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15.方向転換

 レオンは、頭上に浮くスクリーンを一瞥した後、こちらを向いている大観衆を前に一礼した。


 剣士や騎士や魔法使いが技を披露したときは拍手喝采――どちらかと言うと同僚へ送られる喝采――が巻き起こったが、渓谷から戻ったレオンの鼓膜に届くのは手を叩くことを忘れた彼らの(ざわ)めきのみだった。


 演技が終了する度に拍手や口笛や掛け声が続いていたのに、トリを務めた自分の時はこの有様。耳をそばだてても、無数の言葉が重なり合って何を言い合っているのか判別できない。表情を見る限り、多くは畏怖の念を抱いているように見えるが、警戒心を抱いているとも感じられる。


 助けを求める目をすぐそばで宙に浮いているドロテアの方へ向けると、両手を上下に動かして拍手をする格好をしているので、胸の(つか)えが取れたような気分になる。


『まずはおめでとう』


 ドロテアの言葉が、頭の中で騒めき声を掻き分け聞こえてきた。


『おう、サンキュ。ちょい手元が狂っちまったが』

『そのおかげで、効果は抜群だったようだ』

『結果オーライってやつだが、納得はしてねえ。それより、あいつら、何を言い合っているか、聞こえるか?』

『大方は度肝を抜かれたという感想のようだ』

『何だか、魔法使いの目つきが怖いが』

『それはそうだ。あれを見せられては、自分達の攻撃魔法が子供だましに見えるからな。皇帝の前で恥をかかされたと思っている連中も多いはずだ』

『ぶっちゃけ、敵を作った?』

『敵愾心を燃やしているという意味ではそうだろうな』

『……なるほどな。あんたが前に、白日の下に晒すことが気がかりだったみたいだが、このことか』

『避けては通れないことだ。諦めろ』


 と、その時、小さな拍手が左から聞こえてきて、騒めきが潮を引くように消えていき、代わりに人々が一斉に片膝を突いて右手を胸に当てて(こうべ)を垂れる仕草の音がグラウンドに響いた。


 レオンが左を向くと、長いマントと煌びやかな服を纏い、赤髪に金色の冠を被った赤髭の巨漢が十人ほどの従者を引き連れて自分の方へ近づいて来る。立ち上がった熊とでも形容すべきか、離れていても威圧感が肌を刺す。あの姿と交流会参加者の反応から、ドロテアに確認するまでもなく、高貴な人物――皇帝であることが分かった。今まで姿が見えていなかったので、どこで見物していたのか不思議である。


『皇帝だ。(かしこ)まってお言葉を賜れ』

『見りゃわかるって』


 頭の中で忠告するドロテアが地面に降り立ったのと同時に、レオンも他の参加者と同じ体勢を取る。


「見事である」


 重低音の声が空気を震わせた。極度の緊張に包まれたレオンは、許可をもらうまで頭を上げない方が良いだろうと判断し、地面に目を落としたまま次の言葉を待つ。すると、ドロテアが口上を述べた。


「これはこれは皇帝陛下。ご機嫌麗しゅうございます。左におりますのが、以前ご報告いたしましたレオン・マクシミリアンでございます」

「これだったのか。見せたい物とは」

「左様でございます」

「少年とは思わなかった。だが、体型と魔力は比例しない。それはそちを見ればよく分かる」

「勿体無いお言葉でございます」

「これからも、この破壊力をさらに向上させるよう、訓練を続けるのだな?」


 実際は、魔力を絞る訓練ばかりで、今日のようなド派手は使い方は初めてである。これに対してドロテアが何というのか、レオンは右耳を集中する。


「――畏まりました」

「よし。あの山一つ消し飛ぶくらいにまでになれ。敵を峡谷に誘い出し、少年の魔法の一撃で大隊を全滅させるくらいにな。他の攻撃と防衛は、そこにおる兵士達に任せておけば良い。適材適所だ」

「畏まりました」


 皇帝の意向は大量破壊兵器を連想させて、レオンは重責に押し潰されそうになった。クララの過去に同情して自分の魔力の平和利用を考え、強い魔法も弱い魔法も柔軟に対応出来るように、特に制御が難しい弱い出力に腐心していた。


 その内なる計画は、国家権力の頂点に立つ者の意向により跡形もなく打ち砕かれた。


 皇帝には(ゆめ)(ゆめ)逆らえない。魔法使いの頂点に立つドロテアすらも反論できないのだから。


 これで、レオンとレオン以外の棲み分けが確定した。


 散会後、参加者の羨望の眼差しが痛いレオンは、彼らを直視できなかった。



   ■■■



「こんだけ魔力を使っても、ちっとも枯渇しない俺は、自分が怖くて震えが来るぜ」


 翌日、噴き上げた土砂が積み上がった小山の上に腰掛けるレオンは、自分が開けた直径20メートル深さ10メートルの大穴を覗いて、頭を掻きむしった。周囲はベン図の如く部分的に重なり合った穴だらけで、通路の確保もままならない。


「無尽蔵の魔力を持つのか、はてまた蓄える速度が速いのか」

「感心してないで。このまま地面を掘り返し続けていいのかよ?」

「ご意向に従うまで」

「皇帝の? ……もし、石油が出てきたら、この国の魔石ランプを石油ランプにして儲けてやるかな」

「せきゆ?」

「俺の元いた世界で土の中から出て来る黒い油だ。精錬すれば燃えたり爆発したりする。ないのか、こっちにそういうのは?」

「ない」

「だから魔石に頼ってんだな。石油がなけりゃ、宝石でも出てこないもんかね――って、おい、これダイヤモンドじゃないか!?」


 レオンは左横に土の中から頭を出している僅かに白くて透き通る石を掘り出して、土を払う。拳大のそれは、期待が持てるほどの透明度だった。


「ん? それか? 水晶だろう。この辺ではよく出土する」

「なんだ、ダイヤじゃないのかよ。これを磨けば、あんたが使っている占い用になるか?」

「ならぬ」

「ちぇ」


 レオンは、手首のスナップを活かして穴の底へ水晶を投げ捨てる。


「で、俺はここ特産の水晶を掘り出す仕事を皇帝から賜ったわけだ」

「無駄口を叩いていないで、続きをやるぞ」

「正直言わせてもらう」

「なんだ?」

「飽きた」

「…………」

「穴掘りに飽きたって言ってんだ」


 と、その時、背後から人の気配がした。


「ほう。ならば、私のお相手をしてもらおうかな?」


 声をかけられて振り向くと、軍服を来た金髪緑眼の中年男が宙を浮いていた。意地が悪そうな顔つきでニヤニヤと笑っている姿に、レオンは腹が立つ。


「誰だ?」

「ハンス・ペヒシュタイン。交流会で遠くにいたから顔は覚えておらんだろうが」

「競技に出ていた顔にないが」

「見学していただけだ。若手の活躍をな」

「ってことは、お偉いさん?」


 レオンがドロテアの方を振り向くと、ドロテアは軽く頷いた。


「なるほどな」

「防御魔法は使えるかな? 怪我をさせてはまずいから、一応は聞いておく」

「まだ修行中で、そこまでは……。攻撃一本だ」

「なら、その攻撃魔法と勝負しよう」

「ちょっと待ってくれ。あんたの魔法が分からない。俺のは見ての通り、爆発系だ。それに釣り合う魔法じゃないと勝負にならないが」

「私のは造形魔法だ。今から作り出す物を破壊できたら、そちらの勝ちとしよう」

「俺の負けは、あんたの物を壊せなかったら、でいいか?」

「それで良い」

「……いいだろう」


 レオンはゆっくりと立ち上がった。


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