駆けつけたが、「それが出来たら今頃ここにはいない」と笑われた。


「帝国一の魔法使いでもダメか!?」

「さあ……。ドロテア様に聞いてみてはどうかね?」

「何!? ドロテア――様を知っているのか!?」

「知らないってことは、この世界の人間ではないことになるが」


 医者の見透かすような目つきに背筋が凍った。


 ドロテアが自分を治療しなかったのは匙を投げたのか、はてまた素行の悪い自分に愛想を尽かしたのか。ギルガメシュを取り立てるために自分を追い出したとは思いたくない。



 悶々とするレオンは、シュルツハイムへ向かうためゲオルグと一緒に荷車の台の上に座っていた。


「どうしました? 浮かぬ顔をして」

「治るかどうかはドロテアに聞けと言われたんだが、どうすればいいのかと思って」

「ドロテア様です。言葉に気をつけないと、帝国の兵士に後ろから刺されますよ」

「こんな街道に帝国の兵士が検問を構えているとでも?」

「何だか最近、仲間の話によると、グーテンクヴェレン公国の各地で山賊が出るとか。それで帝国の兵士が討伐の増援に出ているそうです」

「山賊?」

「ええ。戦争が終わって敗残兵が山に籠もったのですが、彼らが山賊となって居場所を転々として強奪をするのです」


 表情が(こわ)()るゲオルグを見て、レオンは山賊の脅威が只者ではないことを感じた。


「この辺りも出るのか?」

「僕は仲間の情報を元に、出ない道を選んでいるのですがね」


 それでも不安そうなゲオルグの予感は、街道が林の中へ入ったときに的中した。前方にボロのような服を纏って剣を持つ二人の男が現れて、道を遮られたのだ。


「おいおい、まさか、あいつらが山賊か?」

「そのようですね。レオン、つかまっててくださいね」


 ゲオルグは台に両足を踏ん張って手綱の右を強く引き、トカゲの走る向きを逆方向に変えさせる。慌てたトカゲだが、緊急事態を綱の引く力で感じたのか即座に反応し、重い荷物で(きし)む車輪に構わず車を時計回りに180度向きを変えてから加速し、街道を爆走した。


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