13.修行に本腰を入れる
沐浴場から戻ったレオンは、不満をたらたらとクララに向かってこぼす。
「あの犬頭の役人、風呂の中まで入ってきて『長すぎる!』ってどやしつけやがって。俺より先に入っていた奴より俺の方を怒るって、おかしくないか?」
「新しく召還された人を教育しているのだと思います」
「不公平だろ。納得いかねー」
頭がある程度乾いた頃合いを見計らって、ベッドの上に転がるも、暇で仕方ないのでクララを呼びに行く。
「何か本とかないか? 異世界の文字とかお前に教えて欲しいし」
「本は書庫にあります」
「書庫って、倉庫みたいな物?」
「いいえ、倉庫ではなく、中で本も読めて、特に魔法を研究する方が多く出入りしています」
「図書室のことか。貸し出してくれるのか? ここで読みたいんだが」
「貸し出しは許可されておりません。しかも、中で読むのも制限時間がありまして――」
「また役人が見張っているのか? 司書かも知らんが」
「ししょは知りませんが、役人の方が中で巡回しています」
レオンは沐浴場の一悶着をまた思い出して頭を掻きむしる。
「役人相手のバトルはもうたくさんだ。なら、ノート――いや、何も書いていない紙を束ねた物と筆記用具ってないか? 毎日の記録を付けたい」
「ありません」
「なら、外に散歩に行きたい」
「出来ません」
「…………」
無理難題を言うとクララは口を利かなくなると言う忠告が頭を過る。
「じゃあ、前にいた被召還者――死んだ奴は、どう過ごしていたんだ?」
「お部屋ではお食事と睡眠だけで、それ以外は外に行かれていました」
「孤独に耐えられなくて抜け出していたとか?」
「いいえ。早くに魔法を習得されて、外で活躍されて――」
「それ、見たのか?」
「実際には見ておりません。その方の自慢話をよく伺いました」
レオンは、自分が時間を持て余すのは修行を早々に打ち切っていることが原因であると、認識を新たにする。部屋の中で食事とトイレ以外に何も出来ない引きこもり生活がこれから続くかと思うと、修行に時間を掛ける方がまだましに思えてきた。
「本当に、あそこの部屋って食って寝ての場所なんだな」
「はい」
「それでも、楽しみはある」
「楽しみとおっしゃいますと?」
「お前のおいしい食事が楽しみだ」
レオンが微笑むと、クララの猫耳が少し動き、俯いて、頬がほんのり赤く染まった。
この後、クララが持ってくる三食――朝食、昼食、夕食――が時計代わりになり、朝食の後にドロテアに呼び出されて修行をするというルーティンが始まった。
何もすることがない部屋に引きこもるくらいなら、外で魔力の調整に頭を使い汗を流す方がまだましだ。レオンは、地面や山に穴を何個も開け、どうやったら魔方陣が小さくなるか――魔力を絞れるかに腐心した。
「くっそー!!」
「もう諦めたのか?」
「前よりかは、ギブアップ――いや、投げ出すのは遅くなったと思うけど?」
「少しはな」
「もうちょっと褒めろよ! 豚もおだてりゃ木に登るって言うだろ!」
「ん? そうか?」
「何だよ、その目。俺の体に何か付いているのか?」
「豚には見えんが」
「ちがくて……そのー、なんだな。作家だって、PV増えりゃ、エターにならないんだよってこと。落書きは御免だけどな」
「何を言い出すかと思えば……。異界の言葉が分からないから、説明しろ」
「なら、時を巻き戻そう。もうちょっと褒めろよ!!」
こんな調子で3日が過ぎ、4日が過ぎ、ちっとも成長しないレオンだったが、修行の時間は着実に延びていった。この世界は一週間は6日だが、その一週間が過ぎる頃には、昼飯を忘れるくらいにまで時間を費やすようになった。
「何となく分かった気がする」
「ついにか」
「おうよ、ついにだ。こんな月面も真っ青な穴だらけの大地にしてしまったが、その甲斐があったぜ」
「なら、見せてみよ」
「こうするんだよ」
レオンは深呼吸をすると、ドロテアが首を傾げた。
「何も起こらないではないか」
「違う違う。呼吸ってことを見せただけ。この呼吸の量とタイミングが魔力に関わっている気がする」
「ほほう」
