14.吹き飛ぶ岩山
ドロテアの懸念は無言を貫かれたので聞けずにその日の修行が終わり、自分の力が白日の下に晒されることに何を心配しているのか見当も付かないレオンは、それをいったん横に置いて交流会で自分と同じ異世界転移者と会えるのではないかと期待を膨らませた。
一ヶ月経ったが、転移者とはっきり分かっていて、しかも名前を知っているのはタケルのみ。たまに廊下ですれ違う東洋人風の男女がいるが、彼らと話をしたことがない。風呂では東洋人風の人物と会ったことがなく、遭遇率を考えると転移者はかなり少ない可能性がある。
『まあ、教室ごと消えたとか、大量に行方不明になってるって事件を聞いたことがないから少ないかもな。俺の後はわからんが』
そんなことを考えながら沐浴場へ向かうと、黒髪と銀髪の二人連れが男専用の沐浴場から出てきて背を向けて去って行く。一瞬で顔が見えなかったが、黒髪は東洋人を連想させた。
「今度、交流会があるわよね? そこで披露しないの?」
「するかよ」
「あーらあら、勿体振っちゃって」
「手の内は温存だ」
「えらーい人が観に来ても?」
「それ、本当に来るのか?」
「あくまでも噂なんだけどー、なんでも、期待の新人がいるから、ですって」
「もしかして、毎日地面にボコボコ穴開けて去って行く奴?」
「かも知れないわねー。どんな人かしら。会ってみたいわー」
黒髪はオネエ言葉を使っている。それで初めて異世界に来たときにあの男と廊下で遭遇したことを思い出したレオンは、彼がこちらを振り向かないことを祈りつつ俯き加減で歩幅を縮めて歩き、視線は彼の後頭部へ送る。
話の内容から察するに、期待の新人とは自分の事だ。偉い人が来るとは、皇帝のことだろうか。そう思った途端、緊張で身震いし、歩みも止まる。
『魔法のお披露目が失敗したらどうしよう……。魔力を出し過ぎて皇帝にまで被害が及んだら……』
爆発した石の破片が皇帝の頭に当たり「首を刎ねろ!」と激怒する姿が浮かんでくる。不安に包まれて沐浴の最中も時々手の動きが止まり、役人の怒鳴り声が背中を叩いて飛び上がる。
「さっさと出ろ! 水は貴重だから無駄遣いするな!」
「いや、考え事してただけで――」
「言い訳無用! 今すぐ出ろ!」
まだ半分も洗っていないのに尻を蹴られて追い出されたレオンは、高飛車に出る相手を魔法で吹き飛ばしたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
翌日、魔力の調整のルーティンをこなすレオンは、左手を力なく下ろして溜め息を漏らした。いつもの香箱座りをするドロテアが首を傾げる。
「どうした? 浮かない顔をして」
「なあ。交流会に偉い人が来るって聞いたが、誰なんだ?」
「軍隊の上層部だ」
「元帥みたいな?」
「げんすい? 異界ではそれが軍隊の上層部か?」
「大将の上で、最高位だったはず。こっちの軍隊の階級ってどうなっているんだ?」
「兵士の上に団長がいて、団長の上に隊長がいて、隊長の上に大隊長がいる。一番上は皇帝陛下だ」
「割と簡単なんだな。こっちは細かく分かれているぞ。大将、中将、少将ってな感じで9種類あって、まだ他にもある」
「それぞれの役割は何だ?」
「知らねー」
「なら、分ける意味があるのか?」
「あるんだろうな、俺が知らないだけで。ところで、こっちの軍隊って剣士とか騎士なんだろうが、魔法使いは入るのか?」
「入る」
「なら、そのえらーい人って誰だ?」
急にドロテアが立ち上がって、長い尻尾をピンと立てた。
「すぐ近くにいるぞ」
「え? どこどこ?」
「なぜ山の方を見る? 目の前だ」
「目の前って……あんた? マジで?」
「なんだその顔は?」
「ちょっと驚いただけ」
「呆れたようにしか見えんぞ」
「気のせいだろ」
一週間後。交流会は昼から練兵所のグラウンドで開催された。軍隊が一堂に会すると万単位になるので、団長以上全員と兵士の代表で二百名、魔法使いでも上位クラスで百名の合計三百名が集まった。これに、帝国の高官二十名が加わった。
椅子など用意されていないので、全員が立って観ている。レオンは参加者が想定外に多いことで立っていられないほど足が震えた。こうも人数が多すぎては、知り合いの顔もわからない。せいぜい、ドロテアの姿を見て安心する程度だ。
剣士は木刀を使っての模擬試合を開催し、捕らえてきた豹のような魔獣相手に剣を振るう。騎士は竜を乗りこなす技を見せ、竜上槍試合を披露し、魔獣を追い詰めて殺す速さを競う。
魔法使いは攻撃型魔法を10パターンほど披露する。これも、魔獣相手に繰り出すこともあった。
互いの実力を見せ終えると、ドロテアが宙に浮き、グラウンドの中心付近に移動して全員を見渡すと、徐に口を開いた。
「最後に、レオン・マクシミリアンの魔法を披露する! 本人は修行の場所まで移動して披露するので、皆はここで見学してもらう!」
そう言ってドロテアがレオンの方を見ると、レオンは瞬時に消え、毎日修行している渓谷へ飛ばされた。続いて、ドロテアが両手を高く上げると、頭上に魔法で円形のスクリーンが登場し、レオンの後ろ姿と中腹が抉られた岩山が映し出された。
レオンが振り返ると、背後の上の方に円形のスクリーンが浮かんでいて、グラウンドの様子が映っていた。そこに見える見学者に向かって手を振りたいところだが、ここは我慢して200メートルほど離れた山の方へ向き直る。
『さて、打ち合わせ通りに行きますか。って言っても、リハはしてないけどな』
レオンは、左手を山の中腹よりやや上に向ける。延長線上にある地点から頂上までは20メートルはあるだろう。
『一発勝負だけど、大丈夫。俺は出来る、俺は出来る、俺は出来る』
自分にそう言い聞かせて深い呼吸を長めにとり、溜めに溜めてから『吹き飛べ』と念じる。
すると、掌の先に今までにない大きさの魔方陣が突如として出現し、心臓が凍った。だが、動揺を堪えて左手の高さを維持し、体は反動に備える。次の瞬間、横向きの青白い雷が魔方陣の中心から現れて、山に激突する。だが、目測を誤ったのか、動揺で下方にずれてしまったのか、そこは中腹の抉られた部分のすぐ上だった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
山が噴火したかの如く、大量の岩石と粉塵が空中に飛散し、空気が震えた。遅れて飛来物が地面に音を立てて落下する。その瞬間、レオンはグラウンドへ移動した。もちろん、ドロテアの転移魔法による退避である。自分の魔法で泥を被るという醜態を晒さないためなのだが、それに気づいて失笑した者が数名いたものの、ほぼ全員が口をあんぐりと開けて、目はスクリーンに釘付けとなった。
大爆発による灰色の煙が晴れると、岩山の中腹から上が跡形もなく消え去っていたからだ。