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10.日雇いのバイト

「着きましたよ」


 男の声で夢から覚めたレオンは、重い瞼を半開きにして上半身を起こした。


「どこ?」

「クーンの町です。そこへ行くって言ったでしょう?」

「……ああ、そうだな。ここなら、怪我を治してくれて、食わせてくれるんだな?」

「ええ。じゃあ、もう降りてください」

「おいおい。俺はこの町を知らないぞ。案内してくれないのか?」

「しますって。荷台の上じゃ、何も出来ないでしょう?」

「……そうだな。置いて行かれると思った」

「そんな薄情者に見えます? 心外だなぁ」


 荷台からフラフラと降りたレオンは、今更ながら男の顔をよく見る。紫色の髪を短めに切り揃えて目鼻の整った好青年で、二十歳を少し過ぎたくらいに見える。もしかすると、元の世界での自分と同い年かも知れない。


「そう言えば名乗ってなかったな。俺は、レオン・マクシミリアン」

「ワオ! 元戦士とか?」

「いや、元魔法使い。俺の名前って、戦士に多い名前か?」

「知らないんですか?」


 まさか異界から召還されたと暴露するわけにもいかないので、適当に誤魔化す。


「この国のことは知らん」

「グーテンクヴェレン公国ではたまにいますよ、そういう名前の戦士が」


 いつの間にか、ローテカッツェン公国を出てグーテンクヴェレン公国の領土に入ったらしい。


「僕は、ゲオルグ・プンペンマイヤー。しがない商人です」

「こんなに大きな幌付きの荷車を持っているのに?」

「いや、これ借り物なんですよ。このくらいの荷車を持っていかないと、アイスリンゲンでは相手にされないんで」

「アイスリンゲンの帰りか?」

「はい。油を売ってきました」

「なんか、無駄話で時間を費やしたみたいに聞こえるが?」

「そうなんですよ。搬入先の店主はお喋りが多くて、僕には時間の無駄で困っているんですが」


 (ことわざ)が違う意味で通じたらしいので、レオンは苦笑する。


 ゲオルグに案内されて、まずは医者の所へ行く。二階建てのレンガ造りの建物へ入るとここの医者も山羊頭の男だったのでギョッとしたが、声は優しい感じだった。


「ふむ。手足一本につき、4銀グロシェン。全部で16銀グロシェン。ただし、良貨で」

「そんな金ない。右足だけでいい」

「腫れているけどいいのかね?」

「しばらくすると治るだろう?」

「わからんぞ」

「またそうやって脅かす。とにかく、歩ければいい」

「……まあ、それで良ければ」


 医者は両手の掌をレオンの右足に向けると、緑色の輝く魔方陣が患部の上に出現し、3分で治療が終わった。医者が手を出して金をくれのポーズをするので、レオンが支払いのためにポケットから袋を取り出すと、


「おや? あんた、なんで女物の袋を持っているのかね?」

「え?」


 ゲオルグの方を見ると、彼も目を見開いている。


「まさかと思うが……」


 医者が(いぶか)しげにレオンを見るので、直感的に、盗品に間違えられたと判断した。


「いや、これは死んだ恋人の形見なんだ」

「形見?」

「ああ。ミッテから一緒に旅をして、新天地で職を得て仲良く暮らそうって約束していたら、旅の途中で病に倒れたんだ」


 自分が抱いていた思いを取り混ぜての(とつ)()の創作だったが、二人は納得した様子だった。実際はそこまで二人で誓いの言葉を交わしていないが、互いの気持ちはそうだったとレオン自身も納得する。


 それから銀貨を4枚渡すと、銀貨に目を落とす医師は顔を上げてレオンに同情の目を向けた。


「お気の毒に。恋人を失ってさぞ辛いだろうから、3銀グロシェンで良い」

「いいのか!?」

「いいとも。もし良ければ、あと3銀グロシェンでそっちの足も治すが」

「さりげなく商売をしてる気もするが……かたじけない」


 結局、銀貨6枚を渡して左足も治してもらった。袋を大きく開けて、残り少ないお金を数えていると――と言っても、文字が読めないので単に銀貨や銅貨の枚数を数えているのだが――ゲオルグが袋を指差した。


「それ、やっぱりまずいですよ。女物を男が持つのは、何かと疑われます」

「どうすればいい?」

「その袋は形見で捨てるのは忍びないでしょうから、開いて小さい顔拭きとかにしませんか?」

「ああ、ハンカチとか?」

「はんかち?」

「いや、顔拭きな、顔拭き」


 ゲオルグはレオンから袋を受け取ると、医師からハサミを借りて袋を開き、表を裏側になるように二つに畳んだ後、ポケットから針と糸を取り出して、器用に四辺を縫い、ハンカチに仕立て上げた。


