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8.評議会の思惑

 ドロテアが廊下を右へ曲がった時、右側から複数の足音と小声が聞こえてきた。姿が見えないだけに、この人の気配が一気に緊張を誘い、レオンは歩幅を狭めた。


「おや、ドロテア様。どちらへいらっしゃるのですか?」

「評議会だ」


 若い男の控えめな声と敬語が聞こえ、今までドロテアと大声でため口を利いていたことに(じく)()たる思いを抱いたレオンは、もしや会話が筒抜けだったのではないかと赤面する。


 逃げたい気持ちを何とか払拭して右へ曲がると、同じ軍服を着た二人の人物が小声で話しながらこちらに向かって歩いてくるのが見えた。一人は赤髪に灰色の目で西洋人風、もう一人は黒髪に黒い目で東洋人風。二人とも背が高くて若い男だ。(うつむ)いた動作を軽く頭を下げた風に見せかけて彼らの右側を通り過ぎると、熱い視線が注がれるのを感じて肌がヒリヒリする。


「あら、見ない顔ね」

「新入りか?」

「少年って感じよ」

「ダンジョンには向かないな」


 耳が後方に動いた感覚がしてから、一言も漏らすまいと声を拾った。オネエ言葉の男とドロテアに声をかけた男のどちらが黒髪なのかは分からないが、自分と同じ東洋人の男がいるようだ。異世界にどんな人種がいるのかはまだ定かではないが、召還された人物である可能性は否定できない。


「ここだ。一緒に入るぞ」


 ドロテアの声で不意に推測を中断されたレオンは、顔を上げて足を止めた。迎賓の間より見劣りする扉だが、それでも美しい装飾が施されている。


「おい、取っ手に手が届かないだろう? 開けてやろうか?」

「黙って見ていろ」


 扉に向かうドロテアは、真ん中から割れて自動的に内開きする扉の中に吸い込まれていった。部屋の中央に丸いテーブルが見えて、着席している数人の姿が見えた。服装から、貴族のような高貴な人物を想起させる。しかも、人間、獣人に、エルフまでいる。振り向いた彼らの視線を浴びるレオンは、緊張で震えて足がすくんだ。


「待たせたな。連れてきたぞ」


 テーブルの形状に沿って反時計回りに歩くドロテアには誰も目を向けず、値踏みをするようにレオンを見る。この圧力に耐えながら恐る恐る部屋に入ると、扉の閉まる音が背中を叩いた。テーブルを見渡すと、十人が着席している。


「この少年がレオン・マクシミリアンだ」


 一番奥の空席から声が聞こえたかと思うと、白猫の胸から上がヒョイと現れた。ドロテアが座った時のことを考えて椅子の座面が高く作られているのだろう。


「計測不能の魔力の持ち主?」


 獅子に似た顔の巨躯の持ち主が、顎髭を撫でながらニヤける。レオンは、彼を見て狛犬を連想した。


「そうだ」

「ドロテアの装置が、測りすぎていかれちまったんじゃないか?」

「黙れ!」


 凜とした声が部屋に響き渡る。元々、低い女性の声なので、威圧感は十二分にある。


「こんな子供がねぇ……」


 今度は、羊頭の男が(かぶり)を振って嘆息混じりに言う。


「魔力は体型に比例しない」

「そりゃ、分かりますよ」

「分かるのなら撤回しろ」


 次は、痩せ細った体型で耳の尖ったエルフが挙手をした。


「なら、魔法を見せてもらいたい」

「残念だが、それはまだ出来ない」

「出来ない?」

「まだ教えていないから、使い方が分からないのだ」


 エルフの金色の瞳が鋭さを増し、レオンは体の中まで見透かされる気がして全身に悪寒が走った。


「……なるほど。規格外の魔法回路が体内にあって膨大な魔力が充填されているのに、本人はそれを使えないと?」

「そんなところだ」

「ドロテア殿は、あの少年が魔法を使えるようになるまで、どのくらいと見積もっておられるのか?」

「1ヶ月だ」

「長過ぎやしないか?」

「本人次第というところもあって、今は多分そうだろうとしか言えない。なにせ、計測不能の人間を扱うのは初めてだからな」


 自分の事を言われると、レオンの緊張は高まり、喉が渇いてくる


「……まあ、叛旗を翻す動きはないから多少は時間を掛けても良いのかも知れないが」

「時間をいただけるのなら有り難い」


 ここで何か言いたそうなエルフを犬頭の巨漢が「ちょっと待て」と遮る。


「魔力が桁外れでも、いざというときに戦える心臓があるのかどうか。前に死んだ奴がそうだっただろう? みんなで期待していたら、初戦でビビってあっさり討ち死に」

「あれは――」

「その子供に猛者の心臓はあるのか?」

「鍛えるから問題ない」


 すると、獅子の男が割り込んでくる。


「ところで、敵国の軍事行動の抑止という位置づけで本当にいいのか?」


 これが引き金となって、評議会の議論が伯仲する。ダンジョンで魔石を集めさせるのか、不穏な動きを見せる魔人の討伐をさせるのか、もっと別の役目を考えるのか。


 ドロテアは自説を曲げず、他も自分の意見を譲らない。このまま採決すれば、誰も過半数を取れないことは容易に想像が付いた。立たされっぱなしで自分の事について空回りする議論を見せつけられると、苛立ちが募る。


「あのー、もう一つ案がありますが」


 沸騰する鍋にレオンは自分の新たな意見――魔法競技会の開催――を投げ入れる。沸騰は収まったかに見えたが、聞き終えた参加者はドロテアを除いて一斉に嘲笑した。


「魔法は見世物ではないぞ!」

「これだから異界の人間は無知なのだ!」

「勝者が決まっておるのに、誰が参加するか!」

「町を吹き飛ばす奴が暴れたら、競技場ごと吹き飛ぶわ!」


 次々と囃し立てる言葉に爆笑が巻き起こる。


 レオンは、アニメとかラノベで描かれていた魔法の競技大会に賛成票が投じられると期待していたが、すげなく一蹴されて大いに落胆した。賛成したかに見えたドロテアの後ろ盾がなかったのも悲しかった。


 でも、考えてみれば、自分がやりたかっただけだ。物語を実際に体験してみたかっただけなのだ。


 結局、議論はドロテアの意向で押し切られた。レオンは、現時点で差し迫った敵がいるわけではないが、帝国を滅ぼそうとして軍事力を増強しても無駄であるということを知らしめる役目を負わされた。ただし、具体的にどうやってそれを実行するかについては、レオンの魔法習得次第なところもあったので、この場では保留となった。


「修行、頑張れよ」

「ちゃんと成果を出せよ」

「最強の魔法を見せろよな」


 期待の言葉を発する連中は、言葉とは裏腹にレオンへ疑いの目を向けて(わら)った。

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