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2.異世界の現実

 着の身着のままで放り出されたレオンにとって、クララの(ずい)(はん)は天の助けに思えた。王宮での上げ膳据え膳の境遇が四ヶ月続いたので、この町でどうやって生活していけばいいのかまるで分からない。時々、トオルと一緒に町を探検したから、多少の土地勘はあるが、それでは腹を満たさない。何せ、買い物フリーパスの軍服を着ていないのだから。


 幸いだったのは、クララはお(いとま)()いが許可されて退職金1タレルが手に入っていたことだ。この世界の金銭感覚が分からないので彼女の知識を借りると、外食を物差しにするならば、一人が一ヶ月食べていける金額だという。具体的には、一食が4ペニヒ、三食で12ペニヒ。12ペニヒが1銀グロシェンで、36銀グロシェンが1タレル。この世界の一ヶ月は36日なので、ぴったり一人一ヶ月の食事代というわけだ。なお、時間が10進法なのにお金が10進法ではないのは、帝国が強力に推し進める10進法を経済界が拒んでいるかららしい。


「でも、都会は一日三食でも田舎は二食です。田舎の習慣に合わせれば一人一ヶ月半は大丈夫です」

「じゃあ、俺は一日一食でいい。そうすれば二人で一ヶ月持つよな?」

「それではダメです」

「なんで?」

「宿はどうするのでしょうか?」


 あまりに基本的な前提の欠落に、穴があったら入りたい気分で満たされる。


「そうだよな。生活の拠点が必要だよな。この世界では、家を持たない連中は宿屋で暮らすのか?」

「はい。もしくは、どこかの家にて住み込みで働くかです」

「あるいはギルドへ行くか」

「ぎるどって何でしょうか?」

「なら、ダンジョンは分かる?」

「はい」

「ギルドは、ダンジョンに潜って魔石を獲得したら持っていって換金してもらう場所――的な」

「魔石はシュヴェルトブルーメ帝国が独占管理していますので、持ち込む場所はお役所の中にあります。俗に両替所(ゲルトヴエクセル)と呼ばれています」

「冒険者が集まる所ってない? そこへ行って依頼を受けるとかありかと」

「冒険者? ハンターのことでしたら、それも帝国が管理していて、お役所で登録しなければいけません。魔法が使えるか、剣術に長けているかが最低条件ですが、貴方様は剣の訓練を受けましたでしょうか?」

「触ってもいない」

「でしたら――申し上げにくいのですが――ハンター登録は出来ません」

「あああ……、ギルドもダンジョンも無理な異世界って、気が抜けたビールだぜ」

「気が抜けたビール?」

「シュワシュワしない美味しくないビールって意味」

「こちらのビールはシュワシュワなんかしません」

「げっ……。飲まなくて良かった」

「飲まなくて良かった? お出ししたことはありませんが――」

「いや、こっちの話」


 トオルと外に出かけたとき店先でビールを量り売りしている所を見かけて、顔が赤くならない程度の少量を一杯引っかけようかと誘惑に駆られたが、振り切って正解だったと安堵する。


 宿代は食事抜きで一人部屋が一日1銀グロシェンが相場だとのことなので、住み込みで働くことに希望を託す。


 早速、商家や大きな家を回って自分達を売り込みに行ったが、30軒回って1軒の花屋だけ「女ならいいが男はいらない」と言われた他は、全て断られた。


「まあ、花屋の店先に男がいても売れそうにないしな」

「そのようなことに納得していないで、さあ、他を当たりましょう」


 そろそろ心が折れそうなレオンは、簡単にはめげないクララを見ていると、村を焼き払われても強く生きてきたこの少女は今を逆境とはさらさら思っていないことに心を打たれた。


 異世界転移させられた被害者意識。最強の力を手に入れて有頂天になっていた自分が底辺へ転落したことの悲哀。一瞬、クララの退職金で仕事がなくても少しは暮らせるかと考えてしまった愚かさ。頭の中で様々な怒りと悔悟が渦巻き、自分を先導して力強く歩むクララの背中を直視出来ない。


『もし、クララが俺を捜さなかったら、今頃は野垂れ死にだな』


 哀れに思った神様がクララに慈愛を呼び覚ましたのか、運命を(もてあそ)ぶ神様が気まぐれに彼女の心へ囁いたのか。いずれにしても、感謝を捧げたいレオンは、彼女を追いかけると、突然、意識が遠のいていった。


「どうなさいました?」


 クララの呼びかけで意識が戻ったレオンは、道にうずくまっていることに気づいた。


「……ごめん。……ガス欠だ」

「がすけつって何でしょうか?」

「腹が減っていることをすっかり忘れていた」

「そういう意味でしたか」

「三日も食べないで、よく歩き回れたと驚きだよ。精神力で、人間、ここまで動けるものなんだな」

「貴方様はお強い方ですから」


 笑顔で優しく声をかけるクララを見ていると、涙が止まらない。


「そこにライ麦パン(ロツゲンブロート)の店がありますから買ってきます。道行く人にぶつかりますから、店の壁際へ行きましょう。立てますか?」


 彼女の細い手が差し出され、左手で握ると柔らかくてドキッとする。


「わりぃ。何もかもやってくれて」

「お気になさらずに」


 クララに支えられるようにしてパン屋の壁まで歩き、壁を背に腰掛ける。落ち着いてしまうと、そのまま横に倒れそうになるので、頑張って堪える。


「待っててください。すぐに戻りますから」


 だが、少ししてレオンの前に立ったのは、三人の男だった。

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