17.修行の日々
翌日もそのまた翌日もハンスがレオンの修行場所へやって来て、挑戦状を突きつけてはゴーレムや土壁等彼自身が全力を出して作り出す物を撃破されて退散する。それでも諦めず一週間通い詰めたハンスに向かって、レオンは渋面を作る。
「なあ。この調子で来週も日参するつもりか? 何度やってもあんたのレベルじゃ俺に勝てないってことが分からないのか?」
「何の、これしき」
「異世界にそんな言葉があるとは、恐れ入谷の鬼子母神」
「なんの呪文だ?」
「呪文じゃねえし」
「それより、明日、もう一度勝負願おう」
「願い下げだ」
「では、不戦敗で良いな?」
「はあ?」
「良いなと聞いている」
「よくねーよ!」
「じゃあ、明日も来るぞ」
「……ったく、えらい奴にとっ捕まったぜ」
ハンスの姿がフッと消えると、レオンは、ドロテアの方へ迷惑そうな顔を向ける。
「なあ、あいつにガツンと言ってやってくれよ。修行の邪魔をするなとか」
「邪魔とは思えないが」
「俺は邪魔だ」
「対魔法の訓練は一人では出来ないだろう?」
「……そりゃそうだけど」
「だったら、相手をしてやれ」
「なんか、子供を相手にしているみたいで張り合いがないんだが」
「だったら、もっと連れてくるか?」
「――おい、ちょ、待てよ。まさか、あいつを呼んだのはあんたか?」
「そうだ」
平然と言ってのけるドロテアに、レオンは目が点になった。
それから、ハンス以外にも、新たな魔法使いが入れ替わり立ち替わりレオンに勝負を挑みに渓谷へやって来た。
「はい、次」
「氷の刃を受けてみよ! ――ギャッ!」
地べたに胡座を掻いているレオンは右足に肘を突いて右手に頬を乗せた体勢で、術者の方を見ようともせず、声の方向に左手を突き出して稲妻を放出する。
「はい、次」
「食らえ! 煉獄の炎! ――ウワーッ!」
「はい、次」
こんな調子で挑戦者をあしらいつつ、ドロテアの方を向いて長い溜め息を吐く。
「今度、防御魔法とか回復魔法とか教えてくれないか? いい加減、こいつらの相手をするのに飽きたぜ」
「いいから、相手をしてやれ」
「俺の修行と言うより、こいつらの修行になってやしないか?」
「お前の修行になっている」
「これのどこが?」
「いいから、やれ」
「連中の心が折れても知らんぞ。集団訴訟が起きたら、あんたが対応しろよな」
■■■
レオンが召還されて二ヶ月が過ぎた。また今日も懲りない挑戦者を相手にするのかと乗り気ではないレオンが渓谷に向かうと、ドロテアが「今日から違うことを始める」と告げた。
「違うことって?」
「防御魔法の訓練だ」
「おおっ! ついに来たか! 待ちわびていたぜ!」
「それには攻撃する相手が必要だ」
「……まさか、連中が来るのか?」
「そうだ」
「敵討ちに遭うみたいで気が乗らないぜ」
「相手がどんな攻撃をしてくるか、わかっているから防御しやすいと思うが」
「わりぃ。今まで見ていなかった……」
ドロテアが教えた防御魔法は、正面からの攻撃に備えて体の正面に見えない楯のような結界を作るパターンと、横からも背後からも攻撃を防ぐドーム状の結界を作るパターンだった。最初はコツが掴めず失敗続きだったが、一週間経過してようやくものになった。
「ちょっと苦労したけど、形は出来たな」
「あとは、これを磨いていく」
「おう。少しは面白くなってきたぜ」
さらに一ヶ月が経過し、今度は回復魔法を教わった。これは、都合良く怪我人がいるわけではないので、指先を岩の破片とかで血が出るくらいに切って、自分で自分を治療するにとどまった。
「よしよし。これで簡単に治療できるようになったな」
「治療に使う利き手が怪我をしていなければな」
「何? もしかして、利き手を怪我したら回復魔法が使えないのか?」
「そうだ」
「早く言ってくれよ……。今、左手の掌を切ったところなのに」
「考えればわかることだ」
「そんな設定、俺のいた世界で観たり読んだりした記憶ないぞ」
結局、ドロテアに治療してもらう羽目になったレオンは、
「次は何を教えてもらうかなぁ? そうだ、転移魔法とかいいなぁ」
「ダメだ」
「なんで?」
「一人でどこにでも行ってしまうだろう?」
「バレちゃしょうがねぇ」
その日、レオンは修行を終えて風呂へ向かうと、ちょうど風呂へ向かうトオルの姿が見えたので追いかけた。
「よう、トオル」
「おっ、レオン。ちょうどいい。耳を貸してくれ」
「なになに?」
トオルがレオンの耳元で囁く。
「王宮を抜け出して町へ行かないか?」
あまりに突飛な発言にレオンは目を丸くした。
「出来るのか?」
「見つけたんだ。ってか、受け売りなんだが」
「誰から聞いた?」
「俺の先輩で俺らと同じく召還された人から」
「情報は確かか?」
「それを俺ら二人で試しに行くのさ。風呂入った後で来ないか?」
レオンはサムズアップする。
「当然、行くぜ」




