9.仲間との出会い
ドロテアが「我らはこれから別の話し合いがあるから、部屋に戻れ」と命令するので、レオンは一礼して後ろに下がる。まだ笑い足りない様子の十人は心にもない励ましの言葉を投げかけて可笑しみを隠せずにいるので、腸が煮え返るも、ドロテアの顔を潰すわけにも行かず、ここは拳を握って我慢する。扉は退出者の行動を常に見ているかの如くひとりでに開き、通り抜けると同時にピシャリと閉まる。
『今に見ていろ!』
拳を振り上げて忌ま忌ましさを発露したいが、誰が見ているか分からないので態度で示すわけにもいかず、扉を睨み付けて、その向こうにいる連中の度肝を抜いてやると心に誓い、大股で立ち去る。誰も歩いていない廊下を俯きながら歩くレオンは、評議会議員の顔がちらついて苛立ちを隠せない。
せめてもの慰めは、ドロテアが嘲笑に参加していなかったことだ。
『抑止力に俺を使うってことは、最前線で戦わないように配慮してくれているってことかな』
そう思いつつ、自分の部屋へ戻るため扉の取っ手に手を伸ばすと、不意に扉が内側へ開いて、中から軍服姿の男が現れた。危うく正面衝突しそうになったので、レオンは後退りをして回避する。
「うおっ! ビックリしたぜ!」
東洋人の顔つきの男は立ち止まって目を見開いたが、すぐに笑った。黒髪で角刈り頭、太くて黒い眉、黒い双眸、分厚い唇。肩幅の広さと服を押し上げる胸板の厚さから、体育会系だということが分かる。
「初めて見るな。もしかして、新入りか?」
見下ろす男がゴツゴツした右手をサッと出して握手を求めてきたので、その迫力に負けてレオンが相手へ手を出すと、強めに握られた。
「俺はトオル・コウエンジ。日本から召還されてここに来た。よろしくな」
「俺はレオン・マクシミリアン。同じく――」
トオルの握る手がわずかに緩む。
「外人か?」
「いや、日本人。異世界転移のショックで名前を覚えていなくて……そう名乗っている」
「そうか。どうせなら、戦国武将の名前にすれば良かったじゃないか?」
「咄嗟に閻魔から名前を聞かれたから、つい」
「エンマか。最近見かけないな」
「この辺を歩いているのか?」
「たまにな。それより、レオン――でいいか?」
「ああ。俺もトオルでいいか?」
「もちろん。ところで、レオンは修行の帰り?」
「いや、まだ始まっていない」
トオルが渋い顔をする。
「俺は始めたばかりだけど、結構きついぞ」
「今から魔法の修行に?」
「いや、剣術の訓練に行くところ。レオンは魔法の修行か?」
「そうだ」
「俺の場合、魔法がいまいちで、剣で生きていくことになった」
「教官は猫じゃないよな?」
「人間だ。そっちは、もしかして、あの白猫か?」
「ドロテアって名前の猫だ」
「ああ、あいつね」
「どういう猫だ?」
「鬼教官だぞ。覚悟しろよ。じゃあな」
トオルは二本の指を立てて敬礼の真似をし、その指を軽く上に振る。レオンはトオルの背中を少し見送った後で部屋の中に入った。
受付の机に向かって座るクララが「お帰りなさいませ」と頭を下げた。
「ああ、疲れたぜ。気疲れだけど」
「食事になさいますか?」
「…………」
「どうなさいましたか?」
「続けて、それともお風呂って言わないのか?」
「は?」
「いや、今度言ってくれればいい」
「なぜでしょうか?」
「風呂に入りたいんだ」
「お風呂は夜にならないと使えません」
「ってことは、今は夜じゃない?」
「はい」
「じゃあ、昼?」
「はい」
「太陽が見えないから時計が欲しいぜ、全く。じゃあ、昼飯昼飯」
ローブに着替えていると、クララがボリュームのある肉料理とスープの皿を運んできた。聞くと鴨肉のローストと野菜のスープとのこと。
「クララが作ったのか?」
「はい」
「すげー。どこに台所があるんだ?」
「こことは別の空間にあります」
「そこへ行ってみたい」
「貴方様は行き来できません」
「なんで?」
「ドロテア様の魔法で小間使い以外は行き来できないようになっております」
「なんだ、Staff onlyって奴か」
「は?」
「せっかく異世界に来たんだから、見聞を広めたいものだが」
「小間使い専用の部屋を見ても面白いものではありません」
「面白いかどうかは見てから決める」
「…………」
呆れ顔のクララを見て楽しむレオンだったが、見るからにうまそうな料理を前にして我慢が出来ず、むさぼるように食らいついた。
「いやー、食った食った。得体の知れない肉じゃなくて良かったぜ。スープは塩味が効き過ぎていまいちだったけど、肉は絶品だ」
満腹になってベッドの上でごろんと横になると、頭の中にドロテアの声が聞こえてきた。
『今から魔法を教えてやるから、部屋を出ろ』
『ちょうど食い終わったところ。昼休憩くらい、いいだろうが』
『食ったのなら早く来い!』
渋々、軍服に着替えたレオンは、クララに見送られて部屋を出た。すると、廊下の真ん中でドロテアが待機していた。
「外に行くぞ」
「やっとお天道様が拝めるぜ」
「おてんとう様?」
「太陽のことだ。作物を実らせるとても有り難いものだから、俺たちの世界では敬ってそう言うのだ。多分だけど」
「今日は一雨来そうな天気だから、残念だな。拝むことは出来ないぞ」
「期待している人間に向かってガッカリさせることを言うなよ」
「文句を言うなら、天気に言え」
「ところで修行って何をするんだ?」
「精神の集中の仕方を教える」
「詠唱方法じゃなくて?」
「体内の魔法回路を正しく使うには、精神の集中が必須だ」
「なるほど。力を貯めて一気に放出するみたいな?」
「そのやり方を教えてやる」
「よろしくな」
ドロテアは、今度は先ほどとは反対方向に向かって歩み始めた。