10.初の魔法で自爆する
レオンはドロテアに従って廊下を右に左に曲がって行くと、どこをどう曲がったのかを覚えきれず、自分の部屋へ戻れる自信を失った。
「なあ。こうも廊下が曲がっている理由はなんだ?」
「防御のためだ」
「防御? ……ああ、敵が皇帝の部屋へそう簡単に辿り着けないようにするためとか?」
「言うまでもないだろう」
「どんだけ広いんだよ、この王宮は……」
しばらくすると、正面に広いエントランスが見えてきて、その奥に見上げるほど高くて幅が広い扉があった。そこには重厚感のある装飾が施されていて、廊下に所々ある装飾付きの扉と明らかに違うのが分かる。
大扉の両脇に二名ずつの衛兵が、扉に近い方が槍を持って、遠い方が剣を携えて立っている。衛兵は鎖帷子の兜を被り、鎧はレザーアーマーだが、重ねて着用しているわけではないだろうが厚みがあるので、レオンは防弾チョッキに見えた。
「もしかして、あれが王宮の出入り口?」
「そうだ」
「俺みたいなぺいぺいは、裏口から出るのかと思った」
「ぺいぺいとは異界の低い階級のことか?」
「自分を卑下していう言葉。ぺえぺえとも言う」
「裏口などない。防御の観点から、このような出入り口は一つだ」
「嘘!? 全員ここから出入りするのか?」
「外へ行くときはな」
「従業員――じゃなかった、使用人達もここを通って自分の家に帰るとか?」
「小間使いと衛兵も含め、ここにいる者は、王宮に繋がっている建物で暮らしている」
「なるほど。全員を閉じ込めておく訳だ」
「人聞きの悪い言い方をするな!」
「なあ、ゴミ出す時はどうすんだ? 生ゴミの袋持ってここを通るのか?」
「なんでお前がそんな心配をする?」
「いや、物語なんか読んでいると、そういうところが語られていなくて、異世界では実際にどうなってるのか気になって――」
「自分の魔法が上達するかどうかを心配しろ」
ドロテアが扉に近づくと、衛兵の一人が扉をノックして覗き窓を開け、外に向かって何やら声をかけた。それから剣を携えた二人の衛兵が同時に扉の取っ手を掴んで力一杯手前に引っ張ると、重々しい音を立てて扉の真ん中が割れて、観音開きの如く開いた。評議会議員が集まっていた部屋の扉が自動的に開いたのだから、ここもひとりでに開けばいいのにと思いつつ、歩み始めたドロテアの後ろを付いていく。
「すげー……」
開かれた大扉から外を見ると、目の前に廊下の三倍は広い道があり、途中に大きな噴水が見え、遥か遠くに鉄の門と石壁が見える。道の両脇には人の腰丈の低木が密集して壁を作り、その壁の向こうには太陽の光を浴びて百花繚乱と咲き乱れる花壇があり、目も心も奪われる。
だが、その光景は瞬時にして岩だらけの渓谷に変わった。空は雲に覆われ、一雨来そうな雰囲気だ。ドロテアは、呆れ顔で立ち止まるレオンを放置して10メートルほど歩き、体ごと振り返っていつものポーズでちょこんと座る。
「ここがお前の修行の場所だ」
「おいおい、予告もなしに空間転移かよ」
「当前だ」
「なぜ?」
「魔法が暴走して爆発でもしたら、周囲に迷惑を掛けるだろ」
「……そっか。俺って最強だったんだっけ」
レオンは頭の中で、自分が左手で繰り出した魔法が大地を割り、大岩をも砕き、爆発がドーム状に膨れ上がる場面を思い描き、ニンマリと笑う。
「で、俺の魔法について知りたい」
「何をだ?」
「言葉が違うかも知れないから詳しく言うと、属性は火、風、水、土のどれ?」
「火だ」
「白魔法と黒魔法のどっち?」
「黒魔法だ」
「なるほど、攻撃型か。さっき、爆発したらって言ったよな? だからか。なら、爆裂魔法とか使えるんだな?」
「ばくれつ……。轟裂魔法のことか?」
「ごうれつ……。まあ、何でも良い。火の属性で爆発する威力のある魔法が使えるってことでいいか?」
「それで良い。だから、この場所を選んだのだ」
「りょーかい」
いよいよ魔法の修行かと思うと、レオンは心がウキウキして表情や仕草にまでそれが現れる。だが、ドロテアの方は至って冷静だ。
「念のために訊く。今まで魔法を使ったことはあるか?」
「中学の時に、俺の左手がうずくってことが何度かあったが、今思えばそれが魔法の兆候だったのかもな」
「ちゅーがく? いつだ?」
「十四の時かな。ただ、呪文を唱えても何も起きず、高校に入ったら全部封印した」
「どんな呪文だ?」
「あんま覚えてないが、堕天使がどうのヨハネがどうの契約がどうのとか、邪悪な何々とか、色々言っていた気がする……。あ、デーモンとかもあったな」
「その異界の呪文を知りたいものだ」
「そんなもん思い出すより、俺は異世界の呪文を知りたい」
首を傾げるドロテアに釣られて、レオンも首を傾げる
「どした?」
「呪文などない」
「詠唱しないのか?」
「お前のレベルなら必要ない」