「これなら大丈夫です」

「感謝する。それにしても、裁縫道具をスッと取り出すところなんか、凄いな」

「これ、持ち歩いていると、意外と役に立ちますよ。荷物の搬入時に服を箱の角に引っかけて破れることがありますから」

「なるほど。生活の知恵か」

「仕事の知恵です。さあ、次は食事に行きましょう」

「何から何まで有り難い」


 野犬に両手を噛まれたところがまだ腫れていて痛みが残り、握力がなくなった気がする。奮発して全部治すべきだったかと後悔もしたが、クララのお金を無駄遣いするような気がして、医者の建物にその後悔を置いて外へ出る。


「なあ、ゲオルグって呼んでいいか?」

「いいですよ。僕もレオンでいいですよね?」

「ああ。早速だがゲオルグ」

「はい?」

「お願いがあるんだが」

「何でしょう?」

「俺を雇ってくれないか?」


 名前で呼び合うことで距離感を縮めてのお願いが功を奏するか、レオンは食事よりも期待を込める。


「何が出来ます?」

「この体に合う力仕事とかあれば」

「荷物運びをお願いしてもいいですが、その怪我した腕では……」

「大丈夫、大丈夫」


 そう言って、まだ痛い手をグルグルと回してみせる。


「なら、一日20ペニヒでどうです?」

「悪貨の2銀グロシェン?」

「この町でその言葉を使うと、イヤな目で見られますよ」

「さっきの医者、良貨とか言ってたぞ」

「良貨でと言わない限り、悪貨なのです」


 日当20ペニヒはレオンの感覚では4ペニヒの食事が1000円ランチなので日当5000円に思えて、ちょっとしたアルバイトと解釈した。


「じゃあ、それでいい。よろしく頼む」

「その代わり、その髪の毛はお客の前で見せないようにしてください。このクーンの町はいろいろな人種に寛容なのですが、他ではそうとも限りませんから」

「わかった。で、どうすればいい?」

「頭巾を貸しますから、それを常に被ってください」

「じゃあ、今から練習したい」

「どうぞ」


 ゲオルグは、いったんトカゲ車の荷台へ行って、茶色の頭巾を持ってきた。揉み上げの毛がはみ出しそうになるのを注意すれば、上手く黒髪を隠すことが出来る。頭巾が様になったレオンは、ゲオルグと一緒に食堂に入り、4ペニヒで鴨肉のローストと豆スープと野菜サラダを食べた。


「涙なんか流してどうしました? そんなに美味しいとか?」

「ちょっと埃が目に入って」

「僕は大丈夫ですけど……」


 そうではない。クララの料理を思い出したのだ。食堂のは焼き方が生っぽくて美味しくない。スープは塩気が薄い。彼女の手料理に慣れているので、どうしてもそれが基準となって比較してしまう。


 久しぶりの食事に疲れて1/3を残してしまい、ゲオルグが勿体ないを連発する。


「俺がゲオルグに声をかけてもらわなかったら、今頃、野垂れ死んでいたかもな。感謝の気持ちで一杯だ」

「当然のことをしたまでです」

「そうやってさりげなく言うところが格好いいな」

「そうですか?」

「なあ。クーンの町があらゆる人種に寛容で、他がそうではないって、なぜなんだ?」


 すると、ゲオルグが椅子に(もた)れて、(きし)む音を響かせる。


「ここは余所者が流れてくる場所だったのです」

「なぜ?」

「戦争前の話ですが、周辺の領地(くに)で迫害を受けた人々を受け入れたここの領主がクーンだったのです」

「なるほど。慈愛に満ちた領主様って訳か」

「いいえ。単に労働力確保です」


 素っ気ない言葉にレオンの感動が吹き飛ぶ。


「まさか、黒髪の連中も流れてきた? だから免疫が出来ているとか?」

「それはないですね。いろいろ集まってくる人々の中に混じっている一人って感じで受け入れているだけです」

「実際に、来たことあるのか?」

「ありますよ」


 レオンは身を乗り出した。


「いつ? 戦争前?」

「いいえ、半年前に二人」

「そいつらは今どこへ?」

「来て数日で熱病に(かか)って亡くなりました」


 病名からクララ達のことをまた思い出してしまい、悔しさが込み上げて心臓が締め付けられる。


「名前は? 覚えているか?」

「確か……カミジョー、ニラヤマと名乗っていたと思います」


 日本人の名前だ。間違いなく被召還者だろう。王宮を追われたのか、独り立ちしたのかは分からないが。


 一体、帝国は何人召還すれば気が済むのだろうか。


「ミッテから来たと言っていなかったか?」

「言ってました。お知り合いですか?」

「いや、知り合いではない」


 これ以上突っ込んできたら、自分が異界から召還されたことまで話さないといけなくなるのかとドキドキしていたが、ゲオルグは興味を失ったようで、話を切り上げる。


「そろそろ行きましょうか?」

「ああ、よろしく頼む」

「こちらこそ」


 ゲオルグが差し出す右手を右手で力なく握りしめる。


「大丈夫ですか? 力が入らないみたいですが」

「右は元々利き腕じゃないんだ」

「そうですか。気をつけてくださいよ」


 レオンの左手の握力を試そうとはせず、ゲオルグは席を立った。


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