12.制御不能
レオンは咄嗟に両手を顔の前で交差させて岩の破片を防いだが、首から下は飛礫打ちを食らった状態になって、尻餅をついた。
「痛たたたっ……」
「なぜ爆発させる?」
真後ろに隠れていたドロテアがレオンの右横を回って前に立ち、半眼で見上げる。
「知らねーよ。抑えたつもりでも、ああなってしまって……。俺の魔法回路に訊いてくれ」
「無責任な奴だな」
「あんたも、ちゃんと教えない無責任な教官だ」
「調整は本人次第」
「そうだろうけどよ! どうすりゃいいんだよ!」
言葉を吐き捨て、左拳を地面に何度も叩きつける。
異世界最強と言われて天にも昇る心地で喜んでいたが、いざ魔法を使ってみると制御不能で、途轍も無い威力を発揮する。こうも自爆確実では、接近戦で魔法を使うことなど無謀極まりない。
苛立つレオンの頭の中で、アニメやラノベで魔法を使って活躍する主人公の場面が次々と浮かんできた。どれも今の自分に当てはまらない。想像していたのとは、まるで違う。自分の魔法で自分にまで被害が及ぶなんて話があっただろうか。
「なあ。あんた、俺の魔法の力を半減とか出来ないか? 半分封印とか」
「そんな都合の良いことが出来るはずがない」
「それが現実だよなぁ。なんか、魔力を封印するなんて話もあった気がするが、所詮、俺の得た知識は架空のお話でしかないって事か……」
「何を想像していたのかは知らんが、強大な力を持つ人間は、それを如何に制御できるかが重要だ。まずは、お前の力を――」
「制御不能!」
「…………」
「……制御不能だよ」
「諦めるのか?」
「…………」
「本当に諦めるのか?」
「…………」
「お前はそれでいいのか?」
レオンは舌打ちして、両方の拳を地面に叩きつけて勢いよく立ち上がる。
「諦めねえ」
「よし。それでこそ、我が見込んだ男だ」
「見込んでたんかよ」
「でなければ、とっくにお払い箱だ」
「フン。勝手に召喚。勝手に祭り上げ。勝手にお払い箱かよ。たまったもんじゃないぜ」
レオンは指をボキボキと音を立てて、
「あっちの山の土手っ腹に穴開けていいか?」
「おい、何をする?」
「今言ったろ」
左手を50メートルほど離れた山の中腹に向けて突き出す。それから、岩を砕いたときよりも少し強めに魔法を繰り出すイメージを頭に描いてみる。
「本気か!?」
「でっかい柄杓から水一滴落とせって言われても、今の俺にはそんな加減は無理。逆に、普通にやったらどのくらいの威力になるかを知っておきたい。岩の時はかなり抑えたから、それを緩めて普通にやってみる」
「そこの穴では済まないぞ!」
「だから、あの固そうな岩山で試すのさ。崩れたって、あんなとこからここまで岩は転がって来ないだろ?」
ドロテアはそれ以上言ってこないので、実際にどうなるのか興味が湧いたようだ。それを笑顔で返し、レオンは魔法を繰り出す。掌の先に今までより一回り大きな魔方陣が出現した。これが普通なのかと実感していると、今までの倍の稲妻が山に目がけて放出された。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
哀れな山は、横っ腹から噴火したかの如く岩石や粉塵を大量にまき散らす。
「やっべ!」
「逃げろ!」
一人と一匹は、迫り来る膨大な岩の破片に背を向けて全速力で逃げ出すが、雨霰となって頭や背中に襲いかかってくるので、ドロテアの転移魔法で緊急退避する羽目になった。
結局、自分の強大な魔力の扱い方に匙を投げたレオンは、ドロテアに願い出てその日の修行を切り上げた。
半ばふて腐れて部屋に戻り、ローブに着替えた後、汚れた服の洗濯をクララに任せた。破片が当たった頭から血が滲んでいるらしいが、クララの治療の申し出を断り、強がって見せた。
「些細な怪我でも、化膿します」
「大丈夫」
「いえ、危険です」
「このくらい、俺のいた世界ではなんともないって」
「いいえ」
クララの声に力が籠もる。
「こちらの世界では、すぐに化膿します。どんなバイ菌がいるかわかりません」
「心配性だな」