「おお! 無詠唱でいきなり発動!」
「こちらの世界では、修行を積めば誰でも無詠唱で出来る」
「なんだ、俺の特権じゃないのか……。で、どうすればいい?」
「利き腕を出せ」
レオンは左手を前方に突きだした。
「こうか?」
「突っ立ったままだと、自分の魔力の反動で後ろへ飛ばされるぞ」
「なるほど。銃を撃つときの衝撃みたいのがあるんだな」
「じゅう?」
「何でもない。気にするな」
言葉が所々通じないのでレオンは溜め息を吐く。
「そうやって気を抜くな!」
「へいへい」
足を開いて少し前傾姿勢を取り、これから初体験する魔法の反動を思い描いて肩に力を入れる。
「体が硬い。特に肩に力を入れると、肩が外れるぞ」
「あのなぁ……。ダランとして反動を受け流せってか? 無理だろ、それ」
「頭を使え」
「俺の知っている奴らは、みんな掌の前に光る魔方陣が現れて、軽々とどでかい魔法を繰り出していたぞ」
「何? 異界にもそんな連中がいたのか?」
「……物語の中だけどな」
「…………」
「そんな顔すんなって。ほら、体の力抜いたぜ。で、この後どうすればいい?」
「では、手始めに、あの岩を砕いてみろ」
後ろを振り向くドロテアの後方20メートルくらいの所に、レオンの背丈ほどの丸い岩が転がっていた。左側の近くに木も生えない岩だらけの山があるので、そこから転がり落ちたのだろう。
「火で出来るのか?」
「とにかく、やってみろ」
「火が岩を砕くのかって――」
「やれ」
「初心者相手に、ひでー教官だ。……じゃあ、まずはイメージしてみっか」
神経を左の掌に集中して、岩が粉々に砕かれる場面を想像してみる。
「何をしている?」
「急かすなよ! 集中してんだから!」
体に力を入れるなと言われても、自然と力んでしまい、筋肉が固くなる。だが、何も起こらず、レオンは脱力して腕を下ろした。
「ダメだ。何も起きねぇ……」
「ダメか」
「おい、ダメな生徒をちゃんと教育するのが教官の役目だろ! 職場放棄するな!」
「測定不能な魔力を持つ者が、自然と魔法を操れるのかと思ったのだが」
「……そうか。あんたは最強の魔導師の扱い方を知らないから、俺を試したんだな?」
「お前のことを知らないから当然だろう?」
レオンは肩をすくめて首を振る。
「やっぱな。……まあ、とにかく、あんたに愚痴を言ってもしょうがない。正直言って俺は魔法が初めてだから、どうすればいい? ヒント――いや、手がかりでもきっかけでも、何か教えてくれ。どうすれば魔法を操れるのかがわかれば、いろいろ試してみるから」
「体内の魔法回路を開け」
「それだけ?」
「それだけだ」
「――っても、わからん」
「それしかない。いいから、考えろ」
「わからんから、わからんって言ってるんだ!」
「お前の回路はお前が開く。他人にはどうすることも出来ない」
ドロテアの冷たい言葉に、レオンは頭を掻きむしり、盛大に溜め息を吐いた。
「そう言われちゃ何も言い返せねえ。……体のどこにどんな格好で回路が入っているのか知らんが、とにかくそれを開けってのがヒントってことか」
目を閉じたレオンは深呼吸をして、心の中で『開け』と念じてみる。何も起きないので、もう一度『開け』と念じる。それでも何も起きないが、諦めずに三度目を念じる。
すると、腹の中心で鈍痛がしたかと思うと、そこを中心にじんわりと温まっていく。腹の中心から四肢の先まで徐々にその温かみ広がっていく感覚だ。
『……これが開いたってことか?』
痛みが消えて手足の隅々まで温まると、気分が高揚して頭が冴え渡り、力が漲っていく。
それだけではない。全身が燃えるような熱気を帯びてきた。魔法回路が準備OKにでもなったのだろうか。思わず武者震いする。
『さてと、ここでもう一度イメージしてみるか』
目を開けて、岩に向かって左手を力一杯突き出し、心の中で『砕けよ』と唱えて岩が爆発する様を思い描く。その時、炎ではなく雷のイメージが浮かび上がった。その途端、掌の前に直径50センチほどの金色の魔方陣が出現した。精緻な幾何学模様と判別不能の文字がたくさん描かれた魔方陣は、直視できないほど目映く輝いている。
「うわっ!!」
レオンは突然の出来事に度肝を抜かれて仰け反り、左腕を少し下げてしまう。すると、掌の魔方陣が斜め下を向いたので、その先にいたドロテアが驚愕した。
「バカ者!!」
そう叫んだドロテアが右側へ弾丸の如く飛ぶと、魔方陣の中心から出現した青白い雷光がドロテアの座っていた地面に激突した。
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!
地面が大音響を上げて爆発し、土砂が柱になって噴き上がる。この爆風に巻き込まれたレオンは宙を浮き、放物線を描きながらぼろ切れのように後方へ飛んだ。