「肺の奥まで息を入れる感じだと、凄く溜めが入るらしく、強くなる。逆に、浅い呼吸だとその溜めがなくて、強くならない」
「なるほど。で、たいみんぐとは?」
「間合いだな。呼吸の後、念じるまでの間が長いと増幅する」
「ふむ」
「力みは関係ない。歯を食いしばろうとも、腑抜けていても、溜まった物を吐き出すように魔法が出て行く」
「それがお前のやり方なのだな」
「他の連中は違うのか?」
「千差万別だ。心に思い描く強さだと言ってみたり、神経を集中させることだと言ってみたり」
「まあ、魔法回路が本人の体の一部なんだから、そうかもな。天は二物を与えず……なんか、違うな。えっと、こういうときは……」
「こういうときは、時を巻き戻そう。見せてみよ」
「……へいへい。一本取られたぜ」
レオンは左手を突き出して、10メートルほど先にある自分の背丈の丸い岩に向けた。
「今度こそ大丈夫だろうな?」
「生徒を信用しろよ。ただし、いざとなったら助けろよな」
「助けてばかりに思えるが」
「その節は、ありがとうございました」
浅く短い呼吸をして、直ぐさま『砕けよ』と念じる。と、その時、いつもより小さめの金色に輝く魔方陣が出現し、青白い稲妻が発射された。直撃を受けた岩は、小爆発を起こしたが、大きな5つのパーツに分裂し、飛散する破片の量は少なかった。
「まあ、多少破片を浴びるのはしゃーないとして、どうだ? 上出来の部類だろ?」
「うむ……」
「なんだよ、その顔?」
「及第点一歩手前だな」
「その一歩の違いは何? ……まあいい。これを訓練すれば、及第点になるだろうし」
一ヶ月――36日が過ぎた。我ながらよく我慢したものだと自分で自分を褒めたいレオンは、上機嫌でドロテアと渓谷へ向かった。
岩を真っ二つに出来た。破片もあまり飛び散らない。最強なのだから、破壊しまくるのも楽しいが、どこまで魔力を弱く出来るのかも試してみると面白い。これで、自分を知ることが出来るのだから。
目的が、目標があると生活が楽しくなる。そこにクララのおいしい料理が加わるから、なお嬉しい。
たまにトオルに会うが、彼は剣の修行に高い目標を持って挑んでいるらしい。廊下で長話をすると誰が耳をそばだてて聞いているかわからないので、当たり障りのない簡単な情報交換しか出来ないが、自分は弱い魔力を出すことに専念していると言って笑い、トオルにはエールを送る。
「お互い頑張ろうな」
「レオンもな」
「今度、剣を振るところ、見せてくれよ」
「ここで抜刀したら殺されるから――」
トオルの苦笑にレオンは悪寒が走る。
「無理だけど、俺らと魔法使いとの交流が近いうちにあるらしいから、その時にでも」
「本当か!? それは楽しみだな」
「レオンも王宮で無闇に魔法を使うなよ。大事になるからな」
「わかった」
「交流でお前の魔法を見せてくれ。楽しみにしている」
「おう」
トオルと別れたレオンは、遠くで振り返って待っているドロテアに手を振りながら駆け寄った。
「知り合いか?」
「ああ」
それを聞くと、背を向けたドロテアがさっさと歩いて行く。
「そういや、交流会があるんだってな?」
「来週ある」
「どういう交流会だ?」
「魔法を使えない剣士や騎士と魔法使いが互いに自分達の実力を知ってもらい、これから協力し合い補い合うことを考えるのが目的だ」
「互いの現状を知ってもらうってことか」
「そうだ」
「俺も参加する――よな?」
ドロテアがレオンの言葉で反射的に立ち止まり、振り返った。
「お前抜きで意味があると思うか?」
「一応聞いただけだ。そう怖い顔するなって」
「……ただ、心配もある」
「心配? 俺が暴走することか?」
「近い」
「はっきり言えよ。言われた方はわからんぞ」
「噂でしかないお前の力を白日の下に晒すことだ」
「抑止力に使うんだから、いいだろうが」
「違う」
「じゃあ、何!?」
「……今は言えぬ」
プイッと向き直ったドロテアが、首を傾げるレオンを置き去りにして歩みを再開する。
「おい、待てよ! 何だよ、それ!?」
意味深な発言に納得出来ないレオンは、小走りにドロテアを追いかけた。