「ちょっと転んだ怪我で化膿して、命を落とす人は何人もいます」
「……なるほど。こっちに俺の知らない病原菌とかがウヨウヨいるってことか」
「小さな怪我も侮らないことです。命に関わります」
「そう忠告するお前って――母親が子供を諭しているみたいだな」
クララの猫耳が僅かに震え、頬に赤みが差す。
「椅子に腰掛けていただけますでしょうか?」
「ああ。よろしくな」
大人しく椅子に座ると、背後に回ったクララの衣擦れの音がする。後ろで何をやっているのかは、おおよそ想像が付くが、背後から聞こえるこの音が艶めかしいレオンは、背筋がゾクッとした。おそらく、頭の上に右手をかざして治癒魔法を使っているのだろうが、衣擦れと呼吸の音が想像をかき立てて仕方ない。
「なあ、クララ」
「は、はい」
膨らむ妄想から抜け出るために不意に掛けた言葉が、クララを動揺させたことが背中越しに伝わった。
「お前ってさ」
「――はい」
「この帝国の出身?」
「…………」
「ああ、言いたくなかったらいいよ。聞かなかったことにしてくれて」
「……ツヴァイブリュッケンです」
「わりぃ。言われてもわかんないわ」
「人間と猫族の村があった小さな領地です」
「そうか。田舎に帰ること、ある?」
「…………」
「ごめんな。聞いちゃまずかったか――」
「村は……ありません」
「…………」
クララの心の中へ土足で踏み込んで行くみたいで内心まずいと思って押し黙るも、彼女の方から語りかけてきた。
「村は、焼き払われてしまいました」
「…………」
「残ったのは……土地だけです」
「…………」
「この世界は、強い者だけが生き残ります。帝国は、たくさんの領地を飲み込んで大きくなりました」
レオンは、短い溜め息をつく。
「戦争は終わらせないとな」
「いえ。戦争は終わりました」
「いや、新たな戦争って意味」
「それはないと思います」
「なぜ?」
「あっ、振り向かないでください」
「おっと、わりぃ。なぜ、新たな戦争がないって言える?」
「帝国は、逆らう者を皆殺しにしましたから」
「……そういう統治は、恨みを残す」
「誰も恐ろしくて逆らおうとする者はいません」
後頭部に息を吹きかけるクララの言葉には、恐怖の感情が混じっているので、過去の歴史を踏まえたこれ以上の否定は諦めた。妄想から逃れたいために彼女へ向けた話はここで終わり、妄想が再開する。
「もう終わりました。これで大丈夫です」
「お、おお。ありがとな」
超接近していた彼女の身体が遠ざかり、首から背中に掛けてぞわぞわする感覚から解放されたレオンは安堵する。
「お風呂のご用意をいたします。お待ちくださいませ」
一礼して部屋を出るクララを見送ると、暗い過去を背負った小さな背中がかわいそうに思えてきた。
『俺の力を抑止力に使うって、新たな戦争を起こさないことが目的だと思っていた。それは最終ゴールだとして、それに至る過程で俺は――』
組んだ両手を頭の後ろに回して天井を見上げる。
『逆らうなら容赦しないぞって脅しに使われるんだろうな。クララみたいな弱い民を前にして、俺の力を見せつけ、恐怖を植え付けて』
今度は腕組みをして膝に目を落とす。
万が一、戦争が勃発したのなら、ゲームの中みたいに多くの敵を倒して勝利を噛みしめることなど出来ないだろう。ポリゴンのデータではなく、生身の人間が相手なのだ。
『最強の魔力を得た者として、果たすべき責務は何なのだろう……』
自分の魔法は地面に大穴を開けた。山の中腹で爆発を起こした。あの山は、まだ見ていないが、間違いなく抉られたようになっているだろう。
「平和利用って出来ないもんかね」
「は?」
つい心の声が漏れてしまい、それに反応したクララの声に驚いて顔を上げると、着替え等を手にしたクララが扉を開けてこちらを見ていた。
「いや、こっちの話」
「平和利用――と、おっしゃいますと?」
レオンは立ち上がって背伸びをする。
「魔法が平和に使われるといいなぁ――と、思っただけ」
これに対してクララは目に複雑な色を浮かべたが、言葉は返さなかった。